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私はこの瞬間、人間が産まれてくる理由が分かった気がした。
父親の精子と母親の卵子が結びつき、この結合体は母親の胎内の小宇宙空間で、卵から魚類、魚類から両生類、両生類から哺乳類へというように生命進化の記憶を辿りながら、まだ未熟なうちに苦悶と希望の隘路を抜けて、初めて吸う大気に喉を焼かれてやっと始まる、満ち満ちてゆく肉体と精神の壮大な旅程の目的は、結局は最初からこのただ一点の感動のためだけにあるのではないか。
この少女のもっとも官能に富んだ顔の部品は、その海洋を閉じ込めたような深い蒼青色の瞳でも、その海藻のように黒々とした緩い癖髪でも、その彫像のように陰翳の精緻な輪郭でもない。
そのもっとも柔らかなもの、もっとも人間の接点として機能しうるもの、その感情がもっとも揺れ動くもの、即ち彼女の物腰の低い人間性と素直な感受性の詰まった、はち切れそうなほど豊満でありながら小ぶりな海鼠のような、淡い唇なのだった。