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かの薄汚い映画館はその日の最終上映回を目前にして、発情した蛍のように、薄暮の灯火を煌々と光らせていた。一方で待合ラウンジの死にかけのレバーのような色をしたベンチはもの寂しい。
チケットを買った後は上映開始の時間まで、私はこのベンチに腰掛けてちんとして、夜更けた離岸堤のように沈んでいる。その左隣にままならないものを引き連れているために――私が丁度アパートを出ようとしたところに鉢合わせた、食料品で一杯の買い物袋を両手に提げた喜子が、普段なら考えられないほど頑固に、私も映画を観に行くと言ってきかなかったのである。
なんと超能力的な嗅覚を持った妹だろう! もし喜子の幼稚な質問に対して私が一瞬言いどもったために、私がこの映画館に隠している秘密に喜子が気付いたのだとしたら、これを憎らしいまでの超能力と言わずになんと言えばよいだろう。
上映まで残り二十分ほどになった頃、怠慢な自動ドアが居眠りから叩き起こされたように開いた。廓寥なロビーに慎ましいヒールの音を鳴らしながら、優しくもどこか眠たげにも見える、夜空そのものをため込んだような藍色の眼差しが、夕暮れの薄暮に余計眠たそうに伏せられている。