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「そう。観光気分なのは毎度のことだろうけど、にしても服? その服だって随分新しそうに見えるけど?」
「相変わらず分かんない奴だな。新しいものと可愛いものが好きなの、女はね。もっと外の世界をよく歩いてみたら?」
随分決めつけ気味に、偏屈にそう言い捨てて玄関棚に鞄を置いた喜子は、実際は彼女なりに一般的女社会の中で生きるためそのように自分に言い聞かせているのであろうことは、私には筒抜けだった。
私の妹であるだけに風変わりな環境で育ち、欲得というのを激しく憎悪して外面ではなく内面を豊かにしろという洗脳教育を半ば当てにしていざ外界に出てみれば、そのような理想論は今の悲劇的人間社会の中では真に窮に瀕した時以外はなんの効力も発揮しないことを突き付けられるという衝撃的経験は、私たち兄妹に共通した一つのいわば苦難であった。
だが彼女は少なくとも私よりずっと優れた前向き思考で、あの洗脳を完全に克服しかけているのがなんとなく分かる点では、兄ながら実に立派であると言えよう。