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御影堂 歩 アフォリズム集

作者: 御影堂 歩

・死にたくなったら、一年後にしなさい。その間「やることリスト」を作り、優先順位の高いものから一つ一つこなしていきなさい。



一年後、すべてをやり遂げ、気持ちが変わっていたら、「やることリスト」の最後をやめて、前を向いて、力強く生きていきなさい。



・凡人とは才能をダメにするソファである。



・人生という山においては、上ることよりも、下ることに楽しみを見出さなければならない。



・犯罪と芸術の違いは、狂気的な激情が人に向けられるか、創作に向けられるかの違いでしかない。



・真の快楽は、苦しみから解放されたまさにその瞬間にある。



・名誉とは一生背負わなければならない一キログラムの黄金である。



・危険はそれを回避してホッとした瞬間にあらわれる。



・昨日できたことが今日できなくなるのが「老い」であり、

昨日できなかったことが今日できるようになるのが「若さ」である。



・負けたのにもかかわらず、心の底から相手を称えられる者。

その者こそ、まさに人生の勝者である。



限界とは、超えるものではなく遠ざけるものである。また、リミッターは、意識的に「外す」ものではなく、気付いたら「外れている」ものである。



・人生とは「死」とのかくれんぼである。見つかってはならない。しかし必ず見つからなければならない。また、人生とは「死」との缶蹴りである。缶を蹴るためには危険を冒さなければならない。



・最新情報とは、活きのいい、とれたてのお魚である。



・不倫をする者は消防士になる覚悟をしなければならない。



・狂気は精神の凶器であり、創作の最も重要な道具である。



・精神の宝庫は言葉という鍵によって開かれる。



・ハプニングとは勇気と冷静さを試す運命の抜き打ちテストである。



・死は全てを失った者には優しい。



・幸せの絶頂にいるときに、下る覚悟ができている者は少ない。



・言葉の刃は人に向けるものではなく、他山の石でひたすら研ぐものである。



・理性とは心の案内人である。



・キリスト教とはすなわち赦しの美学である。



・箴言とは、脳裏に何度も去来する神出鬼没の助っ人である。



・「あと1点だったのに!」と嘆く者は、1と2、99と100との間にある1の悪魔を知らなければならない。



・書物とは、作者が主催する宝探し大会である。読者は悪文のかたまりから、ひときわ異彩を放つ、光り輝く宝石を見つけ出さなければならない。



・健康の価値を知りたいなら病気になりなさい。また、健康の価値に気がつくことができれば、それだけで億万長者ではないか?



・赦されるとは道を示されることである。



・人の死を止める者は、ソクラテスとキリストの死を止める大きな勇気を持たなければならない。



・反省とは人生の過去問である。しかしそれを解く者は少ない。



・正直とは性格の宝石である。どれだけの大金を積まれても、それを売るにはあまりにも安すぎる。

もし売り渡した場合、それを買い戻すには、心の底から懺悔する必要がある。



・約束とは法である。破ってもかまわない。ただし後で大きな罰が待っている。



・現実とは空想に向けられた一発の弾丸である。



・赦すとは、今後自分も過ちを犯すかもしれないことを考えることである。



・有名になろうとする者は、週刊誌というパノプティコンに入る覚悟をしなければならない。



・傑作とは、果てしなく重ねられた駄作という積み木の上に成り立つものである。

たった一つの駄作が抜けただけで、傑作はにわかに崩れ落ちる。



・アフォリズム(箴言)とは突然現れる助っ人のようなものである。ある一文がどこかで自分を救うことになる。



・勉強とは未来の自分への仕送りである。



・近道か、遠回りか。どちらでもよい。問題は歩き方である。



・今日の義務とは昨日の自分が残した遺言である。



・失敗という引き出しの中に、成功は眠っている。



・本当に頭の良い人間とは、自分の最大のコンプレックスを最強の武器にできる者である。

現代ではあらゆる場所でその可能性が無限に広がっている。



・自分の身を削らずして、どうして原石が輝くのだろうか。



・人を赦すことが難しいときは、自分の犯してきた数々の過ちを思い出してみなさい。



・日常の風景の中にも必ず芸術は存在する。その一瞬を切り抜き、永遠の中に落とし込むのが写真家である。



・恋とはキューピッドである。想い人に狙いを定め、引き絞られた弓のように常に緊張していなければならない。



・他人の不幸を味わうことは、精神の糖尿病への一歩である。



・不幸に耐えられない者とは、幸せの時に不幸に耐える訓練をしてこなかった者である。



・秘密とは高学歴である。守り通すことは難しい。



・健康という天才は病気によって再発見される。しかし時が経てばすぐに忘れ去られる。



・結婚というジグソーパズルは絶対に完成しない絵である。それは絵ではなく、枠にとらわれない二人だけの形を完成させるものである。



・完成とは、仕上がったものに翼を与えることである。いつまでも手を加えていてはならない。



・バラ色の人生ではなく、イバラの人生を歩みなさい。



・アフォリズム(箴言)とは言葉のパズルである。それを深く理解するには、想像して頭を働かせなければならない。



・役に立ったか、立たなかったかは、死ぬ五秒前に決めなさい。



・涙とは精神の血である。



・文学は人の死を無駄にしない。



・勉強することで得られる真の財産とは、知識ではなく忍耐である。それは今後の人生において、最も役に立つものである。



・物書きは建築士である。言葉が住んでいて「心地良い」と思えるような文章を書かなければならない。



・絆とは言葉で示すものではなく、行動で示すものである。



・働く者は幸いである。休日のありがたみは彼らのものである。



・教養とは偏見の扉を開くカギである。また、教養とは偏見を打ち抜く弾丸である。また、教養のある人間とは偏見のない人間である。



・不幸は絶対にあなたを見捨てたりはしない (ありがた迷惑である!)。



・苦しくても途中であきらめてはいけない。苦しみは頂上に達したときの喜びを倍加するための昇華装置である。苦しめば苦しむほど、頂上に達したときの喜びと達成感もそれに比例して大きくなっていく。



・芸術家は爆発物処理班である。創作という安全場所で「狂気」という危険物を爆破させなければならない。芸術家でない場合は、それを無効化しなければならない。しかしその解体処理は決して容易ではない。



・危険という攻撃は常に二段構えである。一回目の攻撃はおとりであり、二回目の攻撃が本命である。一回目の攻撃で相手を油断させ、二回目の攻撃で仕止める。



・経験は失敗の専門家である。



・寛容とは、賢人の心に広がる美しい海である。突然、大きな地震に見舞われても、その心は穏やかに凪いでいる。



・幸せはあまりにも優しすぎる。不幸がやってくるとすぐにその席を譲ってしまうのだから。



・「頑張れ」という言葉はいつも安全な場所から聞こえてくる。



・結婚とは株である。結婚すれば配偶者の株を持ち続けなければならない。そうであればどうして配偶者の株を下げるような言動がとれようか? むしろ相手の気持ちをよく考えて株を上げるような言動をとるのが筋ではないか? そうすれば自ずと自分の株も上がっていくはずである。



・欲求の八割以上を満たそうとするとき、誰もがイカロスの父から警告を受ける。



・ダイヤモンドのような心では相手が傷つく。常に柔らかい粘土のような心であれ。



・ライブとは、閉じ込められた音を開放させる場所である。



・人生とは長い食事である。去るときに「ごちそうさまでした!」と笑顔で言える人は少ない。



・偉大なる作家たちの足跡を辿るがよい。しかしあたりを見回しても、それらしいものは一つもない。当たり前だ。それは彼らの頭の中にある。彼らはその場から一歩も踏み出さないが、誰よりも血眼になって道なき道を走り回っている。



・今日も一日、何者にも謝り、そして何者をも許せ。



・アフォリズム(箴言)とは置き場に困らない、心のお守りである。また、アフォリズム(箴言)とは尽きることのない精神の泉である。



・贅沢とは幸せの前借りである。その代償は必ず後で支払わなければならない。



・おのおのの職業すべてが立派な専門家である。収入の多寡は関係ない。



・賢い人間とは、不条理からも教訓を引き出す者である。



・心に響く言葉は、心の病さえも治癒してしまう。心に響く言葉は最上の名医である。



・喜びは一緒に分かち合いなさい。怒りはすぐに捨てなさい。哀しみはそっと拾ってあげなさい。楽しみは最後までとっておきなさい。



・ある西洋文学に手を出して1巻目からちゃんと読んでいるのに理解できないと嘆く人へ。あなたが読んでいるのは実は2巻目である。西洋文学に手を出す者は、そのほとんどの1巻目が聖書、ギリシア神話であるという隠れた事実を知らなければならない。



・詩の韻を味わえるのは原文の特権である。



・死ぬほど苦しいときに人に優しくできる者は、聖人でありその究極である。



・たいてい墓穴を掘るのは手ではなく口である。



・SNSとは心の戦争である。その戦線に立つ者は傷つくことを恐れてはならない。



・いじめるものが強いのではなく、いじめられるものが強いのである。(これに疑問を感ずる者は、自然をよく見てみるがよい。)



・歴史とは人類の過去問である。



・正直、親切、謙遜、これらは性格の三宝である。



・『勉強』の意味を狭義的に捉えてはならない。学問的な意味だけに固執してはならない。スポーツ選手にとっては、スポーツが勉強であり、作家にとっては読書が勉強であり、プロゲーマーにとってはゲームが勉強である。悲しいことは、好きなことが勉強だと認められないことである。



・「ありがとう」

それは人の仕事を天職にさせる魔法の言葉である。



・SNSとは巨大なシェアハウスである。



・人生全てが戦争である。受験も戦争。就職も戦争。恋愛も戦争。戦争戦争戦争! しかし戦争に勝って滅んだ国もあれば、戦争に負けて逆に豊かになった国もあることを忘れてはならない。



・戦争は平和を壊し、そして平和を置いていく。



・この世の中には表に出て活躍している人もいれば、裏で才能の埋まっている人もたくさんいる。言葉も同様である。だからそれを掘り出してやらなければならない。言葉の山から才能のある想像力に富んだ表現を剔抉しなければならない。



・言葉の刃は人に向けるものではなく、他山の石でひたすら研ぐものである。仮に人に向けるとしても、あなたは冷たい言葉で人の心を刻むのではなく、優しい言葉で人の心に刻みつけなさい。



・達成感というものを神は決してご存じないだろう。



・笑顔とは心の平和の象徴である。



・どんなことがあっても、あなたの目だけは清らかに澄んでいなさい。



・死ぬことを恐れるよりも、真っ当に生きていないことを恐れなさい。



・人が金を溶かすのではなく、金が人を溶かすのである。



・一週間に最低一日はメディアを切って過ごしなさい。毎日テレビなどから無意識に流れてくる殺人、危険運転、強盗、汚職、虐待、わいせつ事件などを見るだけでどれだけ心がえぐられストレスが溜まるだろうか。何も知らずに一日を過ごすことができればどれだけ心が安らぐだろうか。



・家にはちゃんと鍵をかけているのに、メディアには心の鍵をかけず終日開けっ放しにして入りたい放題、荒らしたい放題にするのはなんと愚かなことだろう。一日でもメディアとの接触を我慢できたらご褒美に何か買ってあげるのも良い。時に心のお掃除をすることは精神衛生的にとても大切なことである。



・人生においては、切り札を使わずに勝つことが求められる。また切り札を使うことは、一瞬の勝利であり、永遠の敗北である。しかし一瞬の勝利のために切り札を使った者を私は笑わない。そのとき私たちは紛れもなく一瞬の大敗を味わったのだ。



・勝利にも劣らぬ輝かしい敗北とは、負けたときにこう言えることである。

「こんなにも強い人間(チーム)と真剣に戦えたことを何より誇りに思う」



・過ちを正されたとき、それを嬉しく思えれば、どれだけ幸せに生きていけるだろう。



・どれだけ相手にイライラしたとしても、その人が明日死んでしまうと考えたらどうだろう。憎しみどころか、むしろ憐憫の情がこみ上げてくるのではないか? そう思うことができれば不快な思いをせずに逆に優しくすることができるはずだ。それができればあなたは強い。



・不可能とは人間に与えられた一つの希望である。また、幸せとは不可能に挑戦できる喜びである。



・死とは人生最後の苦しみを乗り越えることである。



「不幸」は「幸せ」の師匠である。弟子が師匠を超えること。それは師匠にとって人生最大の喜びである。



・真実とは迷子になった子どもである。捜し始めてついに見つかった! ……しかし結末がいつも明るいものとは限らない。



・自殺とはゴルディアスの結び目をダモクレスの剣で切断することである。



・目に見えるものは美しい。目に見えないものはもっと美しい。



・肉体的な痛みは点であり、精神的な痛みは線である。



・後悔とは消費期限が切れてから出される料理である。できれば味わいたくない。しかし出された料理は食欲をそそる極上のものである。我慢することは難しい。



・古典やベストセラーに触れているだけでは唯一無二の詩人になることはできない。触れるべきは、知られるべきだったのに知られなかった者たちの作品である。



・著者とは読者の心に押し入る義賊である。読み終えて気づいたときには多くのものが引き出されている。



・他人の評価とは待つものではなく置き去りにするものである。



・生は音楽的であり、死は美術的である。



・芸術とは(激しく)生きるための防具であり(穏やかに)死ぬための武器である。



・失敗が成功の花を咲かせるのではない。失敗それ自体がすでに立派な花なのである。成功はそれを包み込むラッピングペーパーでしかない。失敗が多ければ多いほど、成功したときの花束もより見映えがするものになる。大きな失敗に挫けてはならない。それは大輪の花なのだから。



・挫折とは挑戦した者だけに与えられる高尚な傷である。



・言葉とは医薬品である。同じ言葉でも人によって効果があったりなかったりするのはその人のその時の健康状態によるからである。



・母国語で書かれた死ぬほどクソつまらない本に出合ったら、その本だけを持って遠い異国へ行きなさい。



・名誉とは民衆から送られる壮大な歌である。それは「お前は本当によく頑張った!」という祝福の凱旋歌ではなく、「お前はこれからよりいっそう頑張らなければならない」という激励の応援歌である。



・今後自分は罪を犯さないと確信できる者だけが人の罪を咎めなさい。そうでなければ赦しなさい。そのとき自分が赦されるためにも。



・図書館とは命が有限であることを教えてくれる場所である。



・目に見える何かを失うことは、目に見えない何かを得ることである。



・退屈な授業は美しい。それは人を恍惚にさせ、夢の国に連れて行ってくれるのだから。



・芸術をする者は、人から評価されることを期待してはならない。まずは己の心を浄化することを第一とせよ。



・栄光とは後光のように背に浴びるものであり、眺めるものではない。それは失明の危険を伴う。



・一度目は受動的に生まれてきたのなら、二度目はせめて能動的に生まれてきたいものだ。死ぬときに同じ人生をもう一度繰り返したいと言えるのであれば、それはすなわち一度目さえも「生まれてきたいから生まれてきた、能動的に生まれてきた」と言えないだろうか。



・人を憎むより、過去の自分の悪行を憎んだ方がずっと優しい。赦すとは過去の自分の悪事に対する弁済である。



・幸せにも無数の段階があり、幸せのレベルをあげればあげるほど、今までの小さな幸せでは決して満足できなくなる。その結果、本来幸せなのに不幸といった矛盾に陥る。一番下の幸せで満足し続けることが幸せであり続けるための秘訣である。必要以上のものを過度に求めすぎてはならない。



・幸せの鶏口となるも牛後となるなかれ。



・肉体を満たしたいのであれば、人のいるところへ行きなさい。心を満たしたいのであれば、人のいないところへ行きなさい。



・苦しいときには、自分より遥かに大きな苦しみを味わっている者に思いを馳せよ。それを思えばどうして苦しいなどと弱音が吐けようか。先人たちは地獄のような苦しみを乗り越えてきた。それに比べたら今の苦しみは果たして苦しいと言えるものなのかも疑わしい。



・勉強しているときの肉体的な苦しみは一時的なものだが、勉強しなかったときの精神的な苦しみは一生続く。



・人生は何かと待たされる。誰もが生まれた瞬間に「死」を注文するが、それを「来るのが遅い!」と怒鳴る人間が果たしているだろうか。



・今の「安全」というものが多くの犠牲の上に成り立っていることを片時も忘れてはならない。犠牲になりたくて犠牲になった者など一人もいない。「安全」が補強されるのはいつだって事件が起きてからである。



・歴史に名を残すより、歴史から名を消す方がはるかに難しい。



・死とは人生のマラソンでのごぼう抜きである。



・「生」というものは「死」なしではあまりにも眩しすぎる。無理に目を開いて見ようとすれば失明の危険さえある。だから「死」という適度な暗闇が必要なのだ。そのおかげで私たちは「生」という光を直視することができる。



・夭折とは大きな余白を残すことである。それは残された者たちに「生きていたら……」の無限の想像を永遠にかき立てさせる。永遠の芸術、それは早すぎる一瞬の死によって完成した。



・人生とは手渡された宝の地図である。長い時間をかけて一生懸命探し回ったが結局それは見つからなかった。しかし努力してきたその過程が宝でなかったといったい誰が言えようか。



・好きな人が幸せでいてくれることが、好きな人自身が感じる幸せの何十倍も自分自身は幸せである。



・人の死を止めることはできないが、人の生を突き動かすことはできる。



・精神的な強さは、肉体的な強さが敗北したときに明らかになる。



・井の中の蛙、大海を知り、あらためて井の良さを知る。



・人生とは一冊の分厚い私小説である。帯には「生きていれば必ず良いことがある!」と書いてあるが、レビューには「最後まで読ませる技量がない。途中で読むのやめた」と書いてある。



・メダルを受け取り眺める者は、そこに自分以外の多くの顔を見出さなければならない。また、「1」に収束した者とはひたすら「一」を積み重ねてきた者である。



・時間の使い方が下手な者とは、「待っている」という意識を持つ者である。



・「死」という問題の答えは驚くほどシンプルである。しかしその答えに至るまでの過程は一切書かれていない。

「生」という問題の答えは一切書かれていないが、その答えに至るまでの過程が九割書かれている。



・嫌な記憶を消すことはできない。しかし上書きすることはできる。



・星とはタダで見られる天然の宝石である。たとえ価値あるものを持っていなくとも、夜に天然のコレクションとしてそれらを眺められれば立派な億万長者である。夜空は天然の美術館である。それはいつでもどこでも誰に対しても開かれている。(※ただし天気が悪い日は閉館となっております。)



・限界を超えられなかった者とは限界を意識してしまった者である。



・当たり前とは一番の幸せである。しかしそれに気づくことは難しい。



・安らぎとは苦しみの中にも波を見いだすことである。



・モノクロ写真とは目で見るものではなく、頭で見るものである。



・哲学を学ぶことは死の迷宮に入ることである。途中で嫌になって、「アリアドネの糸を辿ればそこから抜け出れる!」と思う者は、その糸がどれだけ複雑に絡まっているのかに気づかなければならない。ある者はイカロスの翼を用いてそこから抜け出した。



・「汝の敵を愛せよ」

「右の頬を打たれたら左の頬も差し出せ」

この格言を一番よく実行しているのは、「平日の月曜日」自身である。



・嫉妬することは自分の持っているものを軽蔑することである。



・困難に遭遇したとき「これこそまさに私の求めていたものだ!」と笑って面白そうに、山に登るように楽しめる者はとても幸せである。



・困難とはより美しい景色を見せるためのちょっとした遠回りである。



・飛び石の配置から逸脱の美学を学びなさい。



・自分の作品とは自分にかける香水である。一人で楽しむ分には問題ない。しかしそれをみんなが受け付けると思ったら大間違いである。



・お金がなくても五体満足であれば贅沢である。問題は心だ。



・失敗とは成功でやめてしまったときのことを言う。成功した後に挑戦をやめてしまって、人生を台無しにした人がいかに多いことか。



・幸せを無理に引き留めてはならない。幸せは必ずいつの日か飛び立たなければならない。それを笑顔で見送ることができるかどうか。人の真価はそこでわかる。



・一つぐらい病気があって不健康のほうがよっぽど健康的である。ここに健康の逆説がある。



・それ以上の幸せを望まなくなったとき、そこから本当の幸せが始まる。



・神が試練を与えるのはその人を今よりも強くさせるためである。



・成長すればするほど幸せの容器は大きくなっていく。どれだけ入れても満たされない。空っぽになればまた満たすのに時間がかかる。幸せの容器は小さいに越したことはない。幸せになればなるほど今までの幸せでは決して満足できなくなる。これは幸せの限界効用である。幸せの容器は絶対に小さい方がよい。なぜあなたの幸せの容器はバケツ並に大きいのか。満たされるのに時間がかかるではないか。しかしビーカーほどの大きさであればすぐに満たされる。それでいい。溢れ出るなら他人に還元しなさい。



・痛みとは地獄をくぐり抜けてきた先人たちの記憶である。



・心の痛みの中で最も痛いものは改悛の情である。改悛の情、これは心の痛みの中で一番痛いものである。そのとき流した涙は必ず人生を変える大きな光になるに違いない。改悛した者は「赦す」ことの真意を知るだろう。それは最大の攻撃であり、最大の救いなのである。



・金を使い切ることは簡単だが、命を使い切ることは難しい。



・人間は毎日病気の宝くじを引いてはずれていることのありがたみに気づかない。気づくのはいつだって当選してからである。「なぜ私なんだ!」



・諦めそうになったときの苦しみは諦めた後の苦しみに比べれば可愛いものである。



・相手の気持ちをよく考えて行動しないことも一つの利他である。



・支払う保険料が無駄に思えるのは、健康的に生きられているからである。



・人の評価は残酷である。夭折すればその才能を惜しみ、老年に達すれば、若い頃の作品と比べてその才能をあざ笑う。



・不治の病にかかった人間が不死の薬を飲みたいと思うだろうか。



・皮肉にも自由の価値が最も高いのは、不自由の中にあるときである。



・モノクロ写真とはそれ自体がすでにミロのヴィーナスである。見る者はそれをモノクロ写真と捉えてはならない。自分の頭の中で想像して色をつけなければならない。モノクロ写真とはそれ自体がすでに想像の文学でもある。どの時代にも必ず色がある。その色を自分の想像によって補わなければならない。



・苦しみは人を前進させる。いや苦しみしか人を前進させない。際限のない快楽はむしろ人を後退させる。



・練習をする者は、本番が一番楽であるように練習しなければならない。



・狂気とは断崖絶壁に追いやられることである。飛び降りることもできるが、翔ぶこともできる。



・想像力を鍛えるのは簡単である。未読の小説を一冊買ってきて、後半の20ページほどを破り取ってから読み始めなさい。読了後何度も読み返して、その破り取ったページにはどんなことが書いてあったのかを想像しなさい。ただそれだけである。これも一つの小説の読み方である。



・何が役に立ったのかを決めるのは、生きているあなたではなく死後のあなたである。



・たとえ歴史に名を残せなくても、人の心に名を残すことができればそれだけで十分である。(もちろん良い意味で)



・アフォリストとは言葉のスタイリストである。言葉が文章の中で輝けるようにうまく装飾しなければならない。



・人生とは上り続けなければならない飛び降り台の階段である。必ずどこかで飛び降りなければならない。生きれば生きるほど高度は増していく。死の恐怖にもとりつかれる。下を眺めることは恐ろしい。しかし地面にぶつかる瞬間に翼ある者に救われ天に召されることを忘れてはならない。



・死とは地へ向かって飛び降りることではなく、天へ向かって飛び立っていくことでありたい。



・苦しみとは生きるための抗体である。それがないものは、ほんの小さな苦しみだけで参ってしまうだろう。



・人生で大切なことは幸せを送り出す勇気を持つことである。幸せが自分から離れ去ってしまうことはとても悲しい。しかし幸せのためを思い、幸せのためにその門出を祝い、笑顔で送り出すことができればどうだろう。いつの日かその幸せは大きな幸せを伴って帰ってくるに違いない。



・逃げるとは将来強くなって戻ってくることである。



・過去に闇がなければ、どれだけ今光っていても無意味でしょ?



・友達から新品のものを借りた場合は、新品同様の形で返すのが礼儀である。しかし神から借り受けたこの身体はできるだけ使い古してから返すのが礼儀である。



・天才の芸術は逆である。生きているうちは冷え切っているが、死んだ後に強烈なまでに燃え上がる。しかもその炎が消えることは決してない。



・幸せに上限がないということが人類にとっての不幸である。



・注文したものが届くのを楽しみに待つように死も待ちなさい。



・注文したものが届かなくてイライラしている者は、生まれたときに「死」を注文して未だ届いていないことに気づくべきである。



・癌が見つかって悲しむようであれば宝くじは買わない方がよい。



・算数、数学が本当にできる者とは解答集が不要な者である。



・赤ちゃんの泣き声に寛容な者とは、今まで自分がさんざん迷惑をかけて生きてきたことを忘れない者である。

飲んだら→酒税

働いたら→所得税

買ったら→消費税

入ったら→入湯税

継いだら→相続税

貰ったら→贈与税

吸ったら→たばこ税

乗ったら→自動車税

持ったら→固定資産税



いくら勉強しても→非課税

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