くすりゆび
ああ、アニキ。ええ、ちょっと、疲れちまって。情けねえって? そう言わんで下さいよ、自分でも分かってンすよ。この仕事何年やっても肝っ玉小せえまんまで、自分でも嫌んなるってモンだ。仕事じゃねえかって。
エエ、知ってたんですか。そうそう、お嬢さん。……あれ、知らないんですか? あんまり、気分のいい話じゃねえや。聞きたいんですか。いや、やめといた方が……いやいや滅相もない。ただ、俺が思い出したくねえだけで。
そう、お嬢さん。彼氏といたのを見られてさ、捕まっちまって。おやっさん厳しいでしょ、だから。あの人、過保護過ぎるんだなあ。今時ねえでしょ、十代で男作ったから勘当なんて。勘当どころの騒ぎじゃなくなっちまったけど。
俺もそん時、一緒にいたんですがね。いやいや、しょっぴきに行った連中と。あっさり行きましたよ。ただね、お嬢さんが逃げようとして暴れるんだ。男の方は、お嬢さんに腕掴まれたまんま、動こうともしない。俺より下の奴に、血の気の多いのがいるでしょ。あれに、がっちり腰捕まっちまってっから、動くに動けなかったんだろうけど。なんだかね、ボウッとしてましたよ。諦めちまってたんだろうなァ。
怖かったですよ、お嬢さん。金切り声上げて、髪振り乱してさ。目なんかもう、血走っちゃってて。キレイな人なのになあ。離さなきゃ舌噛んで死ぬなんて抜かすから、おやっさん怒っちまってさ。死にたきゃ死ね、なんつって。ドス持ってきて、落としちまったんですよ、男の腕。
初めて見たんですけどねえ、実際あんな、切り落とすなんてさ。なんか、想像してたより、呆気なかったっつーか。血ってなあ、あんな風に出るんですねえ。もっとこう、勢いイイもんだと思ってた。
ああ、またバカにするんだ。しょうがないでしょう、俺ァそういう仕事ン時は、滅多に同行さしてもらえねえから。信用がねえって? そうかも知れませんねえ。俺ァ、肝小せえから。すゥぐ腰抜かしちまうしなあ。
腕? マネキンみたいでしたよ。ころっと転がって。それ見て皆笑うもんだから、俺もなんとなく、笑っちまった。ああ、嫌だ嫌だ。……おっと、コレ秘密にしといてください。
お嬢さんね、落とされた腕見て、急に大人しくなった。そのまま連れてかれた。……男はね、沈めたみたいですよ。俺ァそこまでついて行ってねえから、よくは知りませんけど。ええ、ええ、見たくもなかったってのが、本音ですよ。
それからお嬢さん、軟禁されちまってねえ。さすがにおやっさんも殺せなかったんだろうなと思うけど……そうかも知れないっすねえ、憎かったのかなァ。いや、よく分かりませんや。俺は子供なんて、いませんから。
俺、給仕だったんですわ。お嬢さんの。何も口にしやしませんでしたけどね。日に日に痩せてって、目ばっかりがギラギラしちまって。ああなったら、いくらキレイな人でも不気味なだけですよ。でもねえ、なかなか死なない。一週間も飲まず食わずで、ただボウッと、窓の外ばっかり見てんですよ。寝てんだか寝てないんだか、サッパリわかんねえし。
その内若いのがさ、遊びに行くようになっちまって。……そう、俺は断りましたよ、勿論。こっちだってさ、女ならなんでもいいワケじゃねえや。迷惑なんですよゥ、飯持ってく方の身にもなって欲しいや。行くたんびに臭えし。たまあに最中に部屋入ったりしちまうと、人形輪姦してるみてえな状態ですよ、ホント。何が面白いのかねえ。おやっさんも知ってんだか知らないんだか、お嬢さんの部屋に近寄りもしねえし。
なんで、生きてたんでしょうね。……いやいや、知ってます。なんとなく。見ちまったんだ、俺。
お嬢さんねえ、腕食ってたんですよ。腕。……違いますよ、あの男の腕なんか、回収しましたよ。そんなモン、お嬢さんとこ置いとくワケねえでしょう。
違いますよゥ、俺がそんなおっかねえことするもんか。バチ当たっちまう。くわばらくわばら……
……でも俺ァ、この目で見た。嫌な音がしたんですよ、お嬢さんの部屋からさ。とうとう自殺しちまうのかと思ってそゥっと覗いたら、腕持ってんですよ、腕。そんなわきゃねえと思って目ェ凝らしてみても、やっぱり腕だった。
歯が皮に食い込むたんびにねえ、ぷちぷちっていやあな音がしてた。骨と皮ばっかりになった指がさ、一つ一つ摘んで捨てるんですよ。床に。ウジを。ゾッとしましたよ。気味の悪い色の、ありゃ確かに人間の腕だった。食いますか、普通。腕。いやいや、腕でしたって。
それから二日ぐらい後だったかなァ。ええ、死にましたよとうとう。死因は知りません。
ああ、知ってましたか。そう、妊娠してましたよ、お嬢さん。取り出されましたけどね、ガキは。死んだ後。もうすっかり、出来てましたよ形。
見ましたよ。フジムラだっけ? あの人が、見に来いって言うから。……さあ、俺気に入られてんすよね。ビビるから、面白がられてんのかなァ。行ったらもう、標本になってましたよ。真っ白でさァ、これ本物なのかって思った。
それだけ? ……ああ、思い出したくねえんだ。あんな、気味の悪ィ……なんです、そんなに言うなら見に行きゃいいじゃないですか。なんでそんなにこだわるんです?
フジムラんとこに、ありますよ。まだ。発表? なんでです? そんな事ァしませんよ、バレるじゃないですか。あの変態医者、なんでもかんでも手元に残しとくしなァ。興味本位で見に行って呪われちまっても、知りませんけどね。
……ああ、そう、そうですよ。なんで知ってんだ。お嬢さんの遺体? ヘエ、そうか、指が……ああ、気味の悪ィ事言いなさんな。偶然に決まってら。
そうですよ、ガキの指は、七本あった。左手の、薬指。三本あってさァ、二本は大人の指だった。……長さが違うんですよ、全然。小指とちっちぇえ薬指の間に、ギュウギュウ詰めになって、大人の指が二本、生えてた。
フジムラが喜んでましたよ。こんな症例は初めてだ、なんつって。あんなモン、そうそう産まれてたまるかってんだ。
え、行くんですか。……ああ、それがいいですねえ。俺もこんな呪われちまいそうなトコ、いたかねえや。
そんじゃ、お元気で。