表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

くすりゆび

作者:

 ああ、アニキ。ええ、ちょっと、疲れちまって。情けねえって? そう言わんで下さいよ、自分でも分かってンすよ。この仕事何年やっても肝っ玉小せえまんまで、自分でも嫌んなるってモンだ。仕事じゃねえかって。

 エエ、知ってたんですか。そうそう、お嬢さん。……あれ、知らないんですか? あんまり、気分のいい話じゃねえや。聞きたいんですか。いや、やめといた方が……いやいや滅相もない。ただ、俺が思い出したくねえだけで。

 そう、お嬢さん。彼氏といたのを見られてさ、捕まっちまって。おやっさん厳しいでしょ、だから。あの人、過保護過ぎるんだなあ。今時ねえでしょ、十代で男作ったから勘当なんて。勘当どころの騒ぎじゃなくなっちまったけど。

 俺もそん時、一緒にいたんですがね。いやいや、しょっぴきに行った連中と。あっさり行きましたよ。ただね、お嬢さんが逃げようとして暴れるんだ。男の方は、お嬢さんに腕掴まれたまんま、動こうともしない。俺より下の奴に、血の気の多いのがいるでしょ。あれに、がっちり腰捕まっちまってっから、動くに動けなかったんだろうけど。なんだかね、ボウッとしてましたよ。諦めちまってたんだろうなァ。

 怖かったですよ、お嬢さん。金切り声上げて、髪振り乱してさ。目なんかもう、血走っちゃってて。キレイな人なのになあ。離さなきゃ舌噛んで死ぬなんて抜かすから、おやっさん怒っちまってさ。死にたきゃ死ね、なんつって。ドス持ってきて、落としちまったんですよ、男の腕。

 初めて見たんですけどねえ、実際あんな、切り落とすなんてさ。なんか、想像してたより、呆気なかったっつーか。血ってなあ、あんな風に出るんですねえ。もっとこう、勢いイイもんだと思ってた。

 ああ、またバカにするんだ。しょうがないでしょう、俺ァそういう仕事ン時は、滅多に同行さしてもらえねえから。信用がねえって? そうかも知れませんねえ。俺ァ、肝小せえから。すゥぐ腰抜かしちまうしなあ。

 腕? マネキンみたいでしたよ。ころっと転がって。それ見て皆笑うもんだから、俺もなんとなく、笑っちまった。ああ、嫌だ嫌だ。……おっと、コレ秘密にしといてください。

 お嬢さんね、落とされた腕見て、急に大人しくなった。そのまま連れてかれた。……男はね、沈めたみたいですよ。俺ァそこまでついて行ってねえから、よくは知りませんけど。ええ、ええ、見たくもなかったってのが、本音ですよ。

 それからお嬢さん、軟禁されちまってねえ。さすがにおやっさんも殺せなかったんだろうなと思うけど……そうかも知れないっすねえ、憎かったのかなァ。いや、よく分かりませんや。俺は子供なんて、いませんから。

 俺、給仕だったんですわ。お嬢さんの。何も口にしやしませんでしたけどね。日に日に痩せてって、目ばっかりがギラギラしちまって。ああなったら、いくらキレイな人でも不気味なだけですよ。でもねえ、なかなか死なない。一週間も飲まず食わずで、ただボウッと、窓の外ばっかり見てんですよ。寝てんだか寝てないんだか、サッパリわかんねえし。

 その内若いのがさ、遊びに行くようになっちまって。……そう、俺は断りましたよ、勿論。こっちだってさ、女ならなんでもいいワケじゃねえや。迷惑なんですよゥ、飯持ってく方の身にもなって欲しいや。行くたんびに臭えし。たまあに最中に部屋入ったりしちまうと、人形輪姦してるみてえな状態ですよ、ホント。何が面白いのかねえ。おやっさんも知ってんだか知らないんだか、お嬢さんの部屋に近寄りもしねえし。

 なんで、生きてたんでしょうね。……いやいや、知ってます。なんとなく。見ちまったんだ、俺。

 お嬢さんねえ、腕食ってたんですよ。腕。……違いますよ、あの男の腕なんか、回収しましたよ。そんなモン、お嬢さんとこ置いとくワケねえでしょう。

 違いますよゥ、俺がそんなおっかねえことするもんか。バチ当たっちまう。くわばらくわばら……

……でも俺ァ、この目で見た。嫌な音がしたんですよ、お嬢さんの部屋からさ。とうとう自殺しちまうのかと思ってそゥっと覗いたら、腕持ってんですよ、腕。そんなわきゃねえと思って目ェ凝らしてみても、やっぱり腕だった。

 歯が皮に食い込むたんびにねえ、ぷちぷちっていやあな音がしてた。骨と皮ばっかりになった指がさ、一つ一つ摘んで捨てるんですよ。床に。ウジを。ゾッとしましたよ。気味の悪い色の、ありゃ確かに人間の腕だった。食いますか、普通。腕。いやいや、腕でしたって。

 それから二日ぐらい後だったかなァ。ええ、死にましたよとうとう。死因は知りません。

 ああ、知ってましたか。そう、妊娠してましたよ、お嬢さん。取り出されましたけどね、ガキは。死んだ後。もうすっかり、出来てましたよ形。

 見ましたよ。フジムラだっけ? あの人が、見に来いって言うから。……さあ、俺気に入られてんすよね。ビビるから、面白がられてんのかなァ。行ったらもう、標本になってましたよ。真っ白でさァ、これ本物なのかって思った。

 それだけ? ……ああ、思い出したくねえんだ。あんな、気味の悪ィ……なんです、そんなに言うなら見に行きゃいいじゃないですか。なんでそんなにこだわるんです?

 フジムラんとこに、ありますよ。まだ。発表? なんでです? そんな事ァしませんよ、バレるじゃないですか。あの変態医者、なんでもかんでも手元に残しとくしなァ。興味本位で見に行って呪われちまっても、知りませんけどね。

……ああ、そう、そうですよ。なんで知ってんだ。お嬢さんの遺体? ヘエ、そうか、指が……ああ、気味の悪ィ事言いなさんな。偶然に決まってら。

 そうですよ、ガキの指は、七本あった。左手の、薬指。三本あってさァ、二本は大人の指だった。……長さが違うんですよ、全然。小指とちっちぇえ薬指の間に、ギュウギュウ詰めになって、大人の指が二本、生えてた。

 フジムラが喜んでましたよ。こんな症例は初めてだ、なんつって。あんなモン、そうそう産まれてたまるかってんだ。

 え、行くんですか。……ああ、それがいいですねえ。俺もこんな呪われちまいそうなトコ、いたかねえや。

 そんじゃ、お元気で。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 夏ホラーも終わりまして、もうホラーは読まなくていいなーとか思いつつ開いてしまって、かなり鳩尾の辺りを抉られました。 TK先生の作品は何というか、虫の話の時も思ったんですが、実際に見たり食べた…
[一言] 拝読させていただきました。胃がもにょもにょしました。 男の語りだけで全編通したのは凄いですね。 下手に説明口調になることもなく、話し方に男の臆病さも滲んでいて、それが流れるように自然なので…
[一言] るうねです。 『くすりゆび』、拝読させていただきました。 まず文章から。 これはケチのつけようがないですな。いい意味でかび臭い雰囲気を醸し出す文体で、読者を惹きつけるだけの力を持っていると…
2009/08/04 17:07 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ