冒険者ギルドのお役所仕事 〜薬鹿と密猟者〜
冒険者ギルドのお役所仕事シリーズ六作目となります。
オムニバス形式ですので、この話から読んでも、他の話を読んでからにしても特に問題はないかと思います。
今回は密猟。「だから気に入った」とは絶対ならない四角四面のプリムはこの問題をどう解決するのか?
どうぞお楽しみください。
ここはとある街の冒険者ギルド。
多くの冒険者が依頼と報酬を求め、今日も賑わっている。
「最近、薬鹿の密猟が増えているみたいですね」
ギルドの受付職員コリグが、先輩のプリムに話しかけた。
「そうですね。薬鹿の角は気管支の病気に効く薬剤となります。通常春先に抜け落ちた『落とし角』を採取しますが、薬は年中需要があるからと、捕まえて折ったり、酷い例になると殺して角だけ切ったりします」
プリムの言葉に、コリグは眉を顰める。
「それは酷いですね。ギルドは何か出来ないんですか?」
プリムが眼鏡を押し上げる。
「そうですね。これから春の落とし角の季節の前に、密猟者を摘発する動きが出ています。密猟分を紛れ込まされたら厄介ですからね。犯人を捕まえるまでは、手を緩めないでしょう」
「それでこそギルドですよ! 密猟者対策、徹底的にやってほしいですね!」
コリグは力強く答えた。
五日後。
「おい、密猟者を捕まえたぜ」
ギルドの窓口に頭髪は薄く髭の濃い、一言で言えば山賊のような柄の悪い男がやって来た。
「クレフトさん。本当ですか?」
受付で対応したプリムが眼鏡を押し上げる。
「あぁ。こいつらだ」
クレフトが顎をしゃくると、まだ手足の伸び切ってはいないであろう少年二人と少女一人が、おずおずと前に出る。
「あなた方が薬鹿を密猟していたのですか?」
「……はい」
「……ごめんなさい」
「……もうしませんから」
頭を下げる三人に、プリムの硬い声が飛ぶ。
「何故ですか?」
「……畑の作物を荒らすからです……」
「どのような方法で?」
「……畑の周りに罠を仕掛けて……」
「何頭ほど?」
「……た、沢山です……。ごめんなさい……」
「ふむ」
怯えた目をする三人とは対照的に、クレフトはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべる。
「これで薬鹿の密猟問題は解決だな!」
「そうですね、では冒険者登録証をお出しください」
「何だ? 密猟者を捕まえた手柄でも付けてくれるのか?」
うきうきと登録証を出すクレフト。
「いいえ。資格停止です」
「え……?」
数瞬ぽかんとしたクレフトが、登録証をカウンターの裏にしまい込んだプリムに猛獣のように吠える。
「ふっざけんな! 何で俺が資格停止なんだ! 密猟者を捕まえたんだぞ!」
「彼らは密猟者ではありません」
「な、何でだよ! 登録証も依頼もないのに薬鹿捕まえてたんだぞ!?」
「獣害への対策は畑を守る者の当然の権利として認められています。罠で畑に近付く動物だけを狩るなら、罰せられる事はありません」
冷たく言い放つプリムに、一気に怒りが冷めるクレフト。
「そ、そうなのか。し、知らなかったぜ、へへへ……。誰にでもあるだろ? 勘違いって奴だよ。だから登録証を返」
「もう一つ」
引きつった愛想笑いを浮かべるクレフトに、プリムの眼鏡が光る。
「普通悪い事をした人は罪を過小に言いたがるもので、子どもならその傾向は更に顕著です。しかし彼らは『沢山』と答えた。まるで誰かに言わされているかのように」
「う……」
クレフトの額に脂汗がにじむ。
「クレフトさん、依頼なく捕まえる事が密猟であるなら、貴方のこの行為もそれに当たりますね」
「お、俺はギルドのためを思ってだな……!」
「ご自分の罪を隠すためではないのですか?」
「ひっ……!」
全てを見通すような鋭い目つきに、クレフトの物騒な顔が気弱に歪む。
「自白すれば罪は多少軽くなりますよ。おっと、これは貴方が彼らに言った言葉でしたかね?」
「う……あ……」
まるで見てきたかのような言葉に、逃れられない事を悟ったクレフトが、がっくりと項垂れた。
「先輩! うまく行きましたね!」
「そうですね」
仕事後、コリグは興奮冷めやらぬと言った様子でプリムに話しかける。
「まさかあんな小芝居を何回かしただけで、密猟やってた人が自ら来るなんて! しかも三日で三人も!」
「目星はついていましたからね」
プリムとコリグの話を聞かされた、薬鹿の密猟を行っていた冒険者達は慌てた。
村の若者を犯人に仕立てたクレフト、密猟者から取り上げたと偽って角を持ち込んだロブ、たまたま無人の納屋から角を見つけたと言ってきたスティール。
彼らは露見を恐れて行動した結果、ものの見事に罠にはまった。
「彼らも薄々危機を感じていたからこそ、適当な犯人をでっち上げ、ギルドがそちらを取り調べている内に、角を処分して追求を逃れようとしたのでしょう」
「浅はかですよね! 人に罪をなすり付けて、自分は逃れようだなんて!」
淡々と話すプリムと対照的に、コリグの語気は強い。
「……そう言えばクレフトさんに犯人役にされたあの子達、どうなったんですか?」
「彼らは薬鹿の狩猟が違法だと言われ、自首しないといざと言う時にギルドから助けが来なくなる、と脅されていたそうです」
「それであんな風に……」
「なので私の名刺を渡しておきました」
「えっ、それだけですか?」
「それだけです」
眼鏡を押し上げるプリムに、コリグは不満そうに言い募る。
「ギルドの作戦に巻き込まれたようなものなのに、それだけじゃあいくら何でも可哀想じゃないですか?」
「それについては、クレフトさんが三ヶ月無償で村の畑仕事をする事で手を打っています。それ以上はギルドのする事ではありません」
「それなら、まぁ、でも……」
納得し切れず不満を漏らすコリグ。
彼は知らない。
プリムが渡した名刺が、上位のギルド職員に年間数枚しか配布されない、王国内のギルドで依頼と報酬が正当でありさえすれば、最速で対応される優先券だと言う事を……。
読了ありがとうございます。
ちなみに名刺の効果を説明された三人は、涙を流して喜んで村に報告。
村長も喜び、家の神棚に大事に保管されたとか。
プリムの名刺、神様と同格に。
気が付けば『冒険者ギルドのお役所仕事』はひと月くらい書いてませんでしたね。
それでもネタさえ思い付けば書けるのは、プリムのいいところ。
これで百作品まで後一つ! 頑張ります!