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5.本当に、大切なこと。










「うーん、でも難しいな……」




 アトリエにこもって、ボクは早速そんなことを呟いていた。

 アーシャの母親――ミランダさんの体調を考えれば、一刻の猶予もない、と思える。しかし生半可な出来で提出したら、それこそ問題だった。


 これは、一般的な修繕とは異なる。

 祖父が言っていたような『思い出の修繕』に、違いなかった。


 もちろん、他の依頼で手を抜いているわけではない。

 ただ今回に限っては、勝手が違いすぎた。



「まず、元の設計が分からないから……」



 そうなのだ。

 このドレスの本来の形――すなわち、修繕の正解が分からない。

 一般的に、修繕依頼というのは本来の形が分かる、という前提で持ち込まれる。リンドさんの時の剣のような例外もあるが、普通はお客様から情報を得られる場合が多かった。


 ただ、このドレスの本来の形状を知るのは一人だけ。つまり――。



「ミランダさんに、訊かないといけない」



 そういうこと、だった。

 無理な話だ。だって、その人はいま生死の境を彷徨っている。

 そんな状態の人に、このドレスはどんなものだったか、なんて訊けるはずがなかった。ボクはぶつかった壁の大きさに気持ちが急くのを覚え、深呼吸をする。


 そして何か、正解に近付く方法はないかを考えた。

 すると脳裏をよぎったのは、リンドさんが何気なく口にした言葉。



「この王都で、名うてとされた修繕師……?」



 彼は言っていた。

 かつてこのドレスは、名うての修繕師に直してもらっていた、と。

 もしその話が本当だとしたら、手掛かりは――。



「意外に、近くにあるのか……?」



 ボクはアトリエに雑然と積まれた、数多くの書類を見つめる。

 そして、おもむろに立ち上がってそこを漁り始めた。







「お母様。このドレス、どうして捨てないのですか……?」



 まだ、ミランダが病に侵される前のこと。

 アーシャは大切そうに仕舞われているボロボロのドレスを見て、母にそう訊ねたことがあった。彼女の問いかけに、ミランダは優しく微笑み答える。



「このドレスはね? お母さんにとって、大切な思い出なの」――と。



 もう、見る影もないそれを撫でながら。

 ミランダは、心の底から懐かしそうにそう話すのだ。

 もしかしたら彼女の目には、昔のままのドレスが見えていたのかもしれない。しかし娘にとってはやはり、価値のないもののように思えた。



「大切な、思い出……?」

「えぇ、そうですよ。でもアーシャには、まだ少し早い話かも」

「…………?」



 くすくすと笑う母に、娘は首を傾げる。

 いったい、どういった意味なのだろうか。考えるが、分からなかった。



「だけど、いずれ貴女にもそんな人が現れます」

「そんな人……?」

「うふふ」

「むぅ……!」



 さらに、そんなことを言われて煙に巻かれる。

 そのことにアーシャは、やや不満げに頬を膨らした。すると、



「大丈夫よ、アーシャ。女の子なら、必ず経験することだから」



 最後に、ミランダはそう言ってドレスを元の場所に仕舞う。

 娘はやはり、その言葉の意味が分からないままだった。







「う、ん……? 寝ていた、みたいですね」



 アーシャは自分が眠っていたことに気付き、ふっと息をつきながら目を擦る。そして自分のいる場所が、自室であることを確かめた。

 ベッドではなく、椅子に座りテーブルに伏せていたので身体が痛い。

 少女は大きく背伸びをしつつ、夢のことを思い出した。



「お母様の言っていること、分かりません」



 そして、そう呟く。

 結局のところ、アーシャには母の言葉の真意が分からなかった。

 だが母は、あんなにも嬉しそうにドレスを見ていたのだ。きっと自分には分からなくても、アレはとても大切なものに違いない。

 だから、彼女はあの青年に修繕の依頼を――。



「……ん、どなたですか?」



 そこまで考えた時だった。

 彼女の部屋のドアが、強くノックされたのは。

 何事かと思いながらもアーシャは、来客の話を聞いた。そして、



「え……!?」




 血相を変えて、部屋を飛び出すのだった。




 


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