5.ティローの初恋。
回想終了と思った!?
残念、まだもう少し回想です!!(*‘ω‘ *)
ティローの記憶には、深く刻まれている出来事があった。
それは少年であった彼にとっては初めての恋であり、同時にあまりに苦く、胸の痛みを伴うものである。端を発したのは、ある一冊の本の修繕だった……。
『ティローくんは、この本に書かれてる魔法がなにか知ってる?』
彼女はとても優しく笑いながら、そう訊いてくる。
少年が首を左右に振ると、その女性は嬉しそうに本の表紙を撫でて言った。
『この本にはね、きっと多くの人を幸せにする魔法が書かれてるの!』
『幸せな、魔法……?』
『うん、幸せの魔法!!』
ティローが首を傾げると、彼女は立ち上がって村の中心にある大樹を見上げる。それはエルフの村を不浄から守るとされた古の樹。
今はもう朽ちているが、それでも荘厳な佇まいは見事だった。
『昔、この樹にはね? とっても綺麗な桃色の花が咲いていたそうなの! それは人々の心を穏やかにして、争いをなくし、みなを幸せに導いたの!!』
『へぇ……?』
御伽噺を真剣に語る彼女の姿に、少年は目を奪われる。
それが、彼の初恋だった。
自分よりもずっと年上の女性に、叶わぬと分かっている恋をする。
それでもいい。彼女が幸せになるなら、その相手は自分でなくても良かった。だからティローは笑顔で、その女性にこう訊ねたのである。
『エリザお姉さんは、みんなの笑顔を取り戻すために王都に行くんだね!』
その言葉に女性――エリザは、明るく頷いた。
王都には、奇才と名高い修繕師がいる。
彼の力を借りれば、必ずやエルフの村に笑顔をもたらすことができる。
エリザは、心からそう信じていた。だから――。
『行ってきます、みんな……!』
村のみんなの反対を押し切って。
彼女は自分もなにかしたいと、外の世界へ飛び出した。
だが、しかし――。
◆
ティローはゆっくりと目を覚ました。
どうやら、ずいぶんと懐かしい夢を見ていたらしい。忘れようにも忘れられない、初恋の女性の見せた最後の笑顔。今でもその綺麗な姿は、彼のまぶたの裏に焼き付いていた。だが同時に――。
「くっ……!?」
――吐き気を催す。
ティローは、思い出すのだ。
王都から帰還したエリザが手にしていた経典の、変わり果てた姿を。まるで元通りとは思えない。ただガワだけを取り繕っただけな、ハリボテの修繕。
それを手にしたエリザは、村の者たちを目の前に泣き崩れた。
そして、何度も謝罪の言葉を口にする。
絶望したのだ。
誤った修繕を施した経典からは、歪んだ魔力が滲み出ていた。
やがて、それは彼女の心を歪ませる。
希望に満ちていた、あの日とは程遠い。
精神を蝕まれたエリザは――。
「………………」
これ以上先は、もう思い出すことも辛かった。
だからこそティローの胸には、憎しみしかないのだ。
「人間は老いるのも、死ぬのも早い。それだけ、罪悪から逃げるのも……」
自分が青年となり、ここへ派遣されるまで。
すでにローンドという修繕師は、命を落としていた。今ではその孫が、この王都で最高の修繕師だと持て囃されているらしい。
もちろん、ライルに罪はない。
だが、分かっていても感情は切り離せなかった。だから――。
「ん、誰ですか……?」
そう考えた時だ。
誰かが、客間のドアをノックした。
ティローが声をかけると、その人物はゆっくりと扉を開けて言う。
「できたよ……。ティロー……!」
見違えるように、綺麗になった経典を胸に。
ライル・ディスガイズは、一睡もしていないであろう顔に笑みを浮かべるのだった。




