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「えっと……今生(こんじょう)の別れをしている所?」


 こて?


 可愛らしく頭を傾ける中高年。



「別れてたまるか!」

 演技でも無い事を口走る師匠に条件反射で文句をいい放つ。


「違ったのか。ごめーん……」

 今王都を離れている術師などは比べ物にならない程の類稀(たぐいまれ)な術師の、師匠マグノリアが弟子の目の前にいるルークスの肩を叩いた。


「じゃあ何かお詫びしないといけないなぁ。ルークス、僕に何かしてほしい事ってあったりする?」








「あれ、ここどこだろ?」


 気が付くと瑞希(みずき)は一人で迷子になっていた。


 服装はお気に入りだったメイドさんコス。実際メイド喫茶で使われていたものを、モデルチェンジに伴い安価で譲り受けた代物(しろもの)。生地もしっかりしているし、下品に短いだけじゃなくて上品な雰囲気を醸し出してくれる優しいフォルムが目を引く逸品だった。

 ここにデジカメを持って来ていないのが悔やまれる。



 周りを見回しても人っ子一人いなかった。


「……寒い」



 肌寒さが、心細さをお供にやって来た。


 自分はこんなに弱かっただろうか? いつも一人でいたはずなのに。男の娘を始めた事で、性格まで見た目に引きずられてるのか?


「もう、本当に皆どこいっちゃったんだろう……」




「って皆ってだれさ。今日の僕ってちょっとおかしくない?」



 何か大変な事があったはず。

 大切な用事があった様な気がするが、今は考えても何一つ分からなかった。はっきりしているのは、ここがとてもジメジメしていて暗いという事。



「誰かいないの? おーい!」


 叫んでみたが返事はなく物音ひとつしない。瑞希は変わらず一人暗闇に立ち尽くしている。




「なんか気持ち悪い所だなぁ」



 早くどこかに行きたい気がして歩いていたら、少し向こうに柔らかな光が(うかが)えた。

「あ、あっちは出口かも……え?」



 導かれるままに足を前に踏み出そうとすると後ろから強く引っ張られた感覚がした。ごく自然すぎて気が付かなかったが片手を誰かと繋いでいる。


「手……温かい」



 その手は決して迷子にならない様にしっかりと握っていてくれた様だ。心地よさそうな先ほどの光に導かれようとすると、魔法がかけられた様にビクとも動けなくなる。



「ねぇ、あっちじゃないっていうの?」


 その手は勿論無言だが、そうだと言われている気さえしてしまう。


「じゃあどこにいけばいいの?」


 手から先が見えないとか、普通に考えたらホラー以外のナニモノでもないが、今ここで何かしらの意思表示をしてくれるのはこの手だけだと思うと恐怖よりも、すがり付いて早くここから抜け出したい気持ちが上回り、恐怖を見えない場所に押し込めた。


「聞いてる?」


 きわめて独り言に近い質問を繰り返していたら、繋いだ手の指にお揃いのリングが輝いて見えた。


「へあ? さっきまではこんなもの無かったのに……」



 リングを見つめているととても愛おしく感じられたのか、瑞希ではなくアリスが無意識に頬ずりしてキスしていた。



「やだ、恥ずかし……」

 ぐい!

 急に引っ張られる。


「ちょっと待って! そんなに急いだらこけちゃうよ……ルークスってば!」


 アリスは光とは逆方向に駆け出していた。





「…………」


 長い夢を見ていたらしく体のだるさで目を開ける。と、繋いだ手を抱え込んだまま離さないルークスが、まるで捨てられた子犬の様にアリスの隣でへたり込んでいた。


 いつもは憎らしい位強気でクールで強引なのに……。

 アリスはそっと頭を撫でた。

「アリス!」



「……ここは?」


 知らない部屋の寝台に、寝かされていた。


「ここは、私の王都の屋敷だ……」

 この色彩はルークスっぽいなーなんて思ってみたりしていたら案の定、ルークスの部屋だった。


「やだ、いつまで落ち込んでるの? 調子狂っちゃうから元気出してって……」

 頬を撫でるがルークスの機嫌は直らない。


 話を聞くと、いつまで経っても上がってこない報告が気になって何気なく弟子に事情を聞きに来た学園長が、たまたまアリスの解毒をしてくれたが、去り際に、二日以上経っても目覚めないなら、このまま意識が戻らない可能性もゼロではないと不吉な一言を言い残して帰ったと……。



「君は二日も、二日も目を覚まさなかったんだぞ。その間私がどれだけ心配をしたか分かっているのか!」


 二日経った朝方など、その悲しみは如何ばかりだったかと延々とお説教してくる。


「ん? ルークスいつにも増してげっそりしてない? ちゃんと食べてた?」

 ルークスが一方的に怒りを(あらわ)にする。だがアリスにはしょんぼりしている暇は微塵(みじん)も無かった。


「……ねえ、ルークス?」


「どうした?」


 どの角度から眺めて見ても記憶のそれよりずっとガリガリで、初めて会った時より痩せていて、言われなければどちらが病人か分からない事だろう。

 きっとルークスの事だから、ここから一歩も離れずにいたに違いない。どこの忠犬だ!?


「色々話したい事はあるけど、とりあえずごはんを……食べようか?」


「うむ、準備させよう!」

「いい? 一緒に食べるんだよ? ルークス絶対食べてないから」



「ああ、それならすっかり忘れている」


 悪びれるでも無く部屋を出ていくルークスは晴れやかに微笑み、足取り軽く飛び出していった。


「……僕って介護要員なの?」


 ルークスといい、手間のかかる人が多すぎる。


「おちおち寝込んでいられないとか! まったくもう」





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