1.19 Hatuki Hasukawa(2027.4.12)
暗く無機質なエデン防衛庁隊天翼局員の司令室は、広大な部屋に三つほどの巨大なサーバーがそびえていて、そこに局員が何人か配置されていた。
しかし、普段と違う点がいくつか存在する。
まず、局員の配置数が多いこと、部屋が赤色の光に染まっていたこと、そして、サーバーの一つが攻撃されていること。
「第一サーバーに対して何者かがハッキングを仕掛けています。逆探知……失敗、第一障壁、第二障壁、第三障壁展開……突破されました」
第一サーバーの前に座っている齢十四の少女が電子画面に映し出された言葉を読み上げていく。それに対応するために、他の局員と少女はUSBケーブルで繋がれたパソコンのキーボードを打ち続ける。
「メインコントロールに手を出させるな! 大崎軍曹はデータバンクのロックを、篠田伍長はメインシステムのダミーシステムの置換だ! 第一サーバーは我が軍の機密情報、及びにここの自動防衛システムが保存されている。何としても死守せよ!」
響き渡る青年の声。その声に静まり返りながら任務をこなしていたオペレーターたちの目に活気が漲る。
優秀な将官が指揮を取ると、その戦場で戦士の士気は活性化する。
「了解しました」
「蓮川少将のご命令とあらば」
蓮川少将――蓮川覇月は天霊高校の制服の上に、白色の対天翼隊員戦闘員用の白コートを羽織っていた。普段の彼とは異なり粗暴な雰囲気は、天霊高校の彼しか知らないものから見たら相当の異形だろう。
ちなみに士気を盛り上げる存在はもう一人いた。
「わったしも参加するよっ!」
真紅の長い髪を揺らしながらサーバー前にたどり着く一人の少女。肌の露出の多い服装の上に戦闘員用白コートを肩にかけただらしない服装だが、覇月とは別の意味で士気が高まった。
「焔中佐、感謝します」
「『神之炎』が少将といれば鬼に金棒です!」
真紅の髪の少女、焔こと『神之炎』のことはひとまず放っておくことにして、覇月はサーバー前にいる少女に話しかける。
「状況はどうだ? 雷羅」
呼びかけられた少女――一条雷羅は振り返りもせずにキーボードを打ちこみながら言い放った。画面に目をやると、変化が激しい。
「私が情報処理で忙しいの知っていて来ていますか? 知っていて来ているなら今すぐどっかに言ってください。知らないなら今言ったから同じようにして下さい」
覇月も呆れた様子で言い放った。
「情報処理量が多いことは知っているが、届く情報がお前の所が必然的に最新になるだろうが。こっちは指示しなければいけない立場なんだよ」
「そうですか。別に私じゃなくて良いじゃないですか。ほぼ同じ情報は隣にいる大崎軍曹が持っているんですし」
雷羅の自分の仕事ばかり優先する様に腹が立った覇月は、切り札の一言を言い放つ。
「おい答えろ給料泥棒」
「誰がですか!」
言われて腹が立った雷羅はキーボードを叩く強さを上げた。
「間違ってないだろうが。大崎軍曹の報告によれば、普段は何も無いときに警備体制を行わずにずっと寝ているらしい」
「うあう!」
ほんの一瞬だけ雷羅のキーボードを打つ手が止まる。
流れる沈黙。このコンビは長年に渡り手を取り合っているので、お互いの行動はある程度読むことができる。その沈黙により、雷羅の暗黙の了解が起動する。
「……分かりましたよ、報告をすれば良いんでしょう!」
「今すぐにだ」
覇月は淡い溜息を漏らした。このやり取りは結構長くなるので、覇月の疲労を誘う。
「第三十三障壁突破、それと同時にメインプログラムのダミーシステムへの置換をジャミング、電源の通常シャットダウン不可、確認っ!」
(――やばいな)
覇月はとっさの判断を下した。
しかし、できることならばあまり使用したくは無い手。
「……大崎軍曹、指令だ。君の天翼『天国之門』を適用しろ。あれの能力があれば強制シャットダウンまでの足止めにはなるはずだ」
大崎は小さく頷き、キーボードを打つ手を止めた。すると彼の手が光り出す。彼は天翼『天国之門』の適合者である。彼の天翼はコンピューターと同調して一定時間意識の一部をデータ世界に守護者として展開することができる。
「他の局員は強制シャットダウンの用意をしろ!」
「了解しました」
「了解」
雷羅と『神の炎』以外が一斉に作業内容を変更して電源の強制シャットダウンの準備をする。
「侵入者、最終ステルス障壁のパスワード捜査中……二千八十二桁のパスワードのうち六十パーセント……七十パーセント……八十パーセント……九十パーセント……まもなく、『天国之門』迎撃に入ります」
その場に緊迫感が走る。
「迎撃、入りました!」
雷羅の声と同じくして、大崎に異変が生じる。
「う、がぁ、ああああぁぁぁぁぁぁっ!」
響き渡る大崎の悲鳴。局員は目を丸くした。
「これは……覇月! 天翼だ! 今回の侵入者は天翼だ!」
「なんだと!」
が叫ぶ。覇月は手に汗を握っていることに気がついた。焦っている。しかし終わらない。
「焔中佐、君は元帥のオッサンに連絡を入れろ。今回の件は、ヨーロッパ国家連合かアジア国家連合の侵略の可能性が高い! 調べてもらえ!」
「了解!」
焔が連絡を入れるために手元の無線を手に取る。
「えっ! ……『天国之門』、ロスト! 侵入者はデータバンクに侵入!」
雷羅の報告が響く。局員の中に、どよめきが走る。しかし、熟練している戦士はここでミスを起こさなかった。
「強制シャットダウン準備完了しました!」
――よし! 覇月は歓喜の拳を握った。
「強制シャットダウン開始!」
その声と同時に、サーバーの電圧が一気に落ちる。サーバー全てのシステムを一時的とは言え落としたことにより、一時的な停電が発生する。覇月の見解では、恐らく必要とされる復旧時間は一時間。
「大崎軍曹っ!」
真っ先に隣にいた雷羅が声をかける。大崎は何かを呟いていた。
「あ、青き牡鹿が……」
言い終わる前に、大崎は眠りについた。意識に別状はないようだ。
(……青き牡鹿、か。一体、どんな天翼なんだ?)
覇月は、椅子の一つに座り込み、仮眠をとることにした。
「仮眠取る前に、一通りの指示出してください」
その前に、雷羅に起こされてしまったが。
「……焔は元帥に連絡の後、直属部隊を率いて北部工業地帯を中心に巡回させろ。敵の狙いがデータバンクだったことが気にかかるが、相手はこちらの自動防衛システムが動かなくなることを……想定して天翼で攻撃してきたはずだ。……あと……雷羅はサーバー復旧を急げ。現在エデンに駐在している対天翼部の将校を、明日までに招集しろ……俺は……寝……る……」
覇月の目が、ゆっくりと閉じられていく。