僕と裕太
「なぜ、裕太は人の目を気にしないのか」
そんな疑問を抱いた。そして、どうしたらそうなれるのか。
確かに、人の本質として、生まれもって、人の目を気にする敏感な人もいれば、そういうのに鈍感な人もいるだろう。
しかし、裕太はどう考えても、鈍感な人ではなかった。
頭がいい上に、出された課題もきちんとするし、授業中に先生が質問をして、誰も手を上げないときには、先生を助けるために手を上げて答えていた。
決して鈍感な奴なんかじゃない……。
しかし、裕太が自分を持っている理由、僕と同じように賑やかな雰囲気を嫌い、
人と積極的に話さない理由を知ったとき、僕は愕然とする。
裕太の抱えている闇をみたとき、彼に対しての恐怖が込み上げてきた。
まさかそんなことになるとは、思っていなかった僕は裕太のことについて知るために、裕太といつも話していた。
しかし、裕太はあまり自分のことを話さなかった。
僕が、「裕太、なんで編入してきたん?」
と質問しても、裕太は嫌な顔をして「何となく」と答えるだけだった。
僕は、人の感情の変化を敏感に察知するので、この質問を裕太が嫌っていると分かり、この質問はしなくなった。
そんなある日、裕太と晩御飯を食べに行った。
大学に入って、遊びに行くということは何度かあったが、そういうことが嫌になり一人ぼっちになった大学一回生の後半からは、誰とも遊ばなくなった。
しかし、僕から裕太に「飯でも行こうや」と言って誘った。
遊びに行ったり、他人と喋ったりするのは苦手だが、裕太とであれば、嫌な気持ちにはならなかった。
裕太はバイトがあったので夜から、車で僕の家まで迎えに来てくれて二人で焼き肉を食べに行った。
学校のことや、バイトのことなどいろいろな話をした。
食べ放題の二時間コースがあっという間に終わった。時刻は午後十時。
そこから、もう少し喋ろうとなり、裕太の車の中でシートを倒して仰向けになって話をした。裕太は、bluetoothを使って車にスマホを接続し、音楽をかけた。ロックの曲や今、流行りの曲を流した。
僕は、ロックが大好きで、それ以外の曲はほとんど聞かないため、世間で人気のある曲はあまり知らなかった。
しかし、裕太が選曲した曲は、ロック以外ほとんど聞かない僕でも知っている曲ばかりだった。
やはり、僕と裕太は似ているのかもしれないと思い少しうれしくなった。
そして、あいみょんの「生きていたんだよな」という曲がかかったとき、
裕太が「この曲、良いよな」と言った。
「そうやな、いい曲やと思う」と返事をしたが、正直、何がいいのかまでは説明できなかった。
何となくいい……それが僕の感想だった。
しかし、裕太は
「死ぬことを美しく歌っている」
といつもの真顔とは少し違う、真剣な表情で言った。
「ああ……。そうか、そうやな」
曖昧な返事になってしまったが、何となく言いたいことが分かった。
「だって、生きることが大切。死んだらダメ。こんなことは全部知ってること。確かに、正しいことであるけど、こういう言葉って死にたいと思っているときは、綺麗事に聞こえる」
僕は、自分の分身と話しているみたいにすごく共感できた。
そして、もしかすると、裕太も僕と同じように「死にたい」と思うときがあるのかもしれない……。
そんなことを勝手に想像して、自分のような思いをしている人が、すぐ近くにいたという嬉しさと安心、そして、裕太に対する親しみの感情がさらに湧いた。
「そうやな、生きることの大切さを歌った歌はたくさんあるけど、死ぬことを歌った歌は少ないな」
「生きることの大切さを歌った歌は、綺麗事に聞こえる」
「今の自分に絶望して、それでも俺は生きていくっていうロックの歌やったら俺は好きやねんけど、ただ単に生きることの大切さを歌った歌は俺も嫌い」
「しんどいときやつらいとき、正論を言ってくるやつムカつく」
「わかる。そんなん知ってるわ! って言いたくなる。死にたいと思っているときは、黙って話を聞いてくれているだけで良いねん。なんか、良いことを言って俺の考え方を変えようとかしなくてもいいねん。だから、俺は、自己啓発本とか、講演家とか、宗教とか全部、嘘くさく感じるし、無意味やと思う」
「そうかな……」
「絶対そう。そういうのは、死にたいと思っている人がしたらアカン。俺とか、心の弱い人間は絶対そういうのを聞いて間違った方向に行ってしまう」
僕がそう言うと裕太は黙り込み、
「そうやな……」
と小さな声で呟くように返事をした。
何か納得していない感じだった。
僕の主張に賛成してくれると思ったのに、曖昧な返しが帰ってきた。
そのことを不思議に思っていると、裕太は「もう帰ろうか……」と言い、シートを起こした。
僕も、シートを起こして、シートベルトを締めた。