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歯に挟まるコーンは勝ち組

作者: 矮鶏ぽろ


「ちょっと実験するから付き合ってくれ」

「……はい」

 先輩に呼ばれて会議室へと入る。

 部屋干しで生乾きのTシャツを着た時のような気分になるのはなぜだろう。最近、小会議室で企画開発ミーティングを行うことにためらいを感じ始めていた。


 会議室の机中央に置かれた卓上用の電磁調理器と鍋……。今にも沸騰して溢れんばかりにグラグラと飛沫(しぶき)を飛ばしている。エアコンが効いているのに湿度が高くてムッとし、不快指数がさらに上昇する。


 机には新聞紙に包まれた得体の知れない棒状の物が五本並んでいた……。いったいなんだろう。

「歯に挟まったコーンって、勝ち組だよなあ」

 トウモロコシなのか……。


 が、やっぱりこの先輩にはついていけない。会議室で実験と称し、トウモロコシを茹でるつもりなのだ。

「いったいどうしたんスか、このトウモロコシ」

「お、よくこの新聞紙で包まれた物体がトウモロコシだって分かったな」

「いや……話的に……」

 先輩が笑顔で新聞紙を剥がすと、そこからは黄色い粒がおおよそ六〇〇粒はついているであろうトウモロコシが登場した。


「……ひょっとして先輩、トウモロコシの粒の数が絶対に「偶数」になるのを確認するつもりじゃないでしょうね」

「バーカ。俺がそんな面倒くさいことするはずがないだろ。茹でて食うんだよ」

 ――馬鹿はどっちだ、そっちだ! と思わず言いそうになった。


 会議室でこんなことをしていれば……また部長に怒られてしまうではないか――!

 ガチャリ。

 先輩は会議室に鍵を掛けることでその危険を回避できると考えているところが……大物なのかもしれない。僕は僕の知らないうちに共犯者になっている……。

「お前もボーっとしてないでさっさと新聞を剥がして鍋に入れろよ」

「……はい」


 黄色くて立派な黄金のトウモロコシは、粒の一つ一つが大きい。今年の夏はまだトウモロコシを食べていなかったかな。

「立派なトウモロコシっスね。田舎から送ってきたんですか」

 先輩の田舎には小さな畑があると聞いていた。きっとそこで出来たトウモロコシなのだろう。

「ああ。だが、うちの畑で出来たトウモロコシじゃないだろう。実家の畑じゃこんな立派なやつはできない。小さくて白かったり紫色だったり……。まあ、あのモチモチした食感は好きだったなあ。今はもう作ってないみたいだが」


 ……紫色のトウモロコシがモチモチ?

 想像するだけで気味が悪い……。


 茹で立てのトウモロコシは甘くて美味しかったのだが、一本食べ終わるとすでに腹一杯になった。それもそのはずだ。社員食堂で腹一杯昼食を食べた後にこんな実験をしているのだかから。

 昼食前であればもっと美味しかったはずなのに……。でも、やっぱり二本は無理かなあ……。茹でた残りの三本はどうするのだろう……。


「それでだ、話しは戻るが、歯に挟まったコーンって、絶対に勝ち組だよなあ」

 口をシーシーしながらそう語り始める。

「歯に詰まったんですか」

「ああ。爪楊枝とかヘアピンとか耳かきなんか持っていないか」

「持ってるわけないでしょ」

 ヘアピンって……。いや、それより耳かきってなんだ?


 ――耳かきで歯の詰まりを取ろうというのか――。


「コーンって歯に詰まるが、詰まらない粒は所詮――つまらない奴なのさ」

「駄洒落っスか――」

 まさか、それを言うためだけにわざわざ会議室なんかでトウモロコシを茹でたのか――。

「小さい頃に食べた紫色のトウモロコシはモチモチしていて美味しかったのを今でも鮮明に覚えている。あの頃も歯によく挟まった。だが、歯に挟まらなかったコーンは、「美味しかった」という感想を持たれたコーンの一粒と化す。だが、歯に詰まったコーンは「美味しかったけど歯に詰まった」という思い出……記念の一粒となり、より強く深く印象に残る。分かるか?」


 ――分からん。


「つまり――! 小学校や中学校でクラス委員もやって先生に迷惑も掛けずに学業に励んだ優等生は、悪戯好きで成績底辺の問題児よりも先生の記憶に残らないってことだ!」


 ――分からんっつーの!


「まだ分からんか? 同窓会の時に「やんちゃだったけど先生はよく覚えているわ~」と「ええっと、ああ、クラス委員の……誰?」って具合に当時憧れていた若い先生に言われたら、どっちが勝ち組だ――」

「分かるか――!」

 いったいなんの勝敗だと言うのか。

「先生の記憶に残っている方こそが勝ち組だ――! どんな贅沢な料理でも立派な感動するスピーチでも、記憶に残っていなければそんなものは負け組なんだ!」


 ――記憶に残らなければ……負け組?


「お店で注文したアサリの酒蒸しの中に「ガリッ」っと砂を噛んでいた奴がいて、もう二度と注文なんかするもんかと思った店があったとしたら、そのお店とそのアサリは一生の記憶に残るだろう――。つまり、砂を噛んでいたアサリは勝ち組だ!」


 ――!


「ケーキの上に乗っかった砂糖菓子を食べたら、本当はサンタクロースの形をしたローソクで、歯と歯の間がニチャニチャになりロウの味を知ってしまった。――つまり、サンタクロースのローソクは勝ち組だ!」


 ――!


 勝ち組って……なんだ?

 微妙~に間違っているような気がするのは僕だけなのだろうか……。


 口をシーシーやりながら熱く語る先輩の歯と歯の隙間には……勝ち組が挟まっている。辛うじて見えない。いや、見ない。見たくない――。年を取るにつれて歯茎が下がり、物が歯と歯の間に挟まりやすくなる。

 唾液の分泌も減少しそれが口臭の原因にもなる。先輩の口臭は決して褒められたものではない。だが、僕が腹立つのは、その口臭を気にしていないことだ。


 ――いや、気にしているところだ――。


 部長室へ入る前には必ず小さな白色のタブレットみたいな物を一粒口に入れポリポリ噛んでから入っていく。その後も数分間だけ口からは芳香剤のような香りが漂っている。


 部長が女性だから気にしているのだ……。だがそれを僕の前では一度も食べたことは――ない。

 これは差別だ――! 嫉妬じゃない――! 絶対に先輩は勝ち組なんかじゃない――!

 

 先輩がおもむろに胸ポケットから一粒そのタブレットを取り出して口に入れた。それも詰まるんじゃないのと素朴な疑問すら浮かんでしまう。


「ひょっとして先輩、部長のところへ行くんスか」

「――なぜ分かったんだ!」

 分かれいーでか!

「ここに呼んできてトウモロコシを御馳走するのさ。茹で立ての」

 これはやばい!

 ここはやばい!

 ゆで汁のように額に汗が流れる。

「ええっと、じゃあ僕は失礼させていただきます。お邪魔そうだから」

 一緒に仕事をサボっていたと思われたくない。というか見つかりたくない。部長は閻魔大王のように恐い。ヒステリーという言葉がよくお似合いになる。

「いいや、ここにいろ。これは命令だ」

「ええ――!」

 また怒られてしまうではないか――! 洒落にならない。命令という名のパワースポット……じゃなくて、パワーハラスメントだ!

「いいか、絶対に逃げるなよ! サラリーマンが勝ち組になるところをお前に見せてやるよ」

「ちょ、ちょっと」

 僕を一人残して先輩は出て行ってしまった。


 部長にはゴマすりやヨイショが通用しないハズだ。ああ……これって、また怒られるのがオチなのだろう……。ひょっとして先輩は部長にわざと悪い印象を与えた方が勝ち組になれると信じているのだろうか……。



 ガチャリと扉が開くと、先輩と部長が小会議室に入ってくる。僕は謝罪記者会見のような面立ちで部長に軽く会釈だけをする。

 机の上に吹きこぼれたお湯をみて、部長は器用に片方の眉毛だけをヒクヒクさせ腕を組んだ。

「あなた達は会議室を調理実習室と間違えているのかしら」

 ……怒っている。当然だ。黄色いトウモロコシの実力を持ってしても、この怒りを抑えることはできないだろう。

「いや部長、これは勝ち組の実験に必要なんです。さあどうぞ」

 さりげなくお皿に乗せた茹で立てのトウモロコシを差し出されて部長は一瞬とまどったが、そっとトウモロコシ根元の芯の部分を掴むと、口へと運んだ。

「あ、美味しいわ。茹で立てで」

「そうでしょ。勝ち組の実験で得た答えがこれなのです」

「……? いったいどういうことなの?」


 さっぱり分かりません。僕には。ごめんなさい。


「部長は紫色のトウモロコシはお好きですか?」

「嫌いだわ。甘くないから」

「……俺もです」


 ……?


「部長、人生において勝ち組とはなんですか?」

「んー、結婚かしら。結婚して今の仕事も辞めて主婦になるのが私の中の勝ち組よ」

 ……部長のイメージはキャリアウーマンで次期専務だと思っていた。閻魔部長の発言と思うと少し笑えてしまう。笑うと怒られるから笑わない。笑えない。

「俺もです。なので、一緒に勝ち組になりませんか」

「え?」

 なにこんな会議室なんかで告っちゃってるの? ひょっとして、ドラマとかラノベとかの見過ぎ?

「ちょっと……こんなところで困るじゃない。冗談でしょ?」

「そうっスよ先輩。冗談は顔だけにしてくださいよ」


「ああ、冗談は顔だけだ。だから俺と、結婚して下さい!」

 そう言ってもう一本トウモロコシを差し出す。その手が震えているのを見て、僕の手も急に震え始めた……。

 ――部長は主婦になりたいとおっしゃっていたんだぞ。つまり、結婚したら今の仕事を辞めるのだろう。だが、先輩の給料は部長より遥かに低い。それは当然部長も御存知のはず――。

 部長の細くて綺麗な指が……トウモロコシを……ガッシリ鷲掴みにした。

「こんな私でいいのなら……よろしくお願いします……」

 ――ええ!

「こちらこそ、よろしく」

 ――ええええ?

「――いやいやいやいや、ちょっと待って。落ち着こうよ二人共! ここは会社で仕事するところでしょ。そんな重要なことは別の席を設けてっていうか、これマジっスか」

 どうしていいのか分からない――。こんな時、僕はまだまだ子供だと自己嫌悪してしまう――。会社の会議室でプロポーズ? 僕ここにいるんですけど、完全にお邪魔ムシ状態? アウトオブガンチュー?

「お前に仲人を頼もうかな」

「そうね。立会人だから」

 ……はっ。

「いやいや、やったことないっス!」

「ハッハッハ、俺もさ」

「私もよ」

 ハッハッハ……って……。


 得意の夢オチかとも思ったがそうではないらしく、部長と先輩は本当(ガチ)に結婚してしまった。

部長はまさかの寿退社で、その後任として先輩が部長になったことについて、大きな見えない力が作用したに違いない。

 これじゃ先輩は……勝ち組にしか見えないじゃないか――!


 僕はいったいどっち組なんだ――。

 歯に挟まったコーンが勝ち組かどうかなんて僕には分からなかったが、二人が手に取った黄色いトウモロコシ。


 ……たぶん一生忘れない。



明日の勝ち組は、あなたかもしれない!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

感想、ポイント評価、面白かったらレビューなど、お待ちしております~!

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― 新着の感想 ―
[一言] 食欲が削られました(笑) もしかして、これって他の短編と微妙に話が繋がってますか? どこかで見覚えのある登場人物が登場しているような、いないような……?
2019/10/03 19:36 退会済み
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