リーヴ
その夜、リーヴは突然部屋を訪ねてきた。感情の読めない表情で、ぬっとドアから姿を現して、スラシルはどきりとした。どうしたんだい、と声をかけて「体に、何か変化はないか」と問われ、またどきりとした。思わず意識が下半身に向く。気づかれたのかと思った。
「人一人分の精神データを受け入れたんだ。どんな影響が出るかわからないからな」
リーヴの言葉に、ああ、とスラシルは納得する。そして同時に落胆していた。昨夜の出来事と、自身の変化から舞い上がっていたのだと自覚して、平静にと言い聞かせた。間違っても変な妄想にだけは取りつかれるなよ、と己の下半身に命じる。
「心配してくれたんだ。ありがとう。でも、全然平気だよ」
昼間会った時と同様に笑うスラシルを、リーヴは何か探り出そうとするかのようにじっと見つめていた。何を考えているのかはわからないが、あまりに真剣で、その視線から逃れたくなる。
「そんなところに立ってないでさ、入りなよ」
何か飲む? と立ち上がろうとするスラシルをリーヴは「いや、いい。少し様子を見ようと思っただけだ」と言って制した。そう、とスラシルは浮き上がらせかけた腰をベッドに落ち着ける。言葉通り、リーヴはただスラシルの様子を見るだけで、ドアからこちらに踏み出そうともしなければ、立ち去る気配もなかった。いくら親しい相手とは言えど、無遠慮なまでの視線に晒されるのは居心地が悪い。それに昨日の今日だ。顔が火照り始めているような気がして、スラシルは慌てて話題を振った。焦って口にしたのはイズンのことだった。
「明日、人間の地上帰還が公式にアナウンスされるって聞いたかい? これからまた、忙しくなると思うよ。だからね、本格的に帰還が開始される前にもう一度こっちに来れるといいねって、イズンと話したところなんだ」
イズンには疑似生殖機器を装着したことも、話しておいた。通信の声は、恥ずかしそうに上擦っていた。緊張と喜びを声色に乗せたそれは、まぎれもない恋する乙女のものであった。
「それで、明後日なら都合がつくだろうって。君も午後は非番だろ? 丁度いいんじゃないかな」
シフト表を呼び出して、明後日の勤務を確認する。スラシルは午後にパトロールの予定が入っていたが、このところは大きな問題も起こっていない。交代を頼めないことはないはずだ。
リーヴは一瞬逡巡するかのような素振りを見せたが、すぐに「ああ、わかった」と了承した。
「彼女、君に早く会いたいって」
「……そうか」
「そうかって、何だよ。これだからモテる男は嫌味だな」
スラシルは、あははと笑う。リーヴが何を考えているのかわからなかった。だが、イズンと会うことを拒否しないということは、つまり彼も彼女のことを嫌っていないということだ。
リーヴは一体どんな顔をするだろうかとスラシルはぼんやり考えた。明後日会うイズンは、昨日とは違う。女性型の機能を持っている。どう思うだろうか。おれの体が、セックスできるようになったことを。
「明後日は、しっかりね。もう通信もしないから」
自分への宣言のようにスラシルは言った。
「おれは彼女のことを素敵な人だと思うよ」
だからお幸せに。うまく演技ができていると自分でも思っていたのだが、最後の一言だけはどうしても言うことができなかった。
リーヴは何も言わず、ただ頷いて去って行った。
⬛次回は、本日21時ごろ掲載予定です。