スラシル
翌日の昼頃になって、スラシルはベースに帰ってきた。丁度メンテナンスを終えたリーヴの姿を見るなり、開口一番に「あの子を抱いたんだって?」と尋ね、リーヴをぎょっとさせた。だがリーヴは、まるで何も知らないようなスラシルの物言いに眉根を寄せる。当事者なのだから、その事実を知っているのは当然だ。それなのになぜ伝聞調なのか。
「おれ、寝てたんだよ」
リーヴの表情から言わんとすることを汲み取ったようで、スラシルはそう言いながら頬をかいた。
「寝てた?」
首を傾げるリーヴにスラシルは、うん、と頷く。
「実は、途中で完全に落ちちゃって。何にも覚えてないんだ」
やっぱり二つの人格を同時に稼働するは難しいのかな、あっさりとした様子で答えるスラシルに、リーヴはまたもやぎょっとする。落ちた。スリープではなく、機能を停止させていたのだ。つまり、体を完全にイズンに明け渡し、他者に起動してもらうまで目覚めないようになっていたということだ。なんと無用心なと呆れたが、視察案内の相手に手を出した自分がとやかく言えることではなかった。互いに職務怠慢も甚だしい。
「彼女から聞いたよ。すごく嬉しそうだった。また君に会いたいから、体を貸してくれって言われたよ」
日常会話と変わらないような、何でもない様子でへらりとスラシルは笑う。だがリーヴはそれに頷けなかった。親友の機体であることをわかっていながら、手を出してしまったのだ。普通、怒るところではないのだろうか。軽蔑しないのか。
「……怒ってないのか?」
思わずそんな幼い言葉が出てきて、リーヴは己を恥ずかしく思った。怒っていないわけがない。スラシルはとても優しい性格をしている。自分の体がそんな酷い目に遭わされたというのに、リーヴのことを気遣って、無理に笑顔でいてくれているのだろう。
しかし、そんなリーヴの考えなどまるで知らない様子で、スラシルはきょとんと目を丸くさせた。
「怒る? どうして?」
逆に問い返され、リーヴはその反応が、なぜだか一番堪えるような気がして言葉に詰まった。スラシルは本当に何も気にしていない様子だ。昨夜のことはあくまでイズンの身に起きたことであって、媒介となった自分の機体のことはどうでも良いのかもしれない。スラシルにはそういう自分に無頓着なところがある。頑丈すぎる体に、感覚が麻痺しているのだ。
普段と同じように笑っているスラシルが何か言葉を続けていたが、リーヴはそれを把握することができないでいた。スラシルの機体を抱いたことは、リーヴが思うより重要なことではなかったらしい。膨らんでいた罪悪感が予想しない形で萎んでいき、リーヴを動揺させた。
ふと、リーヴはスラシルが紙袋を握っていることに気づいた。それは、と口にすると「ああ、ちょっと買い物をしてきたんだ」とスラシルは紙袋に視線を落とした。私物の多くないスラシルの買い物は珍しい。頭一つ分ほどの大きさの箱が紙袋には入っていた。
「何を買ったんだ?」
「大したものじゃないよ」
「……そうか」
はぐらかされた、とは思ったが追及はできなかった。
「おれ、今日は非番だから。部屋で休むよ」
さすがにちょっと疲れたしね、と冗談めいた響きを持たせてスラシルは言う。ああ、とリーヴが頷くと、スラシルはリーヴの肩をぽん、と叩いて去って行った。
スラシルは、リーヴが思っていたよりもずっと普通のままだった。スラシルとの関係が、昨夜の出来事を境に悪い方へ変化するのだけは避けようと思っていた。ともかく変化すると思っていたのだ。しかし、スラシルは変わらなかった。それが、不具合を起こした時のように回路をざわつかせる。
今までとは明確に違う方法で、スラシルに触れた。何も変わらないのは、おかしかった。だが漠然とそう感じるだけで、リーヴにはどうすべきなのかはわからなかった。
更新遅れて申し訳ありません!
次回は12月25日13時ごろ掲載予定です。




