キャスケット
視察の予定は、第一ギムレーから順に第九ギムレーまでを巡り、そして最後にもう一度第一ギムレーに戻る、というものであった。
しかし、第四ギムレーのショッピング街にさしかかったところで予定は変更された。リーヴの隣でひたすら口を動かしていたイズンが、ぴたりと言葉を止めたかと思うと、突如駆け出して行ってしまったのだ。出会い頭と同じように、リーヴの脇をすり抜けて。制止する間もなく彼女が飛びこんで行ったのは服飾関係の店であった。
きょろきょろと店内に視線を巡らせ、イズンは試着用ポッドに入って行った。リーヴはロックのかかったポッドの前に立つ。
「おい、どうするつもりなんだ」
リーヴが問いかけると、返答の代わりにぬっと装備品がポッドのフィルターから突き出された。見慣れたそれは、スラシルのアームパーツであった。差し出されたパーツを、とりあえずリーヴは受け取る。するとそれを皮切りに、次々と装備品が外されてリーヴに預けられていった。持っていてもしょうがないと、リーヴはベースのメンテナンスルームへとそれらを転送させる。イズンから渡されたのは、スラシルの装備品のほとんどだ。フィルターを一枚隔てた向こうで、スラシルは素体状態になっているであろうことが予想できた。
素体とは、人間で言うところの裸体である。イズンが何を考えているのかは知らないが、そんな状態で外を歩かせるわけにはいかなかった。親友の名誉のためにも、己の体裁のためにも。
だが、フィルターが消えた向こうに立っていたのは、見知らぬ少女であった。
「スラシルだって、わからない方が都合がいいわ」
少女は胸を張ってそう言う。空色のワンピースに、細身の白いアームパーツ、そしてヒールのついたブーツを履いた姿は、確かにスラシルのイメージとはかけ離れていた。スラシルにはもともと性別機能がなく、顔立ちも中性的である。それなりの恰好をすれば、少女型にも見えた。
どうやらイズンは、案内の先々でスラシルとして声をかけられるのが窮屈だったらしい。地上視察の件を知らないロボットにとって、リーヴの横を歩くイズンは見たままのスラシルでしかないのだ。
イヤーパーツにかかる前下がりな癖毛も、頬に影を落とす長い睫毛も、すっと通った鼻筋も、いつも見ていたはずなのに新鮮に思えた。スラシルは、こんな顔をしていただろうか、とリーヴは少女に扮した親友をまじまじと見つめる。
「見惚れてるの」
問われて、リーヴは素直にああ、と頷く。
「驚いた」
「少し違うわ」
女の子を喜ばせるならね、とイズンは笑って続けた。
「きれいだ、とか、かわいいって言うものよ」
リーヴはイズンを見つめたまま、何も言わなかった。
なぜだか満足げなイズンは、その装備一式を購入するようであった。しかし、ポッドから足を踏み出そうとして、きゃっとよろける。
「なに、足、変な感じ」
「普段と足底面積が違い過ぎるんだ。バランサーが狂う。フットパーツは戻した方がいいな」
イズンを受け止め、支えながらリーヴがそう言うと、ええ、と不満の声が上がった。イズンは諦めきれないのか、支えられたまま歩いてみようと試みているようだったが、すぐにがっくりと肩を落とした。スラシルは普段大きなフットパーツを使用して、機動力を確保している。それに合わせてバランサーを調節しているため、小さなブーツではふらついてしまうのだ。
フットパーツを元に戻し、イズンは姿見を覗く。可愛らしいワンピースにスラシルのごつごつとしたパーツは恐ろしく似合わなかった。殺しきれなかった笑いをリーヴがこぼすと、イズンは酷くむくれてしまう。
こんな格好恥ずかしい、とスラシルも泣き言を言うだろうなとリーヴは思っていた。しかし気づけばスラシルからの通信はなくなっている。機体への負荷の軽減に、スリープモードにでも移行したのだろうかと、リーヴは自身も通信を控えることにした。
イズンにとって興味関心を引かれるものは、そこかしこにあふれていた。人工街路樹の並木道の美しさを賞賛し、きゃっきゃと駆けて行く子ども型ロボットに手を振り、活気にあふれ賑わう街の豊かさを喜ぶ。そうしていくうちに、ちぐはぐな恰好を笑われたことは忘れてしまったようであった。
経口摂取できるエネルギードリンクを飲んで、美味しい、とイズンは笑う。視察というよりはもはや観光であった。半世紀もの間、長らく地下に年頃の娘を閉じこめていたことへの、父なりの謝罪の意味もあったのかもしれない。
地上を満喫中のイズンは、目に留まった小さな土産屋台へと引き寄せられていく。わあかわいい、と言いながら鏡を覗きこんで、イズンはアクセサリーを宛がい始めた。
「ねえリーヴ、どう?」
「いいんじゃないか」
「ちょっと、ちゃんと見てから言ってよ」
装飾にあまり興味のないリーヴが適当に返すと、イズンはずい、とリーヴの視界に割りこんだ。ちゃんと見ようが見まいが、スラシルの機体を着飾っても仕方がないだろう、というのがリーヴの正直な感想である。
ふと、濃紺のキャスケット帽が目に止まった。片側に、イズンのワンピースと同じ色の花飾りがあしらわれたものだ。リーヴはそれを手に取って、イズンに被せた。
「えっ、なに」
イズンは被せられた帽子を手に取る。両手で持って、しげしげと見つめていた。
「そういうのは、どうだ」
ぼそりとリーヴが問うと、うん、とイズンは頷いた。
「かわいい」
一言感想を述べて、再び帽子を被る。さっさ、と髪を整えてイズンはリーヴを見上げた。
「かわいい?」
今度はリーヴがこくりと頷いた。よくわからないが、少なくともフットパーツのように不格好だとは感じない。似合ってるんじゃないか、と先ほどと似たような感想を述べたが、今度は嬉しそうにイズンはにこりと笑った。頬を染めて、ありがとうとはにかむ姿はスラシルとよく似ている。容姿が似ているのは、本人なのだから当たり前だ。そうではなく、性質的な何かが似ているのだと感じていた。
「これを、一つ頼む」
リーヴは店主に声をかけると、指定された代金を支払った。え、とイズンは目を丸くする。
「あ、ごめんなさい、私おねだりしたつもりじゃ」
帽子を買わせてしまったことを、イズンは焦っているようだった。リーヴは俺もそんなつもりじゃない、と返して「行くぞ」と歩き出す。誰かに物を買ってやるなど、ずいぶん久しぶりのことだった。女性に贈り物など、下手をすれば初めてかもしれない。
イズンは小走りでリーヴに追いつくと、ぎゅっと目深に帽子を被り直した。その下の顔は真っ赤に染まりきっている。あんなに忙しなく動いていた口は、ぎゅっと噤まれていた。延々と喧しくされるよりはずっと良い。
リーヴは、イズンと過ごす静寂を心地良く感じ始めていた。
続きは、12月24日 12時頃更新予定です。