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ユグドラシル



 リーヴは重い足音を立てながら、ベース内を急いでいた。


 ここは、第一ギムレーの中心に位置する「ホッドミーミル」と呼ばれる拠点である。ベース中央の展望台上部には、象徴的なモニュメントと化した大型戦艦の機体が眠っており、それを恐れる住民からは遠巻きにされていた。だがリーヴの探すその人は、姿が見えない時は大抵この展望台からギムレーを見下ろしている。



「スラシル」



 見慣れた後ろ姿を認めて呼びかけると、澄んだ薄荷の瞳が振り返った。リーヴを見て、ふっとはにかむ。やあ、と軽い挨拶をされて、リーヴはつかつかと歩み寄った。


「やあ、じゃない。地上視察代表の受け入れ先が、お前に決まったと聞いたぞ」

「ああ、もう聞いたんだ。そうだよ。おれの機体を使うんだって」

「なぜ」

「だって、おれほど頑丈な体なんて、そうそうないじゃないか」


 スラシルは口元を拳でかくして、ふふ、と笑う。適任だろうと暢気な調子で言われて、リーヴは顔をしかめた。そういうことではない、と言い返そうと口を開いたタイミングで、スラシルはリーヴの肩に触れる。


「それにね、おれには君がいる」


 細めた目で、じっと見上げられる。リーヴはその視線を受け止め、それから短く息を吐いた。


「お前、それを条件に入れたな」


 聞いたところによると、スラシルの機体貸出は本人の立候補であったらしい。リーヴの問いに、スラシルは悪びれる様子もなく、うん、と頷いた。


「おれの体をレンタルして、それを君に守ってもらおうと思ったんだ」

「勝手なことを」


 リーヴは舌を打ってしかめ面を深めたが、スラシルは微笑んだままであった。それどころか、だってそれが宇宙一安全だろう、などと言う。


「おれたちが守ってきたこの場所を、ようやく人間に見てもらえるんだ」


 俯き加減に優しい声色で呟いたスラシルは、それからモニュメントを見上げた。強化ガラスの屋根の向こうに、機体が光る。それを瞳に映すスラシルのすべてを理解することは、リーヴには到底不可能であった。ただ、人間の帰還を待ちわびて、地上視察を喜ばしいことだと感じているということはわかる。


 大切な兄弟機に、陰りのない笑顔で「当日はよろしく頼むよ」と言われ、リーヴは渋々と頷いたのであった。





 人類が地球を捨て、新たな惑星に居住施設を建設し、コールド・スリープ状態に入ってから約半世紀が過ぎようとしていた。


 施設の地下、アースガルドと呼ばれる空間に一般市民たちは眠り、一部研究者のみが地上に建設されたミッドガルドで、新惑星の開発に携わっていた。その基盤が確立されると、さらなる居住地の開発は厳しい環境でも活動できるロボットたちに委託されることが決まったのだった。


 新天地で、人間が豊かな生活を送るための施設開発。ロボットたちはミッドガルドを幹とし、その上部に九つのギムレーと呼ばれる居住空間を増築していった。一つひとつのギムレーが大きな街としての機能を果たし、ロボットたちは地下に眠る人間たちが安全かつ豊かに暮らすための設備を整えたのだ。


 アースガルド、ミッドガルド、そして九つのギムレーで構成されたこの居住施設を「ユグドラシル」と呼ぶ。


 多くのロボット開発に携わった三人の賢人と、リーヴとスラシルの管理者である科学者との四人が、コールド・スリープで眠る人類の代表者である。その四人の指令のもとでロボットたちを指揮、指導しながら、自らも施設開発を担うことが、二体のロボットの主な稼働目的であった。ユグドラシルのシステムが安定してからは、主に治安維持のために活動をしている。


 現在、人間の地上帰還に向けての準備が着々と行われていた。その一環として、地上視察が行われるのだ。ロボットの機体に人間の精神データをインストールし、疑似的に地上散策を行う。スラシルの機体貸出はそのためであった。





 自らの管理者の娘――イズンという少女の精神データが入力された親友の姿を見て、第一にリーヴが抱いた感想は「気味が悪い」であった。


「わぁ、わぁ……ここが、ユグドラシルなのね」


 彼女の第一声はこれだ。地上視察に人類代表としてやってきたのは、十六歳の少女であった。話は聞いていたのだが、その幼い反応とスラシル本人であればあり得ないようなはしゃぎように、リーヴは出だしから面食らっていた。別の人格データが入っているのだと頭ではわかっていても、普段とまったく違う声色を上げる親友の姿に圧倒される。


 イズンはリーヴの脇をすり抜け、駆けて行った。そして空に向かって両手を伸ばし、歓声を上げる。


「空! そうね、空って広いんだわ。陽の光も温かい。地球とあまり変わらないみたいね」


 うふふ、と楽しそうに空を見上げながら、その場でくるくるとイズンは踊るように回る。こんなので大丈夫なのか、とリーヴは少し離れたところからそんなイズンの様子を見ていた。



 ――リーヴ、聞こえるかい?



 ふいに目の前ではしゃぐ声と同じ声が頭に響く。落ち着きのあるその発声は、間違いなくスラシルのものであった。


 ああ、聞こえる。この通信は俺とお前以外にも聞こえるのか。


 リーヴの問いで、スラシルは言わんとすることを察したらしい。少し間を置いてから、ううん、と苦笑まじりの返事があった。


 聞こえてないよ。おれたちの通信は普段通りできるみたい。

 そうか。ならいい。お前、俺にあれのお守りをしろって言うんだな?

 お守りじゃないさ、デートだよ。ただ、そうだね、思っていたよりもその……元気な子だ。


「……元気どころの話じゃないぞ」


 最後は思わず声に出していた。イズンはそれに気づき、リーヴを見る。


「あなたが、リーヴね?」


 案内をしてくれるっていう、と首を傾げられてリーヴは頷いた。


「はい。案内と警護をさせて頂きます。よろしくお願い致します」


 定型の挨拶を硬い声で読み上げ、深々と頭を下げるリーヴに、似合わないね、と言ったのはスラシルであった。うるさい、と通信で返す。


「私はイズン。あなたのことは、お父様からよく聞いているわ」


 そう言って、にこりと笑う。中身が変わると笑顔一つでもこんなに違うものか、とリーヴはその笑みに違和を感じていた。同じ顔、同じ声だというのにどこかが違う。


「ねぇ、この惑星にも空があるのね」


 手を庇代わりにして、イズンは空を仰ぐ。ユグドラシルの上空には澄み渡る青空と白い雲が広がっていたが、いえ、とリーヴは首を横に振った。


「これは、防壁に投影された映像です」


 ユグドラシル全体はドーム状の防護壁に覆われている。地球の空を再現しただけであって、ユグドラシルの空は紛い物だった。淡々と事実を答えれば、そうなの、と淡白な返答が返ってくる。言い方が冷たいのではないかとスラシルは言うが、イズンが気にしていない様子だったため、リーヴもさほど気にはしなかった。


「ね、リーヴは普段からずっとそんな風に話すの?」

「……いえ」

「だったら、敬語はなしよ。この子に接する時と同じでいいから」


 イズンは自分の胸元をぽん、と叩く。この子とは、スラシルのことだ。リーヴは瞬いた。スラシルの体にはイズンという少女の人格が入っているため、見た目はスラシルでも中身はイズンで、しかしスラシルと同じように扱えと言う。よりややこしいことになった。


「その方がずっと話しやすいでしょう?」


 イズンはそう言ったが、果たしてそうだろうかと納得いかないまま、リーヴは「……わかった」と了承した。


「お父様以外の誰かと話をするのって本当に久しぶり。お父様も、お忙しいからあまりお喋りはできないの。だから、私この日をずっと楽しみにしていたわ」


 たくさんお話をしましょう、と微笑んでから、イズンはリロードいらずのマシンガンのように言葉を発する。それに対してリーヴは適当な相槌を打つだけで、途中何か問いかけられても簡素な答えで返した。



 これは思いの外楽な仕事かもしれない、と無責任なことをリーヴが考え始めると、スラシルからお叱りの通信が入った。




■12月23日 20時ごろ更新予定


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