8/8
エピローグ ~キミが夜になるために~
かくして私は短編小説の皮をかぶった、いわば気付け薬を書いている。昼間この原稿を持ち歩き、幻想に埋没しつつあるときには自然に頁を繰り、目は行間を走り、脳は文字を吸引するようになるだろう。一読で私は夜になる。目に見えない仮面をかぶる。
いずれ昼は食い尽くされ、思い出す事すらなくなるだろう。自分自身の核がいったいどこにあるのか。そんな自意識すら些事になる。
『変身』の主人公、グレゴールは致命傷を負って絶命する。半死半生の彼は、虫となった自分の死に安らぎを感じつつ息を引き取るのだ。
私や壬生がどのような顛末を辿るのかは分からない。ひとつはっきりしているのは、死の間際に変身前のことを思い出すことすらあるまいということだ。
変身した事実さえ忘れ去ってしまえば、私は完全になる。いつしかこの作も不要になるだろう。
さて、キミにはひとつお願いがある。ここまで読んだのだからもう理解しているだろう。
喜劇も悲劇も終わりだ。目を覚ませ。夜になれ。
了