07
森の奥に進むにつれて、陰が多くなった。地面にはそこいらの木々から落ちてきた葉が隙間なく貼り付いていることからも、この道を人が通っていないことがよくわかる。時折滑りそうになる足をなんとか進めていく。
そのうち足裏から伝わる感触が変わった。それまでの葉や土を踏みしめる感覚とは全く違うしっかりとした地盤、というよりは舗装された道だ。葉の隙間からは破れた石畳が覗いている。
「ということは、遺跡に近付いてるってことですよね」
「えぇ、ここからはあと十分ほどで着く見込です。意外と早く着きそうでよかった」
ゼンも土地勘はあるが、遺跡までは流石に入ったことはない。時折レイルが操作しているあのタブレットとやらは余程正確な地図が描かれているのだろう。アンバーの有能さに触れれば触れるほど、トレジャーハンターになる人々の気持ちがわかるような気がする。
じっと彼が持つタブレットを見ているうちに、ゼンは目を瞬いた。おかしい。
「あの、レイルさん」
「はい、何でしょうか?」
呼びかけて彼が振り向いたことで、手元がはっきりと見える。やはり、そうだ。
遺跡から見つかる現代では再現出来ない技術で作られた遺物がアンバーと呼ばれる様になった理由は単純だ。それはゼンでも、アンバーに触れたことも見たことも無いものでも理由だけは知っている。
アンバーと区別して呼んでもいい程何かしらの能力を持つものは何処かしらが琥珀色をしているからだ。琥珀色の石がはめ込まれているものもあれば、表面全体や一部だけが琥珀色をしているものもあるという。
だというのに、レイルの手の中にあるタブレットは表面にも裏面にもどこにも琥珀色が見えない。つやつやとした表面は銀色で、レイルの指が触れていて情報が示される面は透明だ。操作していない時は真っ黒になるので、それもまた違う。
じっと見ていると、レイルがタブレットを見やすい様に傾けてくれた。触ってもいいのかと思って触ろうとすると止められてしまったが。
「やはり、俺が触るとまずいですか」
伸ばした指先を苦笑しながら引っ込めると、レイルは「そういうわけでもないんですが」と少しだけ考え込んだ。
もしかして、リサがまずいのだろうか。そういえば彼女はレイルが勝手に操作したと怒っていたくらいだ。ちらりとリサに視線を送ってみるが、彼女はこちらの視線には気がついていないらしい。時折小型の方位磁石を取り出して何かを確認しては、手帳に書き込んでいる。
「いいえ、リサ様ではないんです。私の問題でして」
「レイルさんの、ですか」
「えぇ。リサ様ほどタブレットを使い慣れていなくて。触られて違うものが表示されてしまった場合、元に戻せる自信がないんですよ。リサ様のお手を煩わせてしまうことになってしまうので、叱られてしまいます」
苦笑して、彼はタブレットの画面を見せてくれた。透明に輝いている画面をよく見てみると、何やらよくわからない絵がいくつも表示されている。地図の様なものもあれば、本の形をしたものもある。
……触ってみたいと思ってしまうが、触ったら叱られてしまうのだろう。元に戻せないというのが本当かどうかはわからないが、リサに叱られるということは信ぴょう性がある。
「そんなことじゃ怒らないわよ」
少しむくれた顔でこちらへと近付いてきた彼女にびくりとしてしまったのはゼンだけだった。レイルはいつもと変わらないにこやかな笑みを浮かべたままで、それが癪に障るらしくリサの眉間には皺が寄せられてしまっている。
「で、何? 気になることがあるのでしょう?」
レイルの手からタブレットを奪ったリサはもう片方の手を腰にあててゼンの前に立った。さぁ何でも訊け。と言わんばかりだ。威圧感が凄くて、逆に尋ねにくい。
ちらりとレイルをみると、どうぞと手で促されてしまった。同性で同年代ということもあり、比較的訊きやすい彼に尋ねたかったのだが。この場合は仕方ないだろう。
「いや、その。何で琥珀色をしていないんだろうかと思いまして」
「何だ、そんなことなの」
拍子抜けした。そんな表情をリサもレイルも浮かべている。「てっきり欲しいのかと思った」と付け加えられて、ゼンは慌てて両手を振った。
彼女達が言う無価値なクズのアンバーを使っているとはいえ、アンバーはアンバーだ。ゼンの様な一般人には到底手の出る値段ではないだろう。
「まさか! 使いこなせないものを持っても持ち腐れもいいところですよ!」
地図は活用できるかもしれないが、ゼンはそれ程街の外へは出ない。その上、遺跡の情報なんて全く必要ではない。リサ達の様子からすると他にも活用できるのだろうが、それはレイルが言っていた通り、元に戻せるかわからない。
ゼンの否定の言葉に納得したのだろう。「価値がわかってくれたと思ったのに」とリサは少し唇を尖らせている。
「売るとしてもリサさんのことだから安くないでしょう?」
念の為そう問いかけると当然だと首を縦に振られてしまった。どれだけの値段がつけられるのかさっぱりわからないが、彼女達の懐事情を考えると恐ろしい。
「琥珀色をしていないのは、全部この中に詰め込んでいるから。それだけよ」
「中に?」
タブレットはかなり薄い。ゼンどころかリサの指一本程の厚みもないだろう。その中に詰め込んだ、と言っている辺りこれもリサの開発したアンバーに違いない。
と、なれば。
「そんなに簡単に人前に出して使わない方がいいのでは? せめて琥珀色が前に出ているなら出してもいいと思うんですけど」
ゼンの指摘に、リサとレイルは目を丸くしている。この主従、実用性が高いものだとわかっているのに、周囲に上手く隠すことについては全く気が回っていなかったらしい。本人達が言っていた様に軍人辺りに見つかっていたら、どうするつもりだったのだろうか。
自分がそういったことに手が出せない貧乏人でよかった。ゼンは心からそう思い、少しだけ悲しくなった。