06
「そういえば、何故アンバーを収集してるんですか? クズと呼ばれるアンバーをアイデアで活用するよりも、大きなアンバーを探す方が早いんじゃ」
世の中のトレジャーハンターの大半が大物狙いだ。有名な勇者伝説や古代文明に基づく財宝とアンバーを探しているトレジャーハンターの話はよく耳にする。
これから足を踏み入れるフィーズの遺跡は古代文明の都市遺跡だ。都市と呼べる程の規模ではないので、実際は街だろう。
人々の居住区が円形に広がり、中央に神殿らしき遺構が存在する。大きな遺跡でもないので、10年程前に行われたドクター・アウグストのチームによる大規模調査で『調査完了』とされたはずだ。
当然、その際にアンバーであるなしを問わず遺物は持ち出されている。研究価値の無いものくらいしか、この場には残されていないだろう。
実際、フィーズの遺跡に入ろうとしているものは自分達三人しか居ない。大型の遺跡であれば『調査完了』と銘打たれていても、常に何組かのトレジャーハンターが訪れているとは聞くが。
調理に使った器具を片付けながら問いかけてみると、リサはあからさまに顔を顰めた。苦々しい、と大きく書いてある。
「すみません、何か言い難いことだったら」
「お金がないからよ」
「え?」
表情とは裏腹に彼女の言葉は淡々としている。告げることに慣れているのか、事実と受け入れているのか。どちらかだとは思うが、彼女と出会って二日のゼンにはまだ流石にわからない。
思い当たることは、彼女と出会った瞬間の出来事だ。彼女はたしか手紙かメモか、何かを握り潰した時も今と同じような表情をしていた。
「あー、もしかしてその、昨日食堂で握り潰していたのは督促状、とかだったりしますか」
「借金はしてないわよ! 失礼な!」
「借金はないんですが、資金繰りは厳しいんですよ」
「主にあんたの食費もあるからね?!」
「おや、それはすみません」
ぎっと睨みつけられたが、その目はすぐにゼンからレイルへと移っていく。謝罪の言葉を口に出す時間すらなかった。
レイルが口にした謝罪の言葉に「誠意がない」とぼやきつつ、リサは続きを口に出す。ゼンは忘れ物がないかと確認しつつ、彼女の話を聞くことにした。忘れていっても困るものは出してはいないが、残さない方がいいことには変わりない。
「あれは知り合いからの手紙。家を移転したって、何も聞いてないのにあのマッドサイエンティストのクソ野郎が」
「リサ様のご家族です。一応、それなりの地位のある方なんですが」
同じ様に荷物を詰めてくれていたレイルがこちらに持ってくると同時にこそりと補足してくれる。リサの語調に補足された所為で、ゼンの口元は引きつってしまった。
クソ野郎とまで言われる地位のある男……家を傾けさせた当主だろうか。リサの身形は質のいいものを使っている、それにレイルは従者だというのだから、もしかしたら彼女は名家か旧家の出なのかもしれない。
アンバーの研究や所持を行う個人は地位や財産のあるものが殆どだ。大半のアンバーは量産不可能なものばかりなので、所持者は国家か上流階級が占めている。
そういえば彼らの食事は丁寧な所作をしていた。納得しているとリサが溜息を吐き出した。見ると今度の彼女の表情は苦々しいものではないが、表情が消えている。無機質な人形めいた表情になっていた。
「……別にあいつは家族じゃないわ。今こうして生きていられていることは感謝はするけれど、それ以外であいつを家族だと思ったことはないもの。それに、お金がないのもあいつの所為だから」
あまりにも厳しい言葉にゼンは何も返すことができなかった。戸惑うとも違う、複雑な感覚だ。何を言えばいいのかがわからなかった。
見兼ねたのかはわからない。先に口を開いたレイルの声は何も変わらなかった。昼食時の雑談と変わらない口ぶりだ。
「研究材料になるレベルで興味のあるアンバーは殆ど回収されてしまいましてね。だから我々はクズを活用しているんです。その所為でリサ様は強欲、浅ましい、守銭奴だなんて同業者に言われてしまいまして……実際そうだから否定出来ないんですが」
「主人が言われているのに否定しない従者もどうかと思うって言ってるわよね」
「残念ながら事実ですから、私にもどうしようもなく。お可哀想に、リサ様」
彼は眼鏡をずらして、ハンカチで目元を押さえている。全く濡れている気配が見えない上に、最後の一言は棒読み気味だったので質が悪い。
「ともかく、レイルが言った通りよ。価値のあるアンバーは売る前に渡すことになっているから私たちのお金にはならないの。だからお金が無いし、私達が使うものを作るには誰も目をつけないクズしかないってことよ」
「大変、ですね」
自分達料理人で言えば廃棄に回す食材のみというところだろうか。野菜クズのみで様々な料理をということはできるだろうが、リサの場合は元からあるものではなく新たなアンバーに仕立てあげている。口には出したが、大変なんて言葉で済ませることは難しそうだ。
リサは特に気にしてはいないらしく、コートの裾についた土埃をたたき落として荷物を纏めている。
「気にしても仕方ないのよ、それしか道が無いのだから。あのクソ野郎はいつでもぶん殴りたいけど」
「リサ様、口が悪いですよ。もう少しお淑やかに」
「あいつ、本当に腹立たしい顔をしてるんだからね?」
リサはレイルを少し睨みつけた後、再びあのタブレットというアンバーを取り出して何かを確認している。二三操作すると彼女は小さく頷き、こちらにも荷物をまとめる様に指示を出してきた。
「さ、早く行くわよ。夜間には天候が変わる可能性があるから、帰りの時間を考えてさっさと済ませましょう」
告げると、リサは遺跡の方へと足を進める。置いていかれてはならないと慌てて荷物を抱え直していると、レイルの足が見えた。どうやら待ってくれているらしい。
「すみません、お待たせして」
「いいえ。リサ様は話を切り上げたかっただけですから、こちらこそ急がせてしまいすみません」
触れられたくない話、だったのだろう。申し訳ない気持ちになったが少し気になる。強気な口調の彼女が、表情を消してしまう程の身内だ。
「そんなに嫌な人間なんですかね」
「さぁ、どんな方でしょうね。私はお会いしたことがないのでわかりません。でもどういう方であれ、その方のお陰でリサ様に会えたことに感謝していますから」
会ったことが無い? と目を瞬いているとレイルはくすりと微笑んだ。
「内緒ですよ、リサ様に聞かれたら私が殴られてしまいますから」
そうこっそりと告げたレイルの目は、本心だという様に細められていた。