04
フィーズの森へと入りしばらくすると、木々や蔦の影からモンスターが飛び出してきた。足下で小枝が音を出したのがきっかけになったのかもしれない。
一斉に飛び出してきたがよく見ると一部以外はまだ周囲に身を潜めている気配が伝わる。姿は町によくいるネズミと似ているが、集団で連携して襲いかかってくるあたり知能は段違いなのだろう。
念の為にとゼンも剣を構えようとしたのだが、その必要はなかった。前衛が歩きながら撃ち抜いてくれていて、こちらには何も襲いかかってくることはない。
「リサ様は想像力とアイデアが素晴らしい方でして、クズと呼ばれる小さなアンバーにも使い道を見出されました。その一つが昨日お見せしましたタブレットですね。あちらは小さなアンバーを組み合わせることによって能力を拡張、連携しています」
「はぁ……」
その上流暢にレイルは会話を続けている程だ。勿論、その合間にも出てくるモンスターを倒す手は止めていない。驚いたのは彼が一度も銃を撃つ腕を下げていないことだ。
普通、鉛の弾をつめた猟銃であれ、都市部から訪れる富豪達の使う蒸気の銃であれ、弾を装填するために一度以上下ろすはずなのだ。それなのにレイルは森の中で撃ち始めてから一度もそんな仕草をしていない。なかなか弾切れにならないほど大量の弾丸を詰められる程、大きな銃ではない。町で見かける猟銃よりも小さくて、彼が片手で扱える程のものだ。
「もしかしなくても、その銃も?」
「えぇ。よく気が付かれましたね。見た目はよく出回っている銃なのに」
「いや、まぁ……流石に何十発も撃ってますから」
「ふむ、芝居も必要ですか。参考にします」
振り向いたレイルはにこやかに笑っている。腕を上げっぱなしにしているが体力の消耗はそれ程多くないらしい。もしかしたら、銃自体がかなり軽いのかもしれない。
確認する素振りすら見せず、レイルは銃を元に戻している。立ち止まった彼との距離が近付いて、ふと気が付いた。
「ただの銃だと隠すつもりなら、もっと火薬の臭いもあった方がいいかもしれないですね。臭いがここまでしないのも不思議に思うかもしれない」
「あぁ……火薬使ってませんから仕方ないかもしれませんね」
え。と呟いたゼンのことは気にしていないらしい。火薬も弾切れもない。それにサイズも手頃で、重さも感じさせない。そういえば、音もそれ程うるさくなかった。猟銃ならば耳をつんざく様な音がしているはずで、レイルが使っている銃と同じ形のものもそれなりの音量で響くはずだ。
……レイルが軽々と扱っている銃にはどれだけの技術が注ぎ込まれているのだろう。恐ろしくなる程だ。
ゼンがぞっとしていることに気がついているのかいないのか。それはわからないが、レイルとリサは先程までと変わらない素振りで話を続けている。火薬の臭いと音、それに弾の装填について。改良の余地を見つけたことで話が弾んでいるのかもしれない。
しばらく黙って彼らの後ろを歩いていると、不意にレイルが振り向いた。それなりに近い距離でばちりと目が合うと、眼鏡の奥の彼の目がオレンジに近い色をしていることに気が付いた。明るい花の様な色合いで、少し羨ましい。
「ゼン様、先程の銃のことなんですが内密にお願いできますか?」
「あぁ、それは勿論。でもアンバーなら持っていることを公表してもいいのでは?」
「他のもので流用できないアンバーならいいんですけどね。これ自体は知っている人間が作ろうと思えば作れてしまうので」
「はぁ……」
リサが組み合わせたクズアンバーがどういった類のものなのか、なんてゼンにはさっぱりわからないからこそ言えるのだろう。聞かされていてもきっと疑問符だけを浮かべて終えることになるに違いない。
トレジャーハンターには作成可能なもので、あれだけ連続して撃つことが可能なのだ。リサの生み出したアイデアが余程凄いのだろう。
「……そんな技術だったら、売ろうとは思わなかったんですか。私でも扱えるものなら便利そうですし」
高く売れそうだ。と考えてしまうのは商売人だからかもしれない。口からついて出たその言葉にリサは顔を顰めていて、慌てて謝ろうとしたが彼女の方がゼンよりも早かった。
「戦いの道具にしかならないわよ、こんなもの」
「でもモンスターの討伐が楽になりますよ」
ゼン達が会話をしている横でレイルは飛び出してきた鳥型のモンスターに対して銃を何度か浴びせているが、今だって一度も弾丸の装填をしなくて済んでいる。いくつもの動作を行わなくてもいい彼の戦いは非常にスムーズで、踊っている様にすら見えるほどだ。
「……向けられるのがモンスターとは限らないでしょ。剣どころか包丁ですら人をたやすく傷つける。それはあなただってわかってるはずよ」
「それは、まぁ」
「無限に尽きない弾丸を備えた銃なんて世の中にだしたら、簡単に世界規模の戦争が起こるわよ。それが嫌なの。あぁいうものは書物で知るだけでいいのよ、二度とごめんだわ」
使い方を誤れば簡単に人を殺すことが出来るものは、既にこの世の中に溢れている。これ以上増やす必要もない。リサの言い分はよくわかるものだ。
リサが少し顔をあおざめさせてしまっていることに気がついたゼンが謝っても、彼女はゆっくりと左右に首を振る程度だ。
だが話しているうちに想像してしまったのかもしれないとも思うが、どちらかというと。
「……まるで体験したみたいだ」
「あぁ、ほら言ったでしょう? リサ様は想像力が豊かなんですよ」
小さく漏らした言葉に返答がある。そちらへと顔を向けると周囲のモンスターを倒し終えて戻ってきたレイルは息一つ乱していない涼しげなものだった。自分の馬鹿げた考えはともかくとして、彼女の従者が言うのだ。
そんな武器を作れるのだからやはり悪い方向へと想像も強く働くのかもしれない。それも、何度も繰り返しているのだろう。
ましてや年端もいかない少女だ。その繊細さは彼女より少しだけ年を重ねたゼンであっても想像はたやすかった。
何て言葉をかけるべきだろうか。かけなくてもいいだろうか。言葉を選びかねていると「ゼン様」とレイルに呼びかけられる。
気にしなくていいとでも言われるのかと思ったが、眼鏡の男は悪びれる様子もなく口を開いた。
「お腹がすきましたので、少し開けた場所があれば休憩にしませんか」
……まだ森を歩き始めて一時間程しか経っていない気がする。戸惑ったゼンの耳にリサがレイルの背中を叩いた音が届いた。