03
「では、ゼン様は前衛ですね」
翌朝、街を守る外壁の出入り口に集まるやいなや、ゼンの姿を眺めてレイルは告げた。腰に下げている剣を見ての判断だろうが、流石に慌てて弁明をした。せめて腕くらい聞いてから判断してほしい。
「あの、俺は剣を使えるといってもほんとに護身用程度にしか使えないんです!」
街の外に出る時、近くの森の様にモンスターがある程度間引かれているところくらいならばゼンだって一人で行くこともある。
けれど他の街に移動する時など距離がある場合は商隊と一緒に動くことが殆どであるし、上手く商隊と都合が合わなければ護衛役を冒険者ギルドに依頼する。その程度の腕前だ。
蒸気機関を備えた剣なんかがあればいいのだろうが、高額すぎて手が出ない。あぁいった蒸気機関を載せたものは長距離移動の時に商隊の乗る貨物車に乗せてもらったことがあるくらいで、まだまだ一個人には手が出ない代物だ。ゼンの腰にある剣は昔ながら、しかも年代物なので、技術のない自分は余計に力技で斬る様なものだった。
慌てて説明をした後で少し情けなく思えてしまい溜息をつくと、レイルは「わかってます」と言ってくすくすと笑っていた。昨日の今日のことだが、彼はいい性格をしているらしい。ここも少しずつわかってきたところだ。
「流石にレイルでも一般人を前に出したりはしないみたいでよかったわ」
「おや。では、リサ様が前衛に回られますか?」
「いや! 無理!」
「ですよね、わかってますよ。それでは僭越ながら私が前衛を務めさせて頂きますので、ゼン様は倒しそこねてしまったものを対処してください」
「わ、わかりました」
即答で断ったリサを見ると、彼女はコートの裾を体に巻き付けて剣が見えないようにした。それから眉間に皺を寄せてこちらを見てくる。
「べ、別に使えないわけじゃないのよ」
「いえ、俺もか弱い女性よりは活躍できる様に頑張ります」
そんなつもりは無かったがそうとられても仕方のない視線だったか。反省したゼンが言葉を返していると、リサは少し唇を尖らせた。これも間違いだったかとゼンが内心で慌てていると、リサはその小さな唇を動かす。
「頑張る必要なんて無いわよ」
何故、と問いかけるよりも早く、蒸気が噴き出して門が開き始めた。ギィギィとうるさい音だけは今の門へと変わる前と何も変わらない。
人が通れる程まで開いた門の隙間をくぐり抜けながら、リサは何事も無かった様に口を開いた。
「うちの従者はね、そこらの輩より遥かに強いから。安心して」
最初は言われた意味がよくわからなかったが、どうやら先程の会話を続きだったらしい。
いったいどのくらいの強さなのだろう。そんなことを思いながらも、ゼンは腰に下げた剣の柄を握りしめ二人の後に続いて門を通り抜けた。
「ゼン様はフィーズの遺跡については何か知ってますか」
「いや、俺は多分あなた方が知ってることくらいしか知らないと思います。昔から知られた遺跡ですし」
フィーズの街の近くの森にあるからフィーズの遺跡。単純にそう呼ばれている遺跡だが、トレジャーハンターだけでなく学者による調査も何度か行われている。流石に機密事項はそれぞれ隠しているだろうが、殆どのことは公開されているのでリサ達も知っているはずだ。
「じゃ、近隣の街に伝わるおとぎ話みたいなものはないの」
「おとぎ話、ですか」
「そ。おとぎ話や言い伝えをなめちゃいけないわよ? 案外そういうところにヒントが隠れているものなの」
隣を歩くリサが少し自慢げに言ってきた。おとぎ話にねぇ。ゼンも考えてみるが、あまり思いつかない。
「木に居る蛇に気をつけろ、とはよく言われましたね。あの森は毒蛇が多いから」
「それは一般的過ぎないかしら。遺跡のことは?」
「遺跡……遺跡の目に触ると睨まれて呪われる、っていう言い伝えは学者が確か解明してましたよね?」
「えぇ。それは確か10年前のドクター・アウグストのチームが、遺跡に設置されたいた猫目石を使った重さ感知の罠について発表してました」
「んー、言い伝え解明済みかぁ……」
「あの、そもそもなんですが。フィーズの遺跡の大半は解明済みと言います。遺物も発見されて回収されていますし、めぼしいお宝は無いのでは?」
トレジャーハンターや学者、それぞれが何度も調査を行っているのだ。ゼンが欲している琥珀も、リサ達が求めているアンバーも既に遺跡には存在しないと考えるのが普通だろう。
ゼンの言葉を受けた二人は顔を見合わせている。それから、レイルはくすりとその綺麗な顔で微笑んだ。
「おっしゃる通り、価値の高い目立ったものはないと思います」
「やっぱり」
「ですが、ゼン様はさざれ石でもいいんですよね? なら落ちている可能性はありますよ。学者はともかく、トレジャーハンターなら破片は見逃している可能性がある」
ゼンにとってはその可能性は有難いことだ。けれど、ゼンに付き合って彼らが行く必要はない。
そもそも彼らは遺跡に行く為にこの街に寄ったのだ。もしかして、
「大きなアンバーがまだ遺されている可能性がある、とか?」
「それもそれで嬉しいけど、そんな話は今のところ私達の耳には入ってないわね」
「それじゃ、なんで」
「クズみたいな小さなアンバーでも集めてるくらい、リサ様は強欲なんです」
にこやかに微笑むレイルと不満そうな顔をしつつも否定はしないリサ。強欲って。そう思いつつも、二人の様子にゼンは口には出せずにただ唖然としてしまっていた。