02
来てくれないかと思っていたが、彼らは休憩時間をいくらか回ってから店に訪れてくれた。
慌ててまかないを食べていた机を片付けお茶を出すと、食べながらで構わないとのことだが食べながら話すよりは食べ切ってしまおう。レイルから注がれている視線が気になるが、黙々と手を動かして皿を開けることに専念した。あれだけ食べておいてまだ食べたいのだろうか。
水を飲みきり一息つくと、改めてリサとレイルの顔を見る。にこりとリサは微笑んでいて、レイルは彼女と違って鋭い眼差しをこちらに向けていた。
「それで、あなたは何故我々を呼んだんですか」
こちらのことを見定めようとして隠しもしなかった。気圧されそうになりつつ、そこではたとして名乗っていないことに気がつき、慌てて頭を下げた。
「まずは、俺はゼンと言います。見ての通り、ここで料理人をしてます。……まだまだ見習いなんですけど」
「まぁ、それはいいわ。で、ゼンさん。依頼はなあに?」
さっさと話なさいとばかりにリサは指で机を叩いている。レイルが名を呼んで諌めているが、気に留めた様子は見えない。
退屈そうにしているわりにはせっかちだ。先ほど呼び止めた時から乗り気ではなかったのだから、もしかしたら何か予定があるのかもしれない。
「依頼、といっても何かを探してほしいなんかではないんです。あの、どんな欠片でも構わないのでアンバーを譲って頂けないでしょうか」
頭を下げる前、リサの目が丸く見開かれたのが見えたがゼンはそのまま頭を下げ続けた。信じられないとい表情をしていたので難しいかもしれないが、頭をあげるわけにもいかない。
「アンバーって、そんなの嫌よ」
「そこをなんとか、どんな小さなものでも構わないんです」
「小さなものでもそれなりに価値があるって知ってるでしょ」
「破れた欠片なんかでも構いません!
さざれ石みたいなものでもいいんです!」
「は……? 壊れたものでいい? さざれ石とか、私はともかくあなたならそんなの意味が無いでしょ?」
顔を上げるとリサは信じられないという顔をしていた。さざれ石では意味がない、と言われても、ゼンの様な人間がクズ宝石一つ手に入れるのはなかなか苦労することなのだ。
やはり、トレジャーハンターともなると宝石の価値は変わるのだろうか。ならクズ宝石ならば譲ってくれてもいいじゃないか。鬱々とした気持ちがゼンの中に湧き上がってきた時だ。
カチャリとカップが置かれる音がする。その後、「勘違いが発生してますね」と低い声が聞こえてきた。
「勘違いって何よ」
「勘違いというか、物違いといいますか。リサ様、アンバーと言っても我々の専門とするものとは違うみたいですよ。ゼン様、あなたが言うアンバーとは、琥珀ですよね」
そう言ってレイルはこちらを見た。頷くとやはりと言ってレイルも同じ仕草をしている。
理解出来ていないのはリサだけ、ではなく、ゼンも未だによくわかっていない。二人の様子を見渡したレイルは「つまり」と口に出した。
「ゼン様の求めているものは琥珀。宝石の一種ですね。で、リサ様が断ったものは我々の世界で“アンバー”と呼ばれる古代文明の遺物です。どちらもアンバーと呼ばれてますが、リサ様は一般常識に疎い方なので申し訳ございません」
「ちょっと! 何よその言い方! 私だって琥珀って言ってもらえてたらすぐにわかったわよ!」
「アンバーという言い方も普通なんですよ。リサ様が確認せずに断ったことが間違いです」
言い切られ、リサは悔しそうな顔をしてカップに手を伸ばしている。中身を一気に飲み込んだ後、少し強く机に置いた。
「だとしても、私は琥珀を持っていないからその依頼には応えられないわ」
「で、では採取して頂くのは」
「自分で行けばいいじゃない」
リサは簡単そうに口にしているが、この街の外にはモンスターが溢れている。至るところでモンスターは現れるので、ゼンだって多少なりに剣は使えるがあくまで使える程度だ。
首を振ると「じゃあ諦めなさい」とリサはにべもなく告げた。
「そのうち商隊でも立ち寄るでしょう。その時に買えばいいじゃない」
「それじゃ、間に合わないかもしれなくて」
「じゃあやはり自分で行く事ね。私だって時間が無いのよ。この辺りの遺跡調査の為に寄ってるんだから。琥珀が必要な理由もよくわからないし、やっぱり買えばいいじゃない」
リサは考えることもしてくれないらしい。何とか説得してくれないか。ゼンが縋るようにしてレイルへと顔を向けると、彼はこちらに顔も向けずに板状の見たことのない金属製の何かを弄っていた。
「ちょっとレイル! なんで私のタブレット弄ってるのよ!」
「気になることがありまして。……あぁ、そうですね。ゼン様」
レイルはそのタブレットという聞き覚えの無いものをこちらに差し出した。その表面は輝いていて文章が浮かんでいる。蒸気機関ではないそれはリサ達が言っていた“アンバー”に違いない。
ゼン達一般人だってアンバーのことは知っている。古代の遺跡から見つかる実現・再現不可能な技術の塊。国や軍が所有するものもあれば、民間に解放されているものもあるというが。生で見るのは初めてだ。
恐る恐る受け取って、そこに表示されている文章を読むと、近くの森にある遺跡の名前が一番上に書かれていた。
「私達は明日そこに行くんです。今日は早めに着いたのですが……たまに琥珀の装飾品が見つかるようですね」
レイルがその文章の表面を撫でると、文章は流れて続きが表示された。どういう仕組なのかはさっぱりわからないが、促されるままに文章を追っていくと確かにその記述が現れた。
顔を上げるとレイルはにこりと微笑んでいる。もしかして、と逸る気持ちをおさえながらゼンは声を出した。少し声が上擦るのは仕方ないだろう。
「見つけたら譲って頂けますか?!」
「いいえ?」
是と言っているしか思えない笑顔で言われて、ゼンは固まった。目を瞬いていると、何故かリサも同じ様な表情を浮かべている。
「あの、レイル。それはいくらなんでも鬼畜すぎないかしら。持ち上げといて落とす、というか叩きのめすなんて」
自分の依頼を断り続けていたはずのリサの言葉に、ゼンは何度も頷いた。これならまだリサにばっさり切られていたままで終わった方がましだ。
レイルはというと不思議そうに目を丸くした後、リサを見た。
「リサ様が断っていたじゃないですか。私は従者ですから、主人の言葉が優先ですよ」
「……いつもと言っていることが全く違うわ」
「そうですか? 私はリサ様のことを最優先に考えてますよ」
にこりと微笑んだレイルの表情をみて、リサは嫌そうに表情を歪めて顔を逸らした。肩をすくめてから、レイルはこちらを改めて見る。
もう断られているのだから。そう思うが、彼はやわらかく微笑んでいるままで少し期待をしてしまう。いや、これが彼の常日頃の表情なのだと思ってしまおう。ゼンはそう言い聞かせていた。
「時に、ゼン様。明日のご予定は?」
「明日、ですか。明日はいつもと変わらずこちらで」
「でしたら休暇をお願いします。店主の方は別室にいらっしゃるんでしょうか」
「は? えぇと、何故」
思わず問いかけたゼンにレイルは先程と同じ様に目を丸くするかと思えば、今の微笑みよりも柔和に、諭すように微笑んだ。
「何故って、それは……“アンバー”ならば、あなたが自分でとって渡さないと意味がないのでは?」
「……そう、ですね。休暇をとります。ご同行させて頂けますか。足でまといにならないように気をつけますので」
自分が琥珀が必要な理由も察しがついている彼に改めて頭を下げると、レイルの表情はどこか満足げだ。及第点は得られたらしい。
「ええ、勿論。そのかわり、休憩時の料理はお願いしますね」
「ちょっと! レイル何話を進めてるの! それに何で自分でとらないと意味が無いのよ」
その言葉にレイルを見ると彼は目を伏せて「こういった世俗的なことをあまり覚えていないんです」と告げた。彼も彼なりに苦労してるんだな。ゼンは静かに頷くしかできなかった。