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アンバース~強欲少女は琥珀と踊る~  作者: 篠木
強欲少女と琥珀の約束
2/11

01

「あーっ!」

 昼時の食堂で、若い少女の声が響いた。慌ててそちらを見ると、声を上げた少女は手に持っていた紙をくしゃくしゃに丸めているかと思えば、机に突っ伏している。

 先程テーブルへと出した食事に何かがあった訳ではないらしい。ほっと息をつくと、店員は次の客の机へと皿を運んだ。いくらピークを過ぎているとはいえ、まだまだ店内に客は多い。一区切りまではまだかかる。気になるが、両手の皿を無くすことが先決だ。

 先程の少女の行動は注目を集めたが、店員である自身も含めて人々の視線はすぐに離れていった。多分、皆理由は同じだろう。

 振り向いてみたものの、奇妙な声をあげた少女の顔は伏せられている所為でわからない。蜂蜜よりも濃い色の髪の毛は綺麗に結い上げているが、服装は華美なものではなかった。コートにスカートではあるが、全体的に動きやすさを重視した服装だ。それに、腰から下げられているのは小振りで細身の剣。

 これらから想像される少女の職業は、冒険者かそれに似たものであることは間違いない。

 中身はわからないが、冒険者とはあまりかかわり合いにならない方がよさそうだ。自分以外もそんな判断を下したのかはわからないが、大方似たようなものだろう。

 周囲の視線が離れた少女を窘めるのは連れの眼鏡の男しかいない。だがその彼は目の前の食事をとることを優先していた。

 しばらく経ってから彼から「リサ様、少し落ち着いてください」と今更ながらに制止の言葉がかけたが、リサと呼ばれた少女が返事をしなかったので諦めたらしい。男はまた別の皿へと手を伸ばしていた。黙々と食事を進める男の目の前からは、次々と料理が消えていく。

 どうやっているのかわからないが、食べ終わった皿にはドレッシングやソースの汚れすらついていない。店としては洗うのが楽になり有難いが不思議で仕方なかった。勿論ナプキンで拭っている様子もない。手が空いた瞬間に一度見てしまってからは、そのスピードが気になってしまってついつい目を配ってしまっていた。

 しかし、少女のことをリサ様と敬称をつけて呼んだにしては男は一人で食べすぎている。二人分以上あったはずの皿は既に大半が片付けられていて、少女の分が無くなりかねない。

「あの、召し上がられないんですか」

 おずおずと声をかければ、頭は机に伏せられたままで店員の方へと少女の首が向けられた。頬が机の天板にぺちゃりとつけられたままの彼女の目と視線がかち合う。失礼ながら、思っていたよりも彼女の顔立ちは美人でも可憐でもなかった。普通である。

「……何か?」

「い、いえ。あなたが食べているところを見ていなくて、このままだと連れの方が食べきってしまうのでは、と」

 睨まれてびくりと跳ねかけた肩をおさえつけ店員は少女に問いかけてみた。ここの食事は美味い。店員である自身は胸を張って言える味だ。

 男性のいい食べっぷりも見ていて気持ちがいいが、出来れば少女にも食べてみてほしい。食べられないものでないのなら来た人には一口は食べてみてほしい自慢の料理だ。

 もしかしたら彼女が叫んで机に突っ伏したのは、連れの男に好物を食べられたのかもしれない。皿は既に何枚も積み重ねられているのでどの料理かはさっぱりわからないが、何かいるかと尋ねても首を振られてしまった。

「料理は大丈夫。私も頂いてるわ」

「追加していいなら頂きますが」

「レイルは昼食をこれ以上とらないで、見てるこっちが胸焼けするわ」

 レイルと呼ばれた連れの眼鏡の男は、ほんの少し残念そうな表情を浮かべてまた食事の続きに戻っている。ナイフとフォークは滑らかに動き続け、次から次に彼の口へと食事が運ばれていく様はなかなか面白いものがあった。

 早々に会話を切り上げて食事へと戻ったレイルを店員は初めて正面から見たが、彼の容姿はとても整っていた。

 サラリとした黒髪はこの地域では少し珍しく、眼鏡と相まって知的な印象を受ける。服はリサと同じ様にコートをベースにした動きやすさを重視したものだ。コートの下から覗いているものは短剣と銃の様で、やはり二人共冒険者なのだろう。

 だが運動量の激しい冒険者とはいえ、どちらかというと細身をしているレイルの胃には既に三人前以上の料理が詰め込まれているはずだ。顔色も食事のペースも変えることなく食べ続けているレイルは、全く見た目から受ける印象とは異なっていた。

 眺めているうちに、また一皿片付けられる。思わず小さく呻いてしまった店員にリサが苦笑した。

「ごめんなさいね。彼、燃費がすこぶる悪いの。勿論この分のお支払いは大丈夫だから安心して」

「あ……はい」

 食事量にあっけにとられていただけで、金銭的な心配はしていなかったが一先ず頷いた。昼間だというのに名物の大皿料理も頼んでいるので、たしかに金額は他のテーブルとは一桁違いそうではある。

「何か大きなモンスターでも倒した後ですか?」

「え、どうして?」

「大皿料理、祝彩の丸焼きですから。何となく」

 この町の辺りにはめぼしいダンジョンは存在しない。その代わり、それほど遠くない平原には希少なモンスターが出るらしい。数十年前にはドラゴン種も飛来したことがあると聞いているが、流石にそこまでではないかもしれない。

 ただ、相手の反応からして違ったのだろう。外してしまったことだし、会話を切り上げるかと店員が考えていた時だ。

「あぁ。私達はモンスター討伐をメインにした冒険者じゃないの。トレジャーハンターよ」

 リサにそう言われて、店員は目を瞬いた。思わず彼女に詰め寄ると食事を続けているレイルの目が厳しいが、そんなことを気にしている場合じゃない。

「あの、ちょっと?」

「すみません、お願いします。ほんの小さな依頼になるんですが、休憩時間にきて頂けないでしょうか、お願いします」

 いくら落ち着いてきたとはいえ勤務中だ。店員が畳み掛ける様に要件を告げると、リサは「えぇー……」と非常に嫌そうな表情を浮かべていた。

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