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三度のコール  作者: つっちーfrom千葉
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*前編*

私がその建物に収容されたのは、奇しくも9月15日の9時15分だった。ただ、時間の経過はこの物語の中で特に重要ではない。話を前に進めよう。


 二人の男の手で乱暴に馬車から降ろされると、辺り一帯を非常に濃い霧が立ち込めていた。風景を見定めることはかなわなかった。だが、ここは深い森林の中のようだった。どこからか野鳥の鳴き声がした。たちまちに不吉な予感に襲われた。私は確かに逮捕されたのだ。それもこの地上でも名だたる悪の集団に。私は両腕をきつく縛られ、両脇を屈強な兵隊に囲まれながら、森林の奥深くにある敵の基地の内部に連れ込まれた。周囲を高い塀に囲まれた長大な渡り廊下を歩いていくと、いくつかの古びた門をくぐった後に基地の中央にあるフロアについた。建物全体が驚くほど殺風景だった。美術工芸品など、きらびやかな目の楽しみになるようなものは何も置いてなかった。自分以外の囚人とすれ違うこともなかった。どの部屋も、どの門もすべて2・3人の衛兵によってしっかりと守られていた。私が連れ込まれたその広大な部屋の内部はすべて監獄だった。部屋の中央部が円形の監視所になっていて、ぐるりと見回せば、三階建てのフロアにある全ての牢屋のドアが見えるような造りになっていた。私は抵抗することも出来ぬままに鉄鎧を着た兵士数人によって連行されて、その中の一つ、一番中央の部屋に乱暴に押入れられた。


 そこはまるで幾人もの人間を残忍に葬った手のつけられない犯罪者が、重大な判決を受けてから放り込まれ、そのまま生涯を終えるような極めて侘しい、それでいて荘厳な造りになっていた。希望に繋がりそうな物は何一つとして置いてなかった。天井は10メートルほどの高さもあって、鉄格子のついた唯一の窓も、梯子を使ったとしても、とても手の届かない位置にあった。部屋の隅には薄汚れた木製の机が一つあって、その上に闇夜を照らすための古びたランプが乗っていた。部屋のちょうど真ん中にどんな巨体でも座れるような大きな椅子が置かれていて、その上に、――ここが不思議なのだが――、黒い旧式の電話が一つ置かれていた。この牢屋の内部には他には何の家具も設置されていなかった。これまで別の囚人が使っていた気配もしなかった。ここに閉じ込められた者はそれほど長い期間生きてはいられない証拠だろう。そこに思い至り、私はすっかり絶望した。私もこの数時間後には絶命することになるのだろうか。


 たまの休暇を利用して決行した今度の旅は、自分でも驚くほど快適で、あまりに順調に進んだので、つい自慢のジープで砂漠を深入りしてしまい、まったく気づかぬまま悪の組織の領地にまで侵入してしまったのだ。食糧が尽きてくると途端に焦りが吹き出してきた。考えてみれば、地図も方位磁石もない無謀な旅だった。道に迷って右往左往した挙句、私はこの組織の手の者に捕えられてしまったのだ。そして、この奴らの基地、――要塞と言ったほうがいいだろうか――、に連れて来られてしまったのだ。長い時間をかけて連行されているうちに、携帯電話もとっくに電池が切れてしまい、今からでは誰に助けを求めることも出来なかった。捕えられてから砂漠やジャングルの中をずいぶん長いこと連れ回されたので、今自分がどこにいるのかもさっぱりわからなかった。しかも、捕えられたのが悪の組織の基地であるから、誰かが私の苦境を知ったところで大国の軍隊でも連れて来なければ私を救い出すことは出来ないだろう。状況は最悪だった。いくら人命が大事とはいえ、私一人のために本国がそこまでしてくれるとは思えなかった。先ほどまで悠々と自分だけの旅を楽しんでいたというのに。いつの間にか、人生は追い詰められていた。死はすぐそこまで来ているようだった。


 私が自分で考えを整理して、何とか落ち着いたのを見て取ると、この牢屋を管理している全身鉄鎧の男は重々しい口調で話しかけてきた。

「よし、いいか。おまえは我ら悪の組織、プリエミネンスエプの領地を土足で犯した。その罪は非常に重い」

「どうか許してください。ほんの気まぐれで迷い込んだだけなんです。ここが世界的に有名なあなたがたの領地だとは知らなかったんです」

 私は眼前で両手を合わせて許しを乞うた。しかし、男の視線は冷たいままで、何の感情も感じさせずにこちらを睨みつけていた。

「だめだ、もうなんと言い訳をしようが、おまえを許すことは出来ない。おまえは自力でこの苦難を突破するか、我々に処刑されるか、二つの選択肢しか残されていない」

「自力でここから脱出なんて、そんな無茶を言わないで下さい。私の細腕を見てください。一人では料理だって出来ないんですよ。包丁を構えたって猫の子一匹殺せやしない。かと言って、ここから脱出する妙案を思いつくほど私の頭は賢くありません。ただの凡庸な人間の一人に過ぎません」

「それなら結論は一つだ。おまえは我々に殺されるしかない。潔くあきらめろ」

私はそれを聞いて、頭を抱えて絶叫した。


「嫌です! 確かにいいことは何もないお粗末な人生でした。大金もない、美しい女房もいない。しかし、そんな凡庸な人生でもこんな終わり方はあんまりです。旅先で道を間違えて悪の組織に捕まってしまうなんて。お願いです、私の哀れな人生に少しでも同情してくれるのなら、何かチャンスを下さい!」

その衛兵は私の懇願を聴くと、少しは哀れに思ったのか、しばらくの間考え込んでしまった。やがて、目を開くと重い口調で話しかけてきた。

「よし、いいだろう。我々は確かに世界に広く知られた悪の組織だが、悪気もなく踏み込んで来た者をすぐに殺してしまうほど残酷ではない。これまで捕らえて来た者たちにも何がしかのチャンスを与えてきた。おまえにも一つの試練をやろう。おまえが類い稀な知性を発揮してそれを突破できたら、潔くおまえを解放してやろう」

「本当ですか? ありがとうございます。さあ、その試練とやらを御授け下さい」

私は大喜びでその条件を受諾した。


「よし、その試練を受け入れてみよ。ただ、これだけは言っておくがその試練に失敗した場合は、これはもう神からも見放されたと思っておとなしく処刑を受け入れることだ。試験を突破するだけの体力も知力も無しにこれ以上グダグダと時間稼ぎをすることは許されんぞ」

「わかりました。その時は、自分はその程度の人間だったとあきらめることに致します。決して不満は申しません」


「よし、それならおまえに『三度のコール』という試練を与える。心して受けるがいい。まず、そこから振り返って部屋の中央を見てみろ。黒い電話が置いてあるのが見えるな? よし、それなら試練は簡単だ。あの電話は万能電話といって、頭の中で念じれば世界中の誰にでも直接に電話をかけられるようになっている。おまえに今から三回のチャンスを与える。この場所から三回の連絡でもって外にいる人間に救援を求め、自分自身をこの要塞から助け出してみるがいい。何度も言うが電話をかけられるのは三回だけだ。その三回で救われなかった場合にはすぐさま処刑が執行されるだろう」


「なるほど、例えば、私が外国の強力な軍隊に出動を要請したとして、その軍隊がここを強襲して要塞を破壊し、私を救い出したとしたらそれは認められるんですか?」

それを聞くと、鉄鎧の男は少し笑ったような気がした。

「もちろん、その方法でも構わないぞ。ただ、もう少し真剣に考えてみろ。確かに、そこの電話からならおまえの国の大統領にでも電話をかけられるが、果たしてうまくいくと思うか? 大統領が見知らぬおまえの言葉をどうやって信じるというのだ? こっちは忙しいと一蹴されるのがオチだろう。百歩譲って大統領が救出を承諾したとして、ここは誰にも知られていない秘密の基地だ。どうやってその軍隊はおまえの居場所をつかむというのだ?」

それを聞いて、私はすっかり意気消沈してしまった。

「それはその通りです。第一、私一人のために軍隊が動いてくれるとは思えません。別の方法を考えることに致します」


「それがいいだろう。おまえの持っているすべての人脈を駆使してこの苦難を突破して見せよ。腕の立つ空手家やプロレスラーにここへ来てもらうのもいいだろう。おまえもこの近くを旅行していたんだし、この基地のだいたいの場所を教えることは出来るだろう。ただ、その方法をとる場合に一つだけ頭に入れておいたほうがいいことがある。それはこの基地の警備のことだ。この基地の内部には数百人の腕利きの衛兵が警備している。食料もなくジャングルに放置されても一ヶ月は生き永らえる者もいれば、ライオンと素手で格闘できる者もいる。大きめの蜂に刺されても泣かなかった奴もいる。わかるか? 生半可な戦力ではここまで、おまえが捕えられているこの牢屋まで辿り着くことは出来ないということだ」


 私は先ほどぬか喜びしたことを後悔した。いくら腕っぷしの強い知り合いに連絡が取れたとしても、この厳重な警備をかいくぐってここまで来れるとは思えなかった。私は腕を組んで考え込んだ。どうすればこの鉄壁の城から脱出出来るだろうか?


 そんなとき、突然ルルルルル! とけたたましい音が響いて黒電話が鳴りだした。私は驚いて黒電話のある方を振り返った。

「これは、どういうことなんです?」

驚いて私がそう尋ねても鉄鎧の男は冷徹な表情のままだった。まるで、このようなことが起こるのを予期していたようだった。

「早く出ねばなるまい。その電話はおまえから世界中の人間に連絡が取れる品物だが、逆に言えば、世界中の誰もがおまえに連絡を取れる状態にあるということだからな」

「まさか! この相手からのコールも私を救うための一回に数えられるんですか?」

「当然だ、早く受話器を取るがいい。万が一、その呼び出し音が切れてしまった場合も三回のうちの一回に数えさせてもらうぞ」

それを聞いて、私は返事をする暇も惜しんで、黒電話の受話器に飛びついた。

「もしもし、いったい誰ですか? そして何用ですか、こんな大事な時に!」

間を置かず、受話器の向こう側から中年男の気だるそうな声が響いてきた。

「ああ、こちらはフェデリコ新聞の者ですがね」

「あなた、マスコミの人間ですか? マスコミがいったい何の用ですか?」

「ふふふ、そう声を荒らげないで下さいよ。あなたが悪の組織に捕らわれたという情報を入手しまして、今どんなご様子なのかと思いまして、こうしてご連絡差し上げたわけです」

想像に難くないことだが、その返事を聞いて私はカンカンになってしまった。

「なんだと! 人が命の窮地に立たされて途方に暮れているときに、それを新聞のネタにしようと思って電話をかけてきやがったのか?」

どんなに熱くなってみても電話の向こうは冷静だった。


「まあまあ、そう熱くならないで下さい。気持ちはわかります。その組織に捕まって生き永らえた人はいませんから、あなたが絶望してしまう気持ちはよくわかるんですよ。それで、今どんな気持ちです? 家族には何と伝えたいですか? この国の役人に声が届くとしたら、どんなふうに助けを呼びますか? それともすでにあきらめていますか? その辺を我々に教えて下さいよ」

「貴様、苦しんでいる私を新聞のネタにするつもりか? どこまで極悪非道なんだ! この世の中には無実な人を苦しめる強盗や殺人鬼もいるが、おまえのように残酷な人間には出会ったことがないぞ」

私は顔を真っ赤にして受話器に向かって怒鳴りつけた。


「まあ、落ち着いて下さい。これも職業病なんですよ。なんでしょうね、この仕事をしていると、自分が手に入れた情報がすべて金づるに見えてしまって、それに関わっている人やその家族の不幸なんて目に入らなくなってしまうんですよ。実際あなただってそうでしょう? 新聞を読んで事件の被害者にそこまで同情したことがありますか? 涙したことがありますか? ありませんよね? 飢餓のニュース、戦争のニュース、鉄道事故のニュース、あなたは気にも止めずに次々と読み飛ばしていく。何十人の死者の上には何百人の親族の不幸が重なっている。しかし、あなたは普段はそこまで考えずに、新聞をすぐに放り投げ、鼻くそをほじっている。自分が被害者になった感想はどうです? 切実でしょう? 今や立場は逆転です。あなたが笑われる番になった。道化を演じる番です。未開の土地に入って悪の組織に処刑される人生なんてなんて愚かしいんだろうと国民の多くがあなたを笑います。あいつは自業自得だ、自己責任だと言ってね。同情なんてほとんどありませんよ。あなたが捕まったニュースが流れてもほとんどの人は平静に普段と同じ暮らしを続けます。『あの人はバカだよね。何を好き好んであんなに遠くまで出かけたんだろう』と笑っています。自分の身に危険が及ばなければ誰も真剣に考えてくれません。あなたがこのまま処刑されても、我が国に波風一つ立たないでしょう」

電話の向こうでそう言われてしまい、怒りは次第に消え失せ、私は逆に悲しくなってきた。

「そんな、あんまりです。実を言いますと私にはチャンスが与えられていて、この電話で助けを呼んでもいいことになっているんです。お願いです。私を救ってくれるのはあなたでもいい。何とかマスコミの総力をあげて私を救い出す運動を起こしてくれませんか? あなたはさっき、私が処刑されればニュースになって儲かると言っていましたが、もし私が救い出されればもっと劇的な展開です。記事を読んで涙する人がいるかもしれない。勇気を貰ったと言ってくれる人がいるかもしれない。どうか、私の窮状を多くの人に伝えて、助けに来て下さい」


「ははは、そうです、そういう必死な声が聴きたかったんですよ。心底助かりたいという声を聴きたかったんです。しかし、私も善人ではありませんからねえ。あなたを救い出す運動なんてまっぴらごめんですね。だいたいですね、絶体絶命のあなたを助け出すなんて、そんな力はマスコミにはありませんよ。出来るのはせいぜい真実を有りのままに伝えるくらいでしてね。それ以上の精力的な運動なんてしないもんなんです。それに、私に助けを求めたって、あなた、私の細腕でいったい何が出来ます? 雨中の駅前であなたのことを大衆に訴えてビラを配って署名を集めてそれで運動を起こせと仰るんですか? 嫌なこったですよ。それで国民の救えという声が高まってくる頃にはあなたはとっくに処刑されているでしょうよ。我が新聞社としては、少々残酷ですが、バラバラになったあなたの遺体の写真を誌上に公開して読者からせめてもの同情を集めるくらいしか出来ませんね。それではごきげんよう。ご遺言はそれで十分です。あなたがどんな死に方をしようが記事は書かせてもらいますよ」

それだけ言って電話は切れてしまった。私はすっかり絶望して、また脱力して受話器を元の位置に置いた。

「どうだ? 助けを呼べそうなのか?」

後ろから監視人が冷やかしとも思えるような冷たい声を投げてきた。

「いえ、駄目でした……。今のはマスコミからで、苦境に陥った私を冷やかすためにかけてきたんです」

「それは残念だったな。しかし、先ほどの約束通り今のも三回の内の一回に数えさせてもらうぞ。おまえが電話を使える権利はあと二回だけだ。さあ、よく考えて自分の権利を行使するがいい」

この作品は2012年の1月頃に書いた作品です。

気軽に感想をいただければ幸せです。この作品はアラブ系千葉文庫(http://www9.plala.or.jp/applepig/)にも掲載しています。できれば、そちらの方にも遊びに来てください。

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