年越しパーティー(中編)
「勿論、政略的な意味合いが強い縁談なのは確かだ」
バルシャニア帝国第一皇子グレゴリエと、アンジェお姉ちゃんの縁談に付いて訊ねると、クラウスさんは拍子抜けするほどあっさりと政略結婚だと認めた。
「随分とあっさり認めるんですね」
「そもそも、政略結婚の何が悪い?」
「だってクラウスさんとマリアンヌさんみたいに恋愛の末に結ばれた方が……」
「俺とマリアンヌが恋愛の末に結ばれたと、一度でも言ったことがあるか?」
「えっ? 違うんですか?」
「半分正解、半分不正解ってところだな」
元々、クラウスさんはヴォルザード家を継ぐつもりは無かったそうです。
実際、クラウスさんのお兄さんが家督を相続していたのですが、ロックオーガの大群がヴォルザードを襲った時に殺されてしまいました。
そこで、クラウスさんがヴォルザード家を継ぐことになったそうですが、当時は問題山積だったそうです。
「領地を治めるための資料や内容を把握している者も居たが、ロックオーガによる被害が大きくてな、ろくに領地経営の勉強もしていなかった俺にとっては、本当に辛い時期だったな」
ロックオーガによってメチャクチャにされてしまった街並みの復興、犠牲者の追悼、遺族への支援、クラウスさんは寝食を忘れて仕事に没頭したそうです。
とても今のクラウスさんからは想像できませんが、その時はとにかくお兄さんの遺志を継いでヴォルザードを立て直す事ばかりを考えていたそうです。
「あの頃の俺は、冒険者の間ではそこそこ顔が売れていたけれど、領主としては兄貴みたいに信頼されていなかったからな」
「えっ、だからマリアンヌさんと結婚したんですか?」
「リーゼンブルグとは断交状態、マールブルグはもうノルベルトの爺が治めていたが、あいつと親戚になるなんて真っ平だったからな」
今でも、あまり仲が良いとは言えないマールブルグ家との関係は、クラウスさんが領主を引き継いだ頃は、もっと険悪な仲だったそうです。
「となると、バッケンハイムの縁者か、ヴォルザードで信用を置かれている人物かの二択になっちまった訳だ」
「マリアンヌさんは、納得して結婚したんですか?」
「当たり前だ。当時のマリアンヌは、今のカルツみたいな感じだ。広くヴォルザードの民に知られ、信頼されていた。その頃、将来を約束していた男が居たのかは、あえて聞いていないが、例え居たとしても頼み込んで嫁にしていただろうな」
「よく、マリアンヌさんが納得しましたね」
「そりゃするだろう。誰よりもヴォルザードを愛していたんだ。俺と結婚したんじゃなくて、マリアンヌはヴォルザードと結婚したんだよ」
クラウスさんは、マリアンヌさんに結婚を申し込んだ時、傾いたヴォルザードを立て直すのに、どうしても必要だと言って口説き落としたそうです。
「この機会だから言っとくけどな、俺は結婚した後は一度も浮気なんかしてねぇからな」
「ということは、結婚前は違うってことですよね?」
「ば、馬鹿、結婚前は自由なんだから、そこは突っ込むんじゃねぇよ」
「でも、今の話からすると、グレゴリエ義兄さんが、どうしても……って口説いてきたんですか?」
「まぁ、そんな感じだな。バルシャニアとは、ケントのところにセラフィマ嬢が輿入れしてきているが、領主一家とは微妙に違うよな?」
僕はクラウスさんの娘であるベアトリーチェと結婚しているので、領主一家の親戚ではありますが、国分家の当主でありヴォルザード家の人間ではありません。
ですが、アンジェお姉ちゃんは間違いなくヴォルザード家の血を引いていますし、グレゴリエ義兄さんもバルシャニア皇家の血を引いています。
二人の結婚は、バルシャニア皇家とヴォルザード家が正式に姻戚関係を繋ぐ行為なのです。
「この縁談は両者にとって大きな意味を持つが、アンジェには自分で考えて最善と思う答えを出せと言っておいた。グレゴリエとも、手紙やタブレットを使って何度もやり取りをして決めたのだから、親としてはその意思を尊重するしかないだろう」
「クラウスさんは、バルシャニアとの結びつきが強くなることには反対なんですか」
「諸手を挙げて賛成という感じではないな」
クラウスさんには珍しく、歯切れの悪い言い方をしました。
「ぶっちゃけ、俺は孫やひ孫の代に、ヴォルザードがどうなっていようと知ったこっちゃねぇって思ってる。それよりも、アンジェの幸せを優先したい」
たぶん、アンジェお姉ちゃんの意思は尊重したいけど、バルシャニアに嫁いで行って大変な思いはしてほしくないのでしょう。
「バルシャニアは、どうしてアンジェお姉ちゃんを選んだんでしょうかね?」
「それは、ケントの方が良く分かってんだろう」
「えっ、僕ですか?」
「バルシャニア絡みで、散々あちこち飛び回ってきたのを忘れたのか?」
「うっ、そうでした……」
バルシャニアの置かれている状況は、ヴォルザードに比べるとはるかに不安定です。
国内には、ムンギアやボロフスカといった反体制派の民族を抱え、国の外では、フェルシアーヌ皇国の西で、キリア、ヨーゲセン、エルマネアの三国による争いが起こっていました。
「内乱や、西側の国と事を構えている時に、もしリーゼンブルグに攻め込まれたらどうなる?」
「それは、大ピンチに陥りますよね」
「だから、リーゼンブルグの抑えが必要なんだよ」
「でも、僕がセラフィマとカミラを嫁に貰っているし、長年の対立関係も解消されたんだから、リーゼンブルグが攻め込むような事は起こらないでしょ」
「ケントが生きているうちは大丈夫だろうが、お前だって何度も死に掛けてきただろう?」
「まぁ、そうですね……」
ゴブリンに生きたまま食われたり、リーゼンブルグの騎士に串刺しにされたり、某国の工作員に狙われたり、確かに結構死にかけてはいます。
あの時に比べると、僕自身もパワーアップしていますし、眷属たちの能力も上がっています。
「それでも、お前は不死身じゃねぇんだ。万が一、億が一って事態が起こるかもしれねぇだろ?」
「まぁ、可能性としてはあり得ますよね」
「だから、バルシャニアは楔を打っておきたいんだよ。リーゼンブルグが変な気を起こさないための楔をな」
「僕との関係だけでなく、ヴォルザード家とも姻戚関係を築いておくって事ですか、なるほど……」
僕としては、アンジェお姉ちゃんのバルシャニア行きに納得したのですが、唯生さんが疑問を呈しました。
「クラウスは、それで納得しているのか?」
「納得するもなにも、今言った状況も全て話し、アンジェが嫁に行かなくてもヴォルザードには何の問題も無いと言って、その上で決断したんだから、その意思を尊重するしか無いだろう」
「可愛い子には旅をさせろ……か?」
「何だそりゃ?」
「あぁ、日本にはそういう諺があるんだが、この状況とはちょっと違うかな」
唯生さんが諺の意味を説明すると、クラウスさんはなるほどといった様子で頷いていました。
「旅をさせるって意味では、外に出していたアウグストの方だな。だいぶ柔らかくなったみたいだし、あれならケントの常識外れな行動にも何とか付いていけるだろう」
「何を言ってるんですか、僕は至って常識人ですよ!」
「何言ってやがる、一人で国同士の諍いを止めてくるような奴のどこが常識人だってぬかすつもりだ!」
「それは、必要だったんですから仕方ないじゃないですか」
「普通はな、必要だと思っても、どうにもならねぇもんなんだよ」
「じゃあ、放置しておけば良かったって言うんですか?」
「そうじゃねぇだろ、下らない争いを止められるなら止めた方が良いに決まってる。良いか悪いかじゃなくて、常識の範囲かそうじゃないかって話だ」
そう言われてしまうと、確かに僕の行動は常識外れだとは思います。
でもなぁ、面と向かって常識外れって言われるのはなぁ……。
「なぁに、湿気た面してやがるんだ。もうすぐ新年なんだぞ、ほら、飲め、飲め!」
「まぁ、飲めと言われれば飲みますけどねぇ……」
お酒はこの日のために用意した、とっておきだから美味しくない訳がないんです。
ツマミも普段以上に凝った料理が並んでいます。
「ケント、来年のことは来年考えれば良いんだよ」
「でも、もうすぐ来年ですよ」
「馬鹿だな、日付が変わったら、次の日の自分に任せれば良いんだよ」
「また、そんな適当な……」
「馬鹿言うな、湿気た面して休日を過ごすより、笑って過ごした方が良いに決まってんだろう」
「まぁ、そうですね」
「ほれ、飲め、飲め、今夜は俺も酒を持って来たからな、朝まで飲むぞ!」
うわぁ、今夜の酒は長くなりそうです。





