年末の買い物(バルディーニ)
※今回は、クラウスの次男バルディーニ目線の話です。
冒険者としてコンビを組んでいるルニンに誘われた。
「年越しの買い物に行かないか?」
「年越しの買い物?」
「年末から年初に掛けて、一週間程度は殆どの店は休みだから、その間に食う物とか飲む物を買っておくんだが、もう用意しちまったか?」
「いや、まだだ……行こう」
これまで、年越しはヴォルザードの屋敷で、家族揃って迎えるのが通例となっている。
その時に必要な物などは、全部屋敷の誰かが用意してくれていて、自分はそれを当たり前のように飲んで食ってしてきたのだ。
「広場にマーケットが出ているから、そこならまとめて揃えられるぞ」
「そうなのか、これまでは親が準備してくれていたから、そういうのには疎いんだ」
「だと思った。俺が声を掛けていなかったら、ディーニは新年を迎えられずに餓死していたかもしれないな」
「ははっ、さすがに餓死はしないだろうが、空腹を抱えていることになっていたかもしれないな」
年末年始の間は、ギルドも閉まっているので、ギルドの酒場で食いつなぐという手段も使えない。
「ディーニ、お前、まさか手ぶらで行くつもりじゃないだろうな?」
「えっ、マズいのか?」
「約一週間分の食料だぞ、お前が小鳥みたいに小食だって言うなら手ぶらでも構わないが、そうじゃないなら、デカい鞄か袋を持って来い」
「そうだな、ちょっと待っていてくれ」
下宿の部屋に戻って、何か良い袋は無いかと探してみたが、そもそも殆ど買い物をしていないから買い物袋も無い。
「あとは、これか……」
唯一、適当な大きさの袋は洗濯物を入れておくために使っているものだ。
袋に入っていた洗濯物をベッドの上に出して、袋に鼻を近づけてみると汗臭い気がする。
だが、他に適当な袋も無いので、諦めてその袋を持参した。
「待たせたな、行こうか」
「おぅ!」
ルニンに案内されたマーケットは、街の中心にある広場で、年末前の期間だけ開かれているものらしい。
「ディーニ、このマーケットには金持ちは開始直後、貧乏人はギリギリのタイミングで買い物に来るんだぜ」
「なんでだ?」
「開始直後は品揃えは豊富だが、店の人間はマケてくれない。開催期間ギリギリだと、人気の品物は売れてしまうが、そうでない物は売れ残ったら困るから、バンバン値引きしてくれるんだ」
「なるほど、俺たちは値引き品を狙うんだな?」
「その通り……なんだが、古い品を掴まされてちまうと、休みが終わる前に傷んで食えなくなっちまうから、見極めも重要なんだぜ」
「なるほど……」
実家や学院の寮で暮らしている頃には、物を値切った経験は無かったが、ルニンと一緒に行動するようになって、少しずつだが値切ることも覚えた。
ルニン曰く、値切りは双方にとっての利益になるのが大前提だそうだ。
脅したり、嫌がらせをしたりして値切るのは論外で、双方が気分よく取り引きを終えられないなら、値切る資格が無いらしい。
「ルニンは、何を買うんだ?」
「俺か? 俺はドライソーセージ、チーズ、キャベツの酢漬け、ナッツ、ドライフルーツとかかな」
「みんな、そんな物なのか?」
「後は日持ちのする黒パンが定番だが、それはディーニの下宿に頼もうぜ」
「あぁ、そうだな……」
俺が下宿しているのはパン屋の二階で、日頃から売れ残ったパンを貰ったりしている。
一応、下宿代は払ってはいるが、どう考えても金額が釣り合っているとは思えない。
「ルニン、下宿の主に、日頃世話になっているお礼をしたいんだが、何を買えば良いかな?」
「それなら、ちょっと良い酒はどうだ? あんまり高い酒だと、かえって気を使わせちまうから、ちょっと良い酒にしとけよ」
「そうか、そうだな……」
それから、ルニンに色々と教わりながら、年末の買い物をしていった。
一週間分ともなると、結構な量になるので、袋はすぐに満杯になってしまった。
「色々買ったが、その割には金を使っていない気がするな」
「それは勿論、俺様の値切り技のおかげだろう」
ルニンは、目ぼしい店を見つけると、試食はできないかと尋ねるところから始める。
試食を断ったり、渋々といった感じで試食を出す店では買わず、快く試食させてくれる店と値段の交渉を始める。
そして、値段の交渉を始める前に、大袈裟だろうと思うぐらい商品の味を誉めるのだ。
「こいつは美味いな、こいつをツマミに酒を飲みながら新年を迎えるのは最高だろうな。俺の分と、こいつの分、二人分買うから少しマケてくれよ」
通りがかりの客が褒めていれば、そんなに美味いのかと他の客も興味を持つ。
つまり、宣伝する代わりに少しマケてくれということなのだ。
たいていの店主は、ルニンの意図に気付いてマケてくれる。
マーケットも今日と明日までらしいので、店主も売り切りたい、マケるタイミングを計っている頃なんだそうだ。
ルニンは前日に下見をしていて、目当ての商品の値段は全て頭に入っているらしい。
冒険者よりも商売人になった方が良いのではないかと思ってしまうが、これも冒険者として生きていくための知恵なんだそうだ。
目当ての品を買い込み、そろそろ帰路につこうとしていたら、前からこちらに向かってくる一団に気付いて、ルニンを脇道へと引き込んだ。
「ルニン、ちょっとこっちも見てみたい」
「えっ、そっちは……まぁ、いいけど」
前から来たのは、学院の制服を着た一団で、その中に顔見知りがいたのだ。
確か、商家の息子だったと思ったが、学院に通っていた頃には歯牙にもかけない存在だった。
顔を伏せて、脇道へ入る俺を見て、ルニンは言いかけた言葉を飲み込んだようだった。
人込み越しに覗き見た一団は、男子三人、女子三人のグループで、和気あいあいと買い物というよりも年末の風物詩を楽しんでいるように見えた。
本来ならば、自分もあの場所へ……いや、もっと上流な生活を送っていたはずだ。
向こうは、こちらのことなんか覚えていないかもしれないが、顔を合わせて今の暮らしを見られるのは恥ずかしいと思ってしまったのだ。
このまま気付かれずにやり過ごせば……と思った時だった、酔っぱらいのオッサンが六人組の一人とぶつかった。
「気をつけろ、何処見て歩いている!」
「ふははは、そうカリカリするな若者よ。心の狭い男はモテないぞ……」
そう言いながら、俺たちの方へと歩いてきた酔っぱらいの前に立ち塞がる。
「おい、盗んだ財布を出せ! そこのお前、財布を掏られたぞ!」
酔っ払いが学院の生徒にぶつかった瞬間、ポケットから財布を掏り取るのが見えたのだ。
「ちっ、捕まってたまる……がはっ!」
身を翻して逃走を図った酔っぱらいの鳩尾に、ルニンが拳を突き入れた。
「掏りだ! 掏りを捕まえたぞ!」
大声を上げると、マーケットの警備に当たっていた守備隊員が駆けつけてくれた。
酔っ払いを装った掏りを守備隊員に引き渡し、財布は持ち主の元へと戻った。
「ありがとうございました。あの……バルディーニ様では?」
「ひ、人違いだろう」
礼を言ってくる学院の生徒と、まともに目も合わせられなかった。
守備隊員からも色々と事情を聞かれたが、見たままを伝え、身分はFランク冒険者のディーニだと言い張っておいた。
「知り合いだったんじゃないのか?」
「色々あるんだよ……」
ルニンの追及に、言葉を濁すことしかできなかった。
「そうか、でも咄嗟に掏りを捕まえようと思ったディーニは立派だったぞ」
「いいや、胸も張れない、目も合わせられない、情けない男だよ」
「そんな事は……まぁ、ディーニがそう思うなら、好きにしな。そうだ、下宿の主の酒がまだだったな」
「あぁ、そいつは忘れられないからな」
買い物の最後に下宿の主に渡す酒を買い、ルニンと二人で帰路に着いた。





