『ラスト・・・・』(完結編)
〇新田和樹の場合
『漫画を読むとバカになる』
小学生になった頃から何度も聞かされた言葉だが、これは勉強ばかりしていて世間を知らないバカの言葉だ。
俺は、人生において大切な事を、みんな漫画から学んできた。
昨日だってそうだ、ひょんな切っ掛けで知り合ったポチャ子ことヒメアは、正直に言って俺のタイプではない。
俺のタイプは、もっとアッハーンでウッフーンなお姉さんなのだ。
いくらラスト・モテないの称号が掛かった勝負をしている最中でも、これは無いだろうと思いかけた時に、漫画で読んだ大切な事を思い出したのだ。
それは、三十路の喪女が婚活に奮闘する漫画なのだが、先に幸せを掴んだ喪女仲間から言われた言葉だ。
『バカね、良い男は捕まえるんじゃなくて、自分の手で育てるのよ』
そうだ、良い女を捕まえるのではなく、自分の手で良い女に育てれば良いのだ。
話を聞くと、ヒメアは俺たちよりも二つ年下らしい。
ポッチャリの枠からはみ出しそうになっているが、顔形は悪くない。
腹は出てるが、胸の発育は悪くない……というより、かなり良い。
よくよく観察してみると、素材としては悪くない気がする。
ヒメアは冒険者志望なのかと思いきや、運動が苦手なので既に諦めているそうだ。
まぁ、その体型を見れば分からなくもない。
実家が革細工の店をしていて、手袋や革鎧など、冒険者が使う防具や道具も作っているそうだ。
そんな関係で、自分は冒険者を支える存在になりたいそうだ。
ところが、ヒメアの父親は、いわゆる頑固職人だそうで、店に出入りしているのはベテランの冒険者ばかりらしい。
将来、自分が支える若手冒険者を探しに訓練場を訪れて、俺と知り合ったそうだ。
日本から召喚されたとか、国分の知り合いという事は隠して、これまでの依頼の実績なんかを少し話すと、ヒメアは自分を専属の職人にしてくれと言い出した。
オーダーメイドの革鎧とかグローブには、正直憧れているし、注文するだけの財力もある。
だが、肝心の物を見てみないと何とも言えないので、今日はヒメアの父親がやっている店を訪れる予定だ。
いきなり、娘さんをください……なんて言う訳ではないのだが、ちょっと下心のある女の子の父親に会うというのは少々緊張する。
まぁ、親父さんは良い職人みたいだから、その品物を見物するだけでも価値はあるだろう。
ヒメアと知り合いになり、いい感じに育成計画を進め始め、勝負も一歩リードしたと思っていたのだが、達也が昨夜は帰って来なかった。
あいつに限って、知り合ったばかりの女と一夜を共にするなんて事は、絶対にあり得ないと思うのだが、勝負の最中だけに金の力を使って……なんて可能性も無くはない。
もし、そうだとしたら、俺がラスト・モテないになってしまう。
朝飯を食べ終え、ニヤニヤと意味深な笑みを浮かべた綿貫が出掛けていくのを見送り、俺も出掛けようと思った頃、ようやく達也が帰ってきた。
「おぅ、どうしたんだ、フローチェさんに断りも入れず」
「あぁ、焼肉屋のオッサンが歓楽街の近くに新しい店を出しててさ、隣近所から煙についての苦情が来て困ってるっていうから、ダクトを付けるようにアドバイスしてやったんだよ」
「あぁ、そんで飲ませてもらったのか」
「そうそう、なんか盛り上がっちまって、酔い潰れちまった」
「俺はてっきり娼館にでも、しけ込んでたのかと思ったぜ」
「ないない、女じゃねぇよ……」
女絡みではないのは、まぁ当然なんだろうが、正直ほっとした。
「んじゃ、俺はちょっと出て来るからよ」
「ん? どこ行くんだ?」
「革細工の店だ」
「はっ? 何しに?」
「オーダーメイドの革鎧とかを見てくるつもりだ」
「おぅ、いいな。ちょっと待て、俺も行く」
「いや駄目だろう。勝負の最中は依頼以外では一緒に行動しないんだろう?」
「あぁ、そうか……」
「じゃあな」
「あぁ……」
そこで話を終えて出掛けようとしたのだが、達也に呼び止められた。
「和樹!」
「何だよ、まだ何かあんのか?」
「いや、この勝負って、いつまでやるんだ?」
「はぁ? そりゃあ、俺かお前、どっちかに女が出来るまでだろう」
「期日は?」
「期日?」
「いや、いつまでもダラダラやっても、しょうがなくね?」
「まぁ、そうだけど……お前、何か当てがあるのかよ」
「いやいや、無い無い、無いけど……いつまでやんのかと思って」
「じゃあ、一ヶ月……は短いか。三ヶ月ぐらい?」
「ゴールは?」
「ゴール?」
「ほら、付き合うって告ってOKもらうまでか、それとも……関係を持つまでとか……」
「お前、まさか女を酔わせて既成事実を作ろうなんて考えてんじゃねぇだろうな?」
「ばっ、馬鹿野郎、そんな訳ねぇだろう。それやったら犯罪だろう、犯罪」
達也の慌てふためく様子を見ると、ちょっと考えていたのかもしれない。
「分かってればいいけど、やるんじゃねぇぞ。それと、ゴールは告ってOKでいいんじゃね?」
「だよな……うん、それでいいや……」
「お前、何か企んでんのか?」
「いやいや、無い無い、なんも企んでなんかいねぇよ」
「本当かぁ? 酔わせて、手籠めにして、写真とか動画で脅すとか無しだからな」
「馬鹿やらねぇって言ってんだろう」
「お互い、犯罪行為は無しだからな」
「分かってるよ」
「んじゃな……」
「おぅ……」
達也の奴が何を考えているのか分からないが、何か隠し事をしていることだけは確かだ。
シェアハウスの玄関を開けたところで、達也が何か呟いた。
「はぁ……彼氏面すんな……てか」
「ん? なんか言ったか?」
「いや、なんでも……」
何か怪しい……何でもないと手を振っているが、あれは完全にやらかしている顔だ。
たまに別行動したらこれだから、マジで世話が焼ける。
でも、今は自分のことに専念しよう。
ヒメアの父親ダリルの店は、鷹山が燃やした靴屋の近くだった。
これは、正体がバレると面倒そうな気がする。
ヴォルザードは、東京で例えると下町みたいな雰囲気がある。
近所の話は、全部筒抜けで広がっていると考えるべきだ。
当然、靴屋の騒動は知られているだろうし、鷹山は和解したと言ってたが、近所の住民感情まで良くなったかどうかは分からない。
むしろ、悪化したままだと思っておいた方が良いだろう。
「こんちわ……」
「手前がカズキか!」
「うぇっ!」
店の戸を開けた途端、髭面のオッサンに怒鳴り付けられた。
「そうですけど……」
「手前なんぞに娘はやらん!」
「はぁ?」
「ヒメアの二つ上でCランクだと? 寝言ほざくな、嘘のランクをチラつかせて気を引こうなんて奴には売る物なんか無ぇ! とっとと帰りやがれ!」
「お父さん!」
「お前は黙ってなさい!」
以前、近藤が言ってたが、俺らがCランクに上がったのは大人の事情だそうで、俺たちの歳では異例の出世らしい。
身近に国分なんてイレギュラーが居るから麻痺しているが、俺らも同年代では出世頭なのだ。
ヒメアの話がどう伝わっているか分からないが、ダリルはだいぶ頭に血が上っていそうだし、今は話をしても無駄だろう。
「帰れと言うなら帰るけど、専属の話は物次第だと言ってあるし、俺はギルドのランクを偽るほど馬鹿じゃねぇからな」
「やかましい! とっとと帰りやがれ!」
「へぃへぃ……あっ、それと、あんた、こんな事を続けてっと、娘に嫌われるぞ」
「なんだと、この野郎」
「ヒメアは、あんたの仕事ぶりに憧れて、自分も冒険者を支える職人になりたいんだ。その自分の夢を憧れの人間に邪魔されるのが、どんな気分か良く考えるんだな」
「うるせぇ! 小僧が利いた風な口をきくな!」
「へぃへぃ……」
言いたいことは全部言ったし、日本だったら塩でも撒かれそうな勢いなので、素直に退散することにした。
どうやら、育成計画は初日にして破綻したみたいだ。
この調子じゃ、俺がラスト・モテないだな……。
重たい気分を抱えて、このままシェアハウスに戻る訳にもいかず、また実戦訓練場が見える城壁上に来てしまった。
今日もペデルのオッサンが指導をしている。
「はぁ、俺もペデルのオッサンみたいに、女に縁が無くオッサンになっちまうのかねぇ……」
駆け出しの連中が、国分厳選のゴブリンに遊ばれている様子を眺めていたら、後ろから声を掛けられた。
「すまねぇ、俺の勘違いだった」
振り返った先に居たのは、ダリルとヒメア父娘だった。
「ヒメアに言われてギルドでランクを確認させてもらった。お前さんが正真正銘のCランクで、若手のホープだと言われたよ」
ダリルのオッサンは、得意先のベテランに固執するあまり、若手冒険者の現状に目を向けて来なかったらしい。
今回の件をこっぴどくヒメアから怒られて、ちょっと反省したらしい。
「俺は、冒険者を支える心を見失っちまってた。そいつを思い出させてくれたのは、ヒメアとカズキ、お前さんだ。疑ってすまなかった、それと、ありがとう」
親子ほども年の離れたオッサンに、頭を下げられるのは居心地が悪い。
「もういいっすよ。分かってもらえれば、それでいいっす」
「あぁ、改めて俺からも頼む、ヒメアを末永く可愛がってやってくれ」
「えっ? 末永く……?」
「こいつは、まだ成人前だからな、祝言を上げるのは学校を終えてからになるが、一緒に住みたいっていうなら止めはしない」
「いやいや、祝言とか同棲とか……」
「なんだぁ? まさか、遊びだったって言うんじゃねぇだろうな?」
「いや、遊びじゃねぇけど……」
「なら、文句は無ぇな……」
「カズキさん、よろしくお願いします……」
「えっ、えぇぇぇぇ……」
いやいや、待って待って、これって俺が勝負は勝ちってことなのか。
いやいや、勝っちゃって良い……いや、駄目だろう……でも……えぇぇぇぇ……。





