意外な物証
再び眷属総出で穴ウサギの巣穴を捜索すると同時に、空間の歪みを探し回りましたが、発見できませんでした。
そもそも、穴ウサギの巣穴はモグラの穴より少し大きい程度なので、見つけること自体が困難です。
穴の内部には、複数の穴ウサギが集まるホールのような空間があり、そこに空間の歪みがあるはずだと思っていたのですが、複数の巣穴を駆除しても歪みはありませんでした。
「うーん……無いなぁ」
『ありませぬな。やはり環境の変化で、穴ウサギの生態も変わっているのかもしれませぬな』
空間の歪みは発見できない一方で、穴ウサギの増え方が急すぎる、疑問が残ったまま駆除を続けていると、チルトがひょっこり現れました。
「わふぅ、ご主人様、ウサギ臭い箱があるよ」
「ウサギ臭い箱?」
「わぅ、すっごくウサギ臭いの」
ちょっと何を言っているのか分からないのですが、とりあえず現物を見に行きましょう。
チルトが僕らを案内したのは、今回の異常発生の中心地であるジョレンテ子爵領の森の中でした。
「これだよ、これ、これ」
「これがウサギ臭い……って、ホントに臭っ!」
チルトがウサギ臭いと言っていた木箱は、大人が抱えて持ち上げられる程度の大きさで、近づくと汚れた飼育小屋みたいな臭いがします。
「何だこれ……」
箱の中は、いくつかの間仕切りがされているものの、どの仕切りの中も動物の毛と糞にまみれています。
「穴ウサギが住み着いていた……って感じじゃないよね?」
『ケント様、これは穴ウサギを運搬するための箱ではありませぬか?』
「捕まえた穴ウサギを運ぶため……だったら、糞よりも血が付いてそうだよね」
『ですから、生きた穴ウサギを運ぶための箱でしょうな』
ラインハルトに言われて確認してみると、木箱には空気穴のようなものが開けられています。
「誰かが、穴ウサギを運び入れて放したってこと?」
『この箱の様子を見る限り、そう考えるのが妥当でしょうな』
「じゃあ、今回の異常発生は、誰かの手で仕組まれていたってこと?」
『そう考えれば、短い頻度で異常発生が起こったことにも説明が付くのではありませぬか?』
空間の歪みが見つかっていないのに、短い頻度で穴ウサギが異常発生を繰り返し、この木箱が発見された。
誰かが悪意をもって穴ウサギを放して、異常発生を引き起こしていると考えるべきなのでしょう。
「目的は、政情不安を引き起こすため?」
『フレッドが、貴族や王族への不満が高まっていると言っておりましたが、穴ウサギの厄介さを考えれば、対応は上手くいった部類です』
厄介な魔物の討伐を行い、被害は出たものの最悪の事態になる前に食い止めたのであれば、称賛こそすれども非難する理由にはならないはずです。
「それでも、不満を口にする人が増えているってことは、誰かが裏から糸を引いている?」
『そう考えるべきでしょうな』
自分達で魔物を増やしておきながら、その対応にあたった貴族や王族を非難するなんて、質の悪い自作自演にも程があります。
「問題は、それが誰の仕業で何を狙っているかって話だよね?」
『そうですな……穴ウサギの増え方からみると、特定の貴族を狙ったというよりも、国全体の政情不安が狙いのように感じますな』
特定の貴族だけを狙い撃ちにするのであれば、その貴族の領地に重点的に穴ウサギを放せば良いのですが、前回と今回では領地が異なっています。
「国全体が狙いだとすると、ディートヘルムの王位継承に対して不満を持っている者の仕業ってことかな?」
『今の時点で、可能性を限定するのは敵を利するだけですが、その可能性が高いでしょうな』
「でもさ、ディートヘルムが王様になるのが気に入らないとしてだよ、その人は誰が王様になれば良いと思っているんだろう? まさかカミラじゃないよね?」
『その可能性もゼロではございませぬが、それよりも王家を頂点とした仕組みを壊そうと考えている者かもしれませんな』
こちらの世界では、国王や皇帝を中心とした専制君主制が主流ですが、国民が政治に参加する民主政治の国もあるそうです。
「考えてみれば、リーゼンブルグは前の国王が酷すぎたから、王制に反対する者がいたとしても不思議ではないよね」
『そうですな、国王は宰相に政務を丸投げ、王子たちや貴族たちは次の王位を巡って派閥争いに熱中し、国西部の砂漠化の問題を放置している有様でしたからな』
「実際、バルシャニアが攻め込んで来ていたら、最悪国が無くなっていたかもしれないもんね」
『その通りです。ケント様が止めていなければ、国の半分程度は攻め取られていたでしょうな』
「そうした国の状況に、一番腹を立てていたのって、どんな人たちなんだろう? 農民? それとも商人?」
『さて、不満の種は殆どの国民が抱えていたと思いますぞ』
「でも、愚王が死んで、カミラ、ディートヘルムと王位が引き継がれることになって、状況は良くなっているよね? 国が良い方向に向かっているのを邪魔するほど王家の信頼が無くなってるの?」
『さて、地に落ちた信頼が、どこまで回復しているのかは、調べてみないと分かりませんな』
ヴォルザードで暮らしている僕からすると、リーゼンブルグとは交易が盛んになり、国が良くなっているようにしか見えていませんでした。
ようやく最悪な政権が終わりを迎え、これからリーゼンブルグは良くなる一方だと、民衆も希望を抱いているものだと思い込んでいました。
『ケント様、民衆の仕業と決まった訳ではありませんぞ。王家や貴族がどうこうという話ではなく、単純に私欲を満たすために穴ウサギを放っているのかもしれませんぞ』
「そうだよね、魔物を増やして野に放つなんて行為を働く者が、大義のために動いているはずがないよね。何らかの方法で私腹を肥やそうとしている奴らの仕業でしょう」
『いずれにしても、このような非道な行いをする者を放置しておくわけにはいきませぬ』
「だよね、でも、どうやって捕まえる?」
『おそらく、この箱で穴ウサギを放した者は、組織の末端でしょうな』
「もし捕まっても、何も知らされていないから答えようがない……そんな奴らってことだよね?」
『その通りですぞ。そいつらを使っている連中を捕らえねば意味がありませぬ』
改めて箱を観察してみると、ここに穴ウサギを詰め込むと、結構な重量になりそうです。
「一人で運べるギリギリの重さかな?」
『身体強化の魔術を使えば、問題なく運べるでしょうな』
「でも、昼間に運んでいたら、さすがに目立つよね?」
『そうですな、見とがめられたくは無いでしょうし、もし騎士団や官憲などに見つかれば、間違いなく捕らえられるでしょう』
「だとすれば、運んでいたのは夜ってことか」
街中ならば街灯が設置されている場所もありますが、街の外に出れば、街道といえども夜は真っ暗です。
人通りも絶えてしまいますから、例え不審な箱を運んでいたとしても、目撃される可能性は僅かでしょう。
『これはワシの勘ですが、コルトーネ伯爵領とジョレンテ子爵領、異常発生が起こった場所から等距離で、かつ人目につきにくい場所にアジトがあると思いますな』
「アジト……そうか、放すための穴ウサギを増やさないといけないのか。だったら、人目に付きにくい山の中とかかな」
『コボルト隊とゼータたちに捜索させましょうか?』
「こちらの穴ウサギが片付いてからでいいよ。放している人間がいるなら、僕らの処理速度を見せつけてやろう」
『ぶははは、そうですな。我々が迅速に処理してしまえば、また新たに穴ウサギを放すしかなくなるでしょう』
「そうだね、奴らを焦らせれば、尻尾を出す可能性も高まるだろうね」
穴ウサギの騒動は、思わぬ方向へと転がり始めました。
空間の歪みはありませんでしたが、穴ウサギを放す奴らがいるなら、捕まえて処罰を受けさせるしかありませんよね。





