再燃
一週間ほど掛けてコルトーネ伯爵領の穴ウサギを駆除した後、ディートヘルムと相談して他の領地の穴ウサギの駆除も進めました。
各地に眷属を配置し、穴ウサギによる食害が無くなったことを確認して、騒動は一応の終結となりました。
今回、穴ウサギによる食害が広がったのはリーゼンブルグ王国の東部で、元は第二王子派が集まっていた穀倉地帯です。
あのまま穴ウサギによる被害が広がっていたら、冬蒔き小麦が壊滅的なダメージを受けてしまうところでした。
とは言え、一番被害が深刻なコルトーネ伯爵領では、作付け面積の四割ほどが食い荒らされてしまっているそうで、これから回復度合いにもよりますが大幅な収量減は避けられないようです。
被害が大きかった地域に対する支援については、僕の管轄ではありませんので、ディートヘルムに頑張ってもらいましょう。
「いやぁ、面倒な相手だったけど、無事に解決して良かったね」
『そうですな……これで解決となれば良いのですが……』
「ラインハルト、何か不安なの?」
『穴ウサギの大量繁殖は、過去にもあったのですが、それと比較しても今回は広がり方が急だった気がします』
僕は過去の事例についての知識が無いので判断のしようがありませんが、ラインハルトたちからすると今回の事例は急すぎるようです。
「それって、ラインハルトたちが生きていた時代とは環境が変わってきているからではないの?」
『勿論、その可能性はございますが、特別に気温が上がったり、下がったりもしておりませんし、大きな台風が来ましたが、農作物への影響は限定的でした』
ラインハルトたちの話では、穴ウサギが大量発生するのは、草などの生育が悪くなった場合が多いそうです。
食料が少ない時期が続き、そこから食料が急に増えるといった状況が起こると、種を保存しようとする本能が働いて繁殖行動が活発になるようです。
「農作物への影響は限定的でも、穴ウサギの主食となる草が台風で流されたりしたとか?」
『そうですな、そのような事態が起こっていたと考えるべきなのでしょうな』
「でもさ、増えすぎた個体は駆除できたんだし、観察は必要かもしれないけど、大発生みたいな事態は避けられたんじゃない?」
『それは間違いありませぬな。リーゼンブルグ王国東側の穀倉地帯が全滅するような、最悪の事態は回避できたはずです』
リーゼンブルグの穀倉地帯が全滅なんてしたら、隣国のランズヘルト共和国にも絶対に影響が出ます。
穀物を生産している人たちは、価格が上がって懐が潤うかもしれませんが、一般の人たちの家計が圧迫されてしまいます。
魔の森に近く、耕作が難しいヴォルザードでは、穀物は他の領地からの輸入に頼っています。
その価格が上がれば、アマンダさんのお店とかでも経営に影響が出かねません。
それだけならばまだしも、穀物が不足して手に入らない……なんて事態が起これば、暴動とかが起こるかもしれません。
「そう考えると、ギガースとかグリフォンみたいな強力な魔物よりも、穴ウサギの方が厄介かもしれないね」
『そうですな、何にしても、早めに退治できて良かったですな』
そうです、確かに退治できたはずです。
周辺地域も含めて、約一週間監視活動も続けて、もう食害は起こっていなかったはずなのに、監視を終えてから十日ほど経った午後、またリーゼルトがひょっこり現れました。
「わぅ、ご主人様、またウサギが出た」
「えっ、ウサギって、穴ウサギ?」
「そう、また増えてるみたい」
「そんな……あれから十日しか経ってないんだよ」
「でも、また増えてるよ」
「ラインハルト、穴ウサギって、そんなに簡単に増えるもの?」
『いや、さすがに十日やそこれらで増えたりはしませんぞ』
穴ウサギがネズミの仲間だったとしても、ネズミでも子供が産まれてくるまでには二十日以上は掛かるはずです。
しかも、産まれた直後から繁殖できる訳ではありませんから、こんな短期間では増えるはずがありません。
『ケント様、これは根本原因を取り除かないと、何度でも繰り返すのではありませんか?』
「だよね、ちょっと調べてみよう」
リーゼルトの話によれば、今回新たに穴ウサギの被害が広がっているのは、コルトーネ伯爵領よりも北方のジョレンテ子爵領だそうです。
コルトーネ伯爵領とは領地を二つ挟んでいるので、もしかすると前回の駆除で漏れがあったのかもしれません。
ジョレンテ子爵領では、農家の皆さんが総出で農地の周囲の藪を大きな鎌を使って薙ぎ払っています。
そして、穴ウサギの巣穴を見つけると、赤い布を付けた長い棒を地面に刺していきます。
こうして巣穴の場所を確定させているようです。
ただし、穴ウサギは体が小さいので、穴の大きさはモグラの巣穴に毛が生えた程度です。
広い農地の周囲から、見つけ出すのは容易ではありません。
それに、農地の周囲だけでなく、農地の中に巣穴がある場合もあります。
せっかく育ってきた冬蒔き小麦を刈り取る訳にはいきません。
「これって、麦が育つほどに対処が難しくなりそうだね」
『農家にとっては死活問題ですな』
「とりあえず、王城で状況を確認してから駆除を始めよう」
『了解ですぞ』
リーゼンブルグの王都アルダロスに行き、ディートヘルムにジョレンテ子爵領で駆除作業を行うと通告しに向かったのですが、王城は重たい空気に包まれていました。
執務室の大きなテーブルに広げられた地図には、新たな×印が記されていました。
「この前駆除したよりも、北側の地域みたいだね」
『十分に監視活動を行ったつもりですが、それでも抜けがあったのでしょうな』
「そうなのかなぁ……」
『何か気になりますか?』
「抜けがあったとしても、今度の被害が北側に偏ってない?」
地図を見る限りでは、今回被害が広がっている地域は、前回駆除作業を行ったエリアの北側に集中しています。
『言われてみると、そうですな』
「それにさ、被害が出ている場所の中心は、駆除を行った地域からは離れてるよね?」
『確かに、そうですな。前回は、コルトーネ伯爵領が被害の中心で、今回の中心はジョレンテ子爵領の中でもかなり北側に見えますな』
「だよね。前回の抜けだったら、駆除した地域の端から広がっていくんじゃない?」
『おかしいですな、やはり空間の歪みが発生しているのではありませぬか?』
「うん、この前は発見できなかったんだよね」
『我々が捜索した範囲では、確認されておりませぬ』
「既に閉じてしまっていたのか、もしくは最初から歪みは無かったのか……」
『しかし、空間の歪みも無しで、このような増え方をしますかな?』
「それもそうか……とりあえず、増殖の中心部分を重点的に捜索してみて」
『了解ですぞ』
僕も眷属のみんなと一緒に、穴ウサギが増えているという情報の中心地付近で捜索に加わりましたが、空間の歪みのようなものは発見できませんでした。
穴ウサギの駆除は進んだのですが、どうもスッキリしません。
それと、穴ウサギによる被害が広がったせいなのか、コルトーネ伯爵領では不穏な空気が流れているようです。
『貴族や王家に対する不満が高まってる……』
情報を持ってきてくれたフレッドによれば、この先の不安や不満を口にする人が増えているらしい。
『ただ、コルトーネ領では穴ウサギの騒動が下火になったから、不平不満も収まりつつあるけど、穀物の出来が想定よりも悪かったり、価格が大きく上がったら爆発するかも……』
どこの世界でも政治に対しては不満を口にするものですが、こちらの世界では日本と違って貴族を声高に批判すると罪に問われたりします。
それでも不満を口にする人が増えているということは、穴ウサギの駆除はギリギリで間に合ったといったところなのでしょう。
「とにかく駆除して、空間の歪みを探そう」
『りょ……』
終わったと思った穴ウサギ騒動、今度こそキッチリと終わらせてやりましょう。





