ウサギ狩り(中編)
「さて、ちゃっちゃとウサギ狩りを済ませちゃおうかね」
『ケント様、穴ウサギはそんなに簡単な相手ではありませぬぞ』
「そうなの?」
『そうでなければ、リーゼンブルグがケント様に助けを求めたりしませんぞ』
ラインハルトが言うには、穴ウサギはなかなか面倒な相手のようです。
『奴らが討伐しにくいのには、いくつかの理由があります』
「たとえば?」
『まずは、夜行性のために昼間は巣穴から出てきませぬ。それゆえに、一般の者たちが捕らえるのは困難になりますな』
普通の人達は、僕らのように夜目が利きません。
そのため、夜間に姿を見せても、それを見つけて追跡して巣穴を発見するのは大変なんだそうです。
『加えて、穴ウサギはとても臆病な性格をしているので、探す側が明かりで照らしたりすると、一目散に逃げ出して姿をくらませます』
「じゃあ、昼間のうちに巣穴を見つけて、追い出して捕まえれば良いんじゃない?」
『穴ウサギは、その名の通り穴を掘るのが得意で、一つの巣には複数の出入り口を設けます。巣も長大で、一つの出入口から燻しても、大抵の場合は他の出入口から逃げられてしまいます』
「でも、追い出しが成功すれば、あとは巣穴の外で捕らえれば良いんじゃない?」
この世界には魔法が存在していますので、風属性の魔法を使えば煙を巣穴深くまで送り込んで、穴ウサギを追い出すことは出来るでしょう。
そして昼間ならば、巣穴から追い出してしまえば追跡が可能でしょうし、討伐もできるはずです。
『ところが、そう簡単にはいかぬのです。穴ウサギは、同族意識が高く、縄張り意識が希薄な魔物とされています』
「えっと、簡単に言うと?」
『一つの巣穴から逃げ出しても、別の群れの巣穴に逃げ込んでしまうそうですぞ』
普通、群れを作る生き物は、別の群れの個体を受け入れないものですが、穴ウサギは逃げて来た別の群れの個体を匿ってしまうそうです。
次の巣穴から追い出せば、また別の巣穴に逃げ込んでしまうの繰り返しのようです。
退治する側にしてみれば、とにかく自分たちの土地から居なくなってくれれば良いので、延々と追いかけ続けず、ある程度追い払うと完全に退治するのを断念してしまうそうです。
とにかく生き残って数を増やすというのが、穴ウサギの生存戦略のようです。
「それじゃあ、穴ウサギを効率良く仕留めるには、巣穴の全体像を把握して、逃がさず討伐する必要があるのかな?」
『全ての出入り口を押さえる必要がありますが、それがとても難しいのです』
その巣穴の探索ですが、風属性の探査魔法を使うと、魔力の動きを察知して逃げ出してしまったり、新たな出口を作ったり、巣穴の形を変えたりもするそうです。
とにかく臆病で、敏感で、逃げ足が速く、生き残ることに執念深い、それが穴ウサギなんだそうです。
「ところで、ラインハルト、穴ウサギって美味しいのかな?」
『ケント様、穴ウサギは小なりといえど魔物ですぞ』
「うわっ、そうか食べられないのか」
『食べ続ければ、魔落ちする危険がありますな』
「そうだよなぁ、食べて美味しいなら、みんな喜んで捕まえるよね」
『そうなのです、捕まえても、毛皮と小さな魔石が取れるだけなので、価値はあまり高くないのです』
魔物も冬になると毛が生え代わり、モコモコの冬毛仕様となります。
ゴブリンと同様に、比較的弱いとされているコボルトも今の時期は冬毛仕様で、その毛皮は防寒用に夏場よりも値段が上がります。
穴ウサギは、コボルトに比べると体が小さいですし、毛皮も手触りも今いちだそうで、倒しても本当に旨みが少ない魔物なんだそうです。
『倒さなければ作物に被害が出るが、倒すには手間が掛かり、倒しても旨みが少ない、本当に厄介者なのです』
「そうか、てっきり食べて美味しく、毛皮が取れて二度美味しい……みたいな事を考えていたんだけど、現実は甘くないんだね」
どうしても、ウサギという響きを聞くと可愛いというイメージが湧いてしまいます。
特に僕の場合は、垂れウサ耳の可愛いお嫁さんがいるので猶更ですが、どうやら穴ウサギは可愛くない奴のようです。
「とりあえず、実物を拝みに行こうか」
『そうですな、それにディートヘルム殿の話によれば、通常とは増殖の仕方が異なっているそうですし、何か裏があるのかもしれませんぞ』
「裏って言うと?」
『このところ発生しておりませんが、例の空間の歪みが発生しているのではありませぬか?』
「あっ……でも、地震は起こっていないよね」
『そうですが、穴ウサギは小さな魔物です。穴ウサギなら通れる、小さな歪みが発生していたら』
「なるほど、だとしたら急いだ方が良いね」
『既に、フレッド、バステンがコボルト隊、ゼータたち、イチロウたちを率いて向かっております』
「じゃあ、僕らも向かうとしよう」
僕らが向かった先は、最初に穴ウサギの大量発生が確認されたコルトーネ伯爵領です。
例え、どんな魔物であろうと、我が眷属の総力をもってすれば、たちどころに一網打尽……とはいかないようです。
『捜索範囲が広すぎ……』
『昼間は巣穴でじっとしているので、見つけるのは難しいですね』
フレットとバステンが言うには、穴ウサギは魔物ではないウサギと同程度か、むしろ小さいくらいだそうで、当然ながら巣穴のサイズも体に比例して小さいそうです。
いくら僕の眷属たちが優秀であっても、広大な土地から小さな巣穴を見つけ出すのは簡単ではないようです。
それに、何度も討伐が行われているようで、せっかく見つけた巣穴も既にもぬけの殻になっていたりするそうです。
『夜になれば必ず動く……』
『巣穴から出て来たところを、片っ端から処理してはいかがです?』
ということで一旦ヴォルザードへ戻り、日が落ちてから出直してくることにしました。
自宅に戻り、こうた成分をたっぷり補給して、みんなで夕食を囲みました。
マノンは、起きて歩いたりもしていますが、まだ横になって体を休めています。
こうたの世話は、出来る限り僕らも手伝うようにして、回復に努めてもらっています。
マノン自身は、もう大丈夫だと言ってますけど、当然無理はさせませんよ。
いくら僕や唯香が治癒魔術を使えるからといっても、そもそも体調を崩さないにこしたことはありませんからね。
夕食の席で穴ウサギの話をすると、しきりにカミラが恐縮していました。
「申し訳ありません、リーゼンブルグのことなのに……」
「ううん、放置すれば、ランズヘルトにも影響が出るかもしれないからね。大事になるまえに対処した方がいいよ」
コルトーネ伯爵領では農地の面積の四割に被害が出ているそうだから、既に大事になっています。
被害の拡大は、農作物の価格上昇に繋がるし、貧困層に餓死者が出るような事態は避けなければなりません。
自宅から影の空間経由で移動すると、コルトーネ伯爵領の様子は昼間とは一変していました。
「バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ、バリ……」
農地が広がり、街灯も無く、今夜は雲が掛かっているから真っ暗闇の中から、草を齧る無数の音が響いてきます。
正直、背中がぞわっとする気持ち悪さです。
『ケント様、あれが穴ウサギですぞ』
「うわぁ、確かに耳は長いけど、ほぼドブネズミじゃん」
バリバリ、ムシャムシャと草を齧っている姿は、日本で目にするドブネズミに長い耳を付けた感じで、可愛らしさの欠片もありません。
当然、愛でたいとか、食べたいなんて感情も湧いてきませんね。
「駆除しよう、もう根こそぎ駆除しよう」
『了解ですぞ。さぁ、バステン、フレッド、やるぞ!』
『任せて下さい』
『りょ……』
ラインハルトの指示の下、眷属たちが動き出します。
農作物を食い荒らす、害獣どもは消毒だぁ!





