挨拶まわり
最近少し足が遠のいてしまっているけど、僕がヴォルザードで一番歩き慣れた裏道を歩く。
この裏道では、色んなことがありました。
僕が急に強くなった理由を探りに来た、リドネルたちを騙すために、コクブ流剣術なんてものを披露したり、凸凹シスターズにプロデュースされて女の子らしい服装になったマノンにドキドキしたこともありました。
表通りは時々店が変わっていたりするけれど、この道の風景は僕が来た頃から変わっていません。
「変わったのは僕の方かな……」
裏路地にある井戸に面した勝手知ったる裏口を開けて、厨房に声を掛けました。
「アマンダさん、僕にも昼ご飯を御馳走してください」
「はぁぁ……なんだい、なんだい、父親になったんだから、ちょっとはしゃきっとおし!」
「あれっ、もう知ってるんですか?」
「オタクのコボルトが知らせに来たよ。おめでとう」
「ありがとうございます。おかげ様で、母子ともに健康です」
祝福してくれたアマンダさんに、きっちりと頭を下げてお礼を言いました。
子供が生まれた知らせは、真っ先に僕がするつもりだったのですが、ここはコボルト隊の見守り地域に指定されていますから、産まれた直後に知らせが届いたそうです。
「はぁ……時が経つのは早いもんだねぇ。カルツさんに連れられて、下宿したいと訪ねてきた時には、なんて頼りない子だろうって心配になったもんだよ」
「あの頃は、僕自身でも頼りないと思っていましたからね」
「さぁ、そんなところに突っ立ってないで、中に入って座りな」
「はい」
アマンダさんの食堂は相変わらずの人気店で、お昼時には連日行列が出来ています。
今は、お昼の営業が終わった時間なので、夜の仕込みまでの休憩時間です。
「綿貫さん、お疲れ様」
「おっ、来たね。新米パパ」
「いやぁ、まだおっかなくってさ、抱っこするだけでも緊張しちゃってるよ」
「あははは……まぁ、首が据わるまでは、ちょっとおっかないな」
「未来ちゃんは、もうハイハイしてるんでしょ?」
「あぁ、元気良すぎて大変だよ」
「鷹山の所のリリサちゃんだっけ、一緒に面倒みてもらってるんでしょ?」
「そうそう、あの子は絶対に母親似だな、めちゃくちゃかしこいぞ」
「えっ、そうなの? 鷹山の子なのに?」
「だから、シーリア似なんだって」
「あっ、そうか……」
「ケント、サチコ、運んでおくれ!」
「はーい!」
お昼を食べに来ていますけど、お客じゃなくて身内扱いなので、自分の食べる物は自分で運びますよ。
「えっ、アマンダさん、これ……」
「どうせ、この時間に来るだろうと思って仕込んでおいたんだよ」
厨房にいくと、賄い料理ではなく、鶏が一羽丸ごとローストされていました。
鶏のローストに、サラダ、パン、スープ、味付けは、いつものアマンダさんの味です。
「お祝いの乾杯だけど、お昼だから一杯だけだよ」
「これって、今年のリーブル酒ですか?」
「そうだよ、今年も良い出来みたいだね。さぁ、ケントの子供が無事に産まれたことを祝して」
「皆さんの健康を祈って、乾杯!」
ディーノさんと息子のブルーノさんのリーブル農園は、僕がヴォルザードに来て初めて仕事をした場所です。
リーブルの摘み取り作業と、お酒の仕込み作業は、親に育てられていただけの中学生にとっては、最初は辛い仕事でした。
仕事のコツも分からず、初日は他の人の半分程度しか出来ませんでした。
無理を言って雇ってもらったので、何とか人並に働けるように、自己治癒魔術なども使って頑張った結果、僕でも頑張れば人並に働けるんだと自信にもなりました。
新酒を口に含むと、あの頃の思い出が蘇ってきます。
「うん、酸味がまろやかで、香りも華やかな良いお酒ですね」
「子供が生まれたばかりなんだから、あんまり飲み過ぎるんじゃないよ。クラウスさんと一緒に、ちょいちょい説教されてるって話じゃないか」
「あれは、クラウスさんが……いや、これからは子を持つ父親ですから、自重します」
てか、大抵の場合は僕の責任じゃなくて、クラウスさんのせいなんですけどね。
「ケント、もう名前は決めたのかい?」
「はい、幸運に沢山恵まれるように、幸多と名付けました」
「コウタ……良い名前じゃないか」
「ありがとうございます」
「いいね、幸多君か、優秀な母親が何人も付いているし、将来はうちの未来を嫁に貰ってもらおうかな」
「男の子なんで、マノンに似たイケメンになると思うけど、性格が僕に似ると、ヘタレに育つかもしれないよ」
「そんな事はないだろう。スケルトンの騎士の英才教育を受けるんだから、間違いなく一角の人物になるでしょ」
「どうなのかなぁ……僕としては、波乱万丈よりも平穏無事な人生を歩んでもらいたいかな」
「あぁ、それは確かにあるね」
綿貫さんも、異世界召喚によって人生を大きく狂わされました。
いまでこそ、シングルマザーとして逞しく生きていますけど、一時は自暴自棄になっていた事もありました。
僕自身も、結構波乱万丈な日々を過ごしてきたので、幸多には平穏な毎日を過ごしてもらいたいですね。
「ケント、日本には知らせたのかい?」
「はい、父には電話しました」
「なんだい、直接報告に行ったんじゃないのかい」
「なんて言うか、ちょっと気恥ずかしくて」
「コウタがしっかりしてきたら、顔を見せに行ってくるんだよ」
「そうですね。父にとっては初孫なので、陽気が良い時期を選んで顔を見せに行ってきます」
父とは、仲たがいしている訳ではありませんが、何となく会いに行きづらいんですよね。
「ちゃんと見せに行った方がいいぞ。うちはオンラインでしか会わせていないけど、両親とも未来にはデレデレだからな」
「そういう物かな?」
「自分の子供は成人するまで育てなきゃいけない責任があるけど、孫は無責任に可愛がれるんだとさ」
「なるほどね」
綿貫さんは自暴自棄になってしまったこともあり、一時期両親と仲たがいとまではいかないものの、気まずい関係だったそうです。
それが未来ちゃんが産まれてからは、色々な便利グッズなどが送られてくるらしい。
「てか、これから授乳が大変になるから、マノンをフォローしてやらないと駄目だぞ」
「うん、分かってる。ただ、うちの場合は世話を焼きたい人間が一杯いるからさ。下手に手を出そうとすると怒られそうで」
「あー……確かに、ママさん予備軍もいるし、コボルト隊が二十四時間体制で見守っているのか」
「違うよ、手の空いている者は、全員見守っている感じ」
コウタがいる部屋の近くの影の空間には、ゼータ達やレビン、トレノなどが集まっている。
下手な国の騎士団だったら、壊滅させられる戦力ですから、外敵にやられる心配はありません。
夜中の授乳については、まだこれからですが、サラリーマンの家庭ではないので、僕が出来るかぎり代わるつもりでいます。
「粉ミルクとか、ちゃんと手配してあるのか?」
「勿論、哺乳瓶も用意してあるよ」
そうした出産後に必要な物は、唯香の母美香さんが手配してくれています。
粉ミルク、哺乳瓶、おむつ、おしり拭き、体温計……などなど、日本の良い製品を選んで送ってくれます。
本当にありがたいですね。
「ケント、お昼を食べたら帰るのかい?」
「いえ、ヴォルザードでお世話になった方々に、挨拶に行ってこようと思ってます」
「そうだね、みんな喜んでくれるよ」
「はい、その後は、あちこちの領地とか国に足を伸ばすことも考えてますけど、まぁ、それは後でもいいかなぁ……今は、マノンとコウタと一緒に居てあげたいと思ってます」
「そうだよ、知らせなんざ後で構わないから、ちゃんと近くに居てやんな」
「はい」
アマンダさんにお昼ご飯のお礼を言って、次はディーノさんのリーブル農園に向かいました。





