国王バラズノフ
「申し上げます、旧キリア民国のペトローセンで反乱が発生、鎮圧に失敗し我が軍は撤退を始めました」
「はぁぁ! はぁぁぁ! なんだと、キリアで反乱だと! 鎮圧に失敗だと! ふざけるな!」
エルマネアの国王バラズノフが壁に叩き付けた酒杯が砕け散ると同時に、伝令の兵士は這いつくばるように頭を下げた。
「申し訳ございません! 自分は報告を行うように命じられただけで……」
ガタガタと震えている兵士に対して八つ当たりしていると、バラズノフは自覚しているが、感情の制御が出来なくなっている。
「もう良い、下がれ!」
「はっ! 失礼いたします!」
逃げるように去っていく兵士を見送ると、部屋の中にはバラズノフだけとなった。
連日、次から次へともたらされる敗報に心を掻き乱されているので、女どもは自室へと追い返している。
手の届く場所に居れば、怒りに任せて殴り飛ばしてしまいそうだからだ。
「どうなってる、一体何が起こっている、ナラーゾ!」
バラズノフは、魔筒という新しい武器を使った戦術を手土産にして成り上がってきた男の名を思わず叫んだが、ここには居ないことを思い出した。
続けざまにもたらされる敗報の原因を探るように、ナラーゾは前線へと送り込んだのだ。
ナラーゾは、前線行きを命じた翌日には王都を発ったようだが、ヨーゲセンまで行って帰ってくるだけでも数日を要する。
仮に原因を特定し、軍を立て直したとしても、その報告が届くのは先の話だ。
そもそも無事にエルマネアへ戻って来られるかも怪しい雲行きだ。
「くそっ、一体なにが起こっているというのだ!」
バラズノフは、運の良い凡庸な男だと思われてきた。
父である前国王は、バラズノフの母である王妃を深く愛し、生涯側室を持たなかった。
王妃はバラズノフが五歳の頃に病気で他界し、前国王は妻の面影を残す息子を溺愛した。
ここで前国王が、バラズノフを厳しく育てていれば、その後の状況は変わっていたのかもしれないが、母を亡くし、兄弟もいない息子を甘やかして育ててしまった。
その結果、バラズノフは次の国王の椅子が約束された凡庸な青年へと成長することとなった。
それでも、前国王が生きている間は何の問題も起こらなかった。
周辺地域も平穏で、領土を奪い合うような戦も長く起こっていなかった。
つまり、バラズノフが飾りとして王位に座っていても、エルマネアという国は何の問題もなく歴史を重ねていた。
そのエルマネアの平穏に影が差し始めたのは、国王が流行り病に倒れ、溺愛する息子の戴冠式を見届けることなく他界してからだ。
バラズノフは凡庸な男であったが、凡庸であろうとなかろうと、耳も有れば目も有る。
自分を侮る陰口が耳に入り、自分を蔑む視線を見る度に、バラズノフは自分が言われているような凡庸な男ではないと証明したいと思うようになっていった。
だが、その頃、隣国キリア民国が突如としてヨーゲセンに戦いを仕掛けた。
鉱山資源の豊富なキリアだが、穀物などを育てるのに十分な土地が無く、多くをヨーゲセンからの輸入に頼っていた。
キリアが戦いを挑んだ理由は、穀倉地帯の占領にあった。
ヨーゲセンほどではないが、穀倉地帯を有するエルマネアは、キリアからの侵略の脅威に晒されることになったのだが、ここでバラズノフは国王としての存在感を示せなかった。
前国王が指名した閣僚が対策を協議し、バラズノフはその決定を承認しただけだった。
それでも、ヨーゲセンの巻き返しによって、キリアは元の国境線まで押し戻され、結果的にエルマネアも侵略の危機から脱することが出来た。
国にとっては喜ばしい状況なのだろうが、全く存在感を示すことが出来なかったバラズノフにとっては、ただただ腹立たしいだけだった。
役立たず、飾り物、親の脛齧り、運だけの男……バラズノフの頭の中では、己を馬鹿にする声が日毎に大きくなっていった。
そんな折に、バラズノフに近付いてきたのが魔筒を中心とした戦術を売り込みに来たナラーゾだった。
大きな魔力を持たない者でも、少し訓練しただけで有能な魔法使いを倒せるようになる。
平凡な人間が、才能あふれる者を凌駕するという戦術は、バラズノフの鬱屈とした心に響いた。
バラズノフは、閣僚の反対を押し切り、ナラーゾに魔筒や大魔筒、弾丸の量産を命じ、新しい部隊の編成を急がせた。
そして、新しい部隊が形になり始めた頃、キリア国内にギガースが現れた。
ギガースの一部は、エルマネアにも侵入を試みたが、大魔筒が威力を発揮して撃退に成功した。
これによって、王城内部でのバラズノフへの評価は一変した。
バラズノフはナラーゾを戦術大臣に据え、部隊の増強を命じると共に、内政に関しては大臣たちに丸投げした。
「お前達を信頼して任せる。その信頼を裏切るならば、魔筒の的になる覚悟をしろ」
器の大きさを装った言葉は、思っていた以上に大臣達に好意的に受け取られた。
手の平を返すように変わった大臣達の態度を見て、バラズノフは調子に乗ってしまった。
自分が無能ではないと証明できたのだから、今度は有能であると分からせねばならないと考えたのだ。
バラズノフは、腹心となったナラーゾへキリア併呑の計画を立て、実行に移すように命じた。
この判断は、必ずしも間違いではなかった。
ギガースによる災害によって疲弊し、キリアの国の中枢は機能停止に追い込まれていた。
人道的な倫理観を抜きにして考えれば、武力を用いて侵略するなら、これほどの好機はそうそうあるものではないし、実際にキリアの占領は容易に完了した。
ただ、バラズノフが失敗したのは、占領したキリアの管理を大臣達には任せず、ナラーゾに任せてしまったのだ。
場末のしがない魔道具屋だったナラーゾに、一国の支配統治なんで仕事は経験においても実績においても重すぎた。
それでも、魔筒という優位性が存在しているならば、力による支配はなんとか成立していたのだが……その頼みの優位性はケントとコボルト隊によって打ち砕かれてしまった。
一人きりになった部屋でバラズノフが頭を抱えていると、廊下を足早に近付いてくる者がいた。
「前線からのご報告です!」
「入れ!」
「はっ、失礼いたします!」
伝令に来たのは、先程とは別の兵士だったが、表情は強張っている。
「報告いたします、ウズレの街をヨーゲセンに奪還され、現在我が軍は敗走しております」
「なんだと……ウズレの先は我が国との国境線ではないか、すぐさま全軍に国境線を守護するように命じよ!」
「はっ!」
「急げ、モタモタするな!」
バラズノフに追立てられて、伝令の兵士はダッシュで去っていった。
「くそっ、くそっ、くそっ、くそっ、くそがあぁぁぁぁ!」
喚き散らしたバラズノフは、椅子を投げ捨て、机を蹴り倒し、暴れ回った。
「なぜだ! なぜ、こうも上手くいかぬ! これでは運にさえ見放された王になってしまうではないか!」
喚き散らすバラズノフは、その声を部屋の外に忍んだ男や、影の中に潜んでいる少年とスケルトンが聞いているなどとは、露ほどにも気付いていなかった。





