エルマネアの内情(前編)
「ご報告いたします! 本日も我がエルマネア軍は順調に進軍を続け、ハルダール及びガラヘの
街を占領いたしました!」
「ふはははは……」
二十代ぐらいの兵士が、ビシっと敬礼を決めた後で報告すると、ガマガエルのような男は腹を抱えて笑い出しました。
それって肌触り悪いんじゃないの……と感じる金糸銀糸でギラギラするガウンを身に付け、半裸の女性を五人も侍らせている男が、エルマネアの王様らしいです。
「報告ご苦労、下がって良し!」
「はっ!」
再度敬礼をして退室した兵士は、廊下に出ると唾でも吐き捨てそうに顔を歪ませました。
「ナラーゾ、連戦連勝だぞ」
「当然でございます、陛下。これからは魔筒の時代、個人の魔法に頼る戦術などカビの生えた骨董品でございます」
部屋の片隅に控えていた、どじょう髭を生やした貧相な男が、魔筒による戦術をエルマネアの国王に進言したナラーゾという男だそうです。
年齢は、四十代後半ぐらいでしょうか、ビビビな妖怪アニメのキャラクターを連想させる風貌をしています。
「うむうむ、ヨーゲセンを占領した暁には、そなたには実りの良い土地をくれてやるぞ」
「ありがたき幸せ、そして陛下は三国を……いいえ、いずれは大陸を治める王となられるのですな」
「ふはははは……気が早いぞ、ナラーゾ。だが、もはや夢ではないな」
「勿論でございます。魔筒の量産が進めば、更に計画は早まってまいります」
「ふん、ヨーゲセンの次はフェルシアーヌ、その次はバルシャニアだ」
「リーゼンブルグを貫き、ランズヘルトを下し、東の海をお目に掛けましょう」
「ふはははは……良いぞ、良いぞ、思うままにやってみせよ」
「必ずや、ご期待に応えてみせましょう」
「うむ、下がって良し!」
「ははっ」
恭しく頭を下げたナラーゾは、そのまま後退りして部屋から出ると、顔面が崩壊するような笑みを浮かべた。
声こそ出さないものの、己の計画が思い通りに進み、笑いが止まらないといった様子です。
「フレッド、こいつがエルマネアの戦術大臣のナラーゾ・レーチェスで、あっちが王様のバラズノフ・エスタ・エルマネア」
『その通り……』
「なんか、リーゼンブルグの愚王を思い出すね」
『その通り……』
ナラーゾを追い出したバラズノフは、悪趣味なガウンを脱ぎ捨てて、女体に溺れています。
ていうか、まだ日が西に傾き始めたばかりなんですけどねぇ。
「あのナラーゾって男が、魔筒を開発したの?」
『いや、そうではないようです』
ナラーゾについては、バステンが調べてくれました。
『ナラーゾという男は、元々は場末の魔道具屋だったようです』
「その感じだと、誰かからアイデアを奪ったのかな?」
『おっしゃる通りです。まだ詳しい話は調べている最中ですが、魔筒を完成させたのは若い魔道具職人だったようですが、何やら罠に嵌めて権利を奪い、始末したようです』
「えっ、殺したの?」
『まだ調査中ですが、そのようです』
「クズじゃん!」
『クズですね。クズですが、魔筒の有用性には真っ先に気付いたようです』
「あぁ……悪知恵は働くんだね」
『そのようです』
ナラーゾにとって魔筒との出会いは、それこそ人生を一変させてしまう程の運命的な出会いだったのでしょう。
ありとあらゆる手段を用いて王家に接近し、ギガース撃破の功績によって取り立てられ、提案した戦術によってキリアの占領に成功したおかげで戦術大臣なる地位を手に入れたようです。
『さてケント様、こやつらをどうされますか?』
おっと、またまたラインハルトの授業の時間ですかね。
「そうだね。今日のうちにドーンと砲を撃ち込んでやろうかと思ったんだけど、やめておくよ」
『ほぅ、それはどうしてですかな?』
「だって、エルマネア敗走の知らせがまだ届いてないじゃん」
ヨーゲセンとの戦争の最前線から、僕らが今いるエルマネアの王都までは、早馬を走らせても三日程度は掛かるようです。
なので、僕らが砲や銃、弾薬を奪ったせいでエルマネアが敗走しているという知らせは届いていないようです。
「勝ち誇っているところに砲を撃ち込んでやるのも面白いとは思うけど、やっぱり連戦連勝で進軍を続けていた味方が、突然敗走する事態に陥っているって聞いて、絶望的な気分を味わってもらいたいからね」
『ぶははは、その通りですな。こやつらは、自分の利益のために戦争しております。その証拠に、この都に暮らす民の生活は酷いものですぞ』
「そうなの?」
『魔筒の弾薬には、多くの魔石が使われております。魔の森や南の大陸のように、大量の魔物が生息している場所があるならば、あるいは魔石を確保できるかもしれませんが、エルマネアにはそのような場所が存在しておりませぬ』
「えっ、じゃあ、どうやって魔石を確保しているの?」
『様々な手段を用いて魔石を搔き集めているようですぞ』
普通の銃は、火薬の爆発によって銃弾を飛ばしていますが、魔筒は魔法陣を用いて魔石を反応させ、その爆発力で銃弾を飛ばしているようです。
そのため、魔筒の銃弾の中には粉末状の魔石が詰め込まれています。
「でも、粉にするなら、どんな魔石だって構わないんじゃないの?」
『そのように思われるでしょうが、実際には質の良い魔石を使わないと爆発力が落ちてしまうようですぞ』
魔石の質が魔筒の性能に大きな影響を与えるようで、初めの頃は質の良い魔石が強制的に集められたそうです。
『魔石は質の良いものの方が良いに決まっておりますが、質の良い魔石は宝飾品としても使われ、量も限られております』
「その限られた良質な魔石が確保できなくなったら、どんな質でも良いって話になりそうだね」
『その通りですぞ。良質な魔石の多くは、貴族や豪商などが独占しており、そもそも集まりにくかったそうですぞ』
その結果として、魔石であれば質を問わずに徴収が始められたそうです。
徴収の矛先は、貴族ではなく一般市民に向けられ、奪い去るように魔石が集められたおかげで、市民が魔石を使った魔道具を使えなくなっているそうです。
一番困っているのは冷蔵庫のようです。
水道とかは、自分の魔力を込めれば使える品物なので困りませんが、冷蔵庫の場合は基本的に魔石によって連続運転するように作られています。
その魔石が手に入らないとなれば、日本で長期の停電が続くようなものでしょう。
『魔石も不足してるけど、他の物も不足している……』
フレッドが調べてきたところによると、前線の兵士に食料などを送るのが優先され、一般市民は小麦などの主食となる食べ物の値段が上がり、家計を圧迫しているそうです。
『近々、戦費調達のために新たな税金が設けられるそうです』
「バステン、民衆は戦争に反対していないの?」
『キリアを占領する所までは、民衆の支持は高かったようですかが、今は反対している者の方が多いようです』
バステンが調べてきたところによれば、戦争が長期化して生活への影響が強くなっている民衆ほど反対に転じているようです。
「貴族たちは反対していないの?」
『新たに領土を得られれば、自分達の利益になると思っているようで、むしろ賛成していますね』
「それじゃあ敗走が続けば、貴族たちは反対に回るのかな?」
『可能性はありますね』
「やっぱり今夜の襲撃は注視して、敗走の知らせが届いてから動くとしようか」
ドーンを期待していたコボルト隊は残念そうですが、やはりエルマネアの国王とナラーゾには、手の平返しの批判をたっぷり味わってもらいましょう。
大丈夫、ちゃんとドーンはするからね。





