侵攻停止作戦(前編)
パーン! パーン! ズドーン!
小気味いい破裂音に、時折重たい爆発音が混じっています。
バルシャニアの皇帝コンスタンさんからの依頼で訪れた、ヨーゲセンとエルマネアの最前線は、僕が想像していたよりも遥かに悲惨な状況を呈してしました。
ここからバルシャニアまでの間には、フェルシアーヌ皇国があります。
それだけに、コンスタンさんの所まで情報が伝わるには時間が掛かっていたのでしょう。
既に小競り合いの段階は通り過ぎ、本格的な戦争が始まっています。
そして、その最前線では、バルシャニアで見せてもらったシリンダー式の連発ライフルの他に、砲と呼んだ方が良さそうな大型の銃が使われていました。
砲身の長さが約三メートル、内径が十センチ程度の単発式で、車輪の付いた台座に載せられて運用されています。
精密射撃には不向きですが、一発で城壁にダメージを与えられるほどの威力があるようです。
たぶん、銃に関してはバルシャニアかフェルシアーヌの間者が盗み出して来られたのでしょうが、こちらの砲については重たすぎて盗めなかったのでしょう。
『これは、凄まじい威力ですな。これならば、ギガースを討伐したという話も頷けます』
一緒に偵察しているラインハルトも、エルマネアの砲撃には驚いています。
「そうだね、これだけの威力の武器があれば、国を広げようと思うのも当然なんだろうね」
砲の威力は高いですし、砲弾が尽きない限り、その威力を誰でもが運用できるのですから、魔法の威力頼み、人海戦術頼みとは一線を画しています。
砲で守りを抉じ開け、銃を持った兵士が突入して制圧するというのがエルマネアの戦術のようです。
訓練さえすれば誰でも使える威力の高い砲、詠唱無しで連発できる銃、この二つの利点を生かして戦局を優位に進めているみたいです。
ただし、優位性はあるものの被害無しで勝ち進めるほどの差は無いようで、エルマネアの兵士にも多くの損害が生じているように見えます。
『銃には銃の利点がありますが、魔法には魔法の利点がありますからな』
「優位には進めているみたいだけどね……」
銃の場合、銃弾を直線的に撃ち出すだけで、魔法のように火や水、風といった現象は起こせません。
魔法は運用次第では、威力や攻撃の幅で銃を上回ります。
だからこそ、最前線では双方の兵士に損害が出て、悲惨な様相を呈しているのです。
「どうして、ここまでして国を広げる必要があるのかね?」
『さて、それはエルマネアを治めている人間に聞かねば分かりませんな』
「まぁ、そうだよね……」
『それで、ケント様、いかようにして侵攻を止めるおつもりですかな?』
「それについては答えは出ているんだ。僕らで弾薬の供給を止める、それでエルマネアの侵攻は止まるよ」
エルマネアの戦術は、言ってみれば近代的な戦争のやり方です。
弾薬の供給が途絶えれば、銃も、砲も、役に立たない鉄の筒に成り下がります。
そして、盗み出すことにかけて、僕らの右に並ぶ者はいないでしょう。
夕闇が訪れて、戦争が中断したら、仕事を始めるとしましょう。
一旦ヴォルザードへと戻り、夕食と仮眠を済ませてからヨーゲセンへ戻りました。
昼の間に攻防戦が繰り広げられていた街は、どうやらエルマネアによって陥落させられたようです。
「あー……失敗した、これは僕の判断ミスだ」
陥落させられた街の中では、エルマネアの兵士によって略奪行為が行われていました。
夜の帳の下で、下品な笑いと悲鳴が錯綜しています。
『いかがいたしますか、ケント様』
「乱暴狼藉を働くならば是非も無し、人の道から外れたエルマネアの連中はサクっと始末しちゃっていいよ」
『他国の戦争に介入することになりますが、構いませんか?』
「うん、こいつらの行為は目に余るからね」
ナイフを握り、闇の盾を開き、ヨーゲセンの女性を組み伏せているエルマネアの兵士の脳髄を抉りました。
近くでサルみたいに腰を振ってる兵士も、酒を瓶からラッパ飲みしながら見物している兵士も、サクサクと始末しました。
『ケント様、残りは我々にお任せを』
「うん、お願いするね。僕は弾薬の方を片付けてくるよ」
コボルト隊の隊長アルトを呼び出して、弾薬を奪いに向かいます。
木箱に詰め込まれた弾薬は一ヶ所に集められ、十数門の砲と一緒に兵士の監視下に置かれていました。
「わふぅ、ご主人様、どれを運び出しますか?」
「ここに在る物は、全部いただいちゃうつもりだよ。ただし、極力エルマネアの兵士には気付かれずにね」
「わぅ、どうやるのですか?」
「今、ラインハルト達が不届きな兵士たちを始末して回っているから、じきに騒ぎになるはずだから、監視の兵士がどう動くか見て考えよう」
「わふぅ、分かりました!」
アルトと一緒に様子を見始めると、五分と経たずに周囲が騒がしくなってきました。
「敵襲! 敵襲ぅぅぅ!」
「夜襲だ、敵がまだ潜んでいやがった!」
「掃討を担当した奴らは何してやがった!」
怒号と共に、兵士たちが走り回る足音が響いてきます。
弾薬と砲を見張っている兵士も、心なしか浮足立っているように見えます。
「兵士長、どうしますか?」
「どうするも、こうするもあるか! 俺達の仕事はなんだ!」
「弾と大筒の見張りです!」
「ならば、持ち場を離れるな!」
「了解であります!」
周囲で騒ぎが起これば、見張りが減るかと思ったのですが、ちゃんと仕事をこなす人間もいるようですね。
「わぅ、ご主人様、見張りが減りません」
「そうだね、もうちょっと騒ぎを起こすか」
砲と弾薬が置かれている場所から、少し離れた場所には食料などの物資が置かれています。
侵攻した街からも略奪して手に入れているようですが、それだけでは食料不足に陥る心配があります。
さすがに、弾薬を供給し続けて前線を維持しているだけあって、食料や薬などの物資も供給されているようです。
その中に置かれている油の壺に送還術を使って小さな穴を開け、漏れ出してきた油に火を点けました。
同じく送還術を使って、壺の中の油を物資全体に撒き散らしてやりました。
おかげで、監視の兵士が気付いた時には、手の施しようもない状態に陥っていました。
「急げ! 急いで火を消せ!」
「グズグズしてると物資がみんな燃えちまうぞ!」
「手の空いている者は手伝え!」
食料が燃えてしまえば、自分達の食い扶持が減ってしまうので、エルマネアの兵士たちは必死に消火作業を始めました。
「わぅ、ご主人様、こいつら居なくならないよ」
「そうだね、仕方ないから始めようか」
「わふぅ、了解です!」
「まずは木箱から運びだすよ」
見張りの兵士たちは居なくなりませんでしたが、それでも物資が燃えている方向に気を取られていて、肝心の弾薬への注意が薄れています。
そこで、兵士の監視が薄い方向へ闇の盾を出し、コボルト隊に運び出させました。
「うわぁ、これは気付かれないんじゃないかな」
自分の眷属ながら、コボルト隊が木箱を運び出すスピード、そして限りなく無音に近い働きぶりには驚かされてしまいます。
みるみるうちに、山と積まれていた弾薬の箱は影の空間へと運び込まれてしまいました。
「よし、あとは砲だけだね。送還術で魔の森の訓練場に送っちゃうから、準備しておいて」
「わふぅ、了解です」
コボルト隊を目印として魔の森の訓練場に配置して、ゼータたちには少し離れた場所から遠吠えしてもらい、見張りの兵士の注意がそちらに向いた瞬間、送還術を発動しました。
「送還!」
全部で十七門あった砲は、一瞬にして魔の森の訓練場へと移動を終えました。
「うわぁ、無い、無い、無くなってる!」
「なんだ、どうして、どこ行った!」
砲も、弾薬も、キレイさっぱり無くなっているのに気付いた見張りの兵士たちは、大混乱に陥りました。
木箱の置かれていたところに這いつくばって、何か痕跡が残されていないか探し回っていますが、痕跡を残すほどコボルト隊はヘボではありません。
この後、コボルト隊にはエルマネアの兵士の隙をついて、銃も奪ってしまうように指示を出し、僕は一旦ヴォルザードへ戻ることにしました。