戦争の足音
『聖女様の僕』を巡る騒動は、教団を食い物にしていたゴルドーネや部下たちが素直に供述を始めたことで解決に向かっているようです。
ただ、ゴルドーネたちがやっていた事が世間にも知れ渡ってしまったようで、教団への信頼が大きく揺れているようです。
今回の騒動に関しては、ゴルドーネたちだけでなく多くの教団関係者が関わっています。
教団の教義にまで影響を及ぼしていたので、信じていたものが嘘であったり、金儲けのための出鱈目だと判明し、大きな反発を招いているようです。
救国の聖女エレミアの浄化能力は本物ですが、その力を込めた盃を使えば病から身を守れる……なんていうのは嘘です。
エレミアに浄化してもらえば、感染症からは回復できるようになるでしょうが、感染症以外の病気や怪我には殆ど効果がありません。
そのため、教団に多額の寄付をしていた人たちが、返金を求めて教団におしかけたり、裁判に訴えたりし始めているそうです。
これはゴルドーネだけでなく、教団にも責任があるので、対応しない訳にはいきません。
正に教団存続の危機なのですが、対外的な雑務全般を取り仕切ってきた総長のドリスは、ゴルドーネに騙されていたと知ってショックから寝込んでしまい、使い物にならない状態だそうです。
救国の聖女エレミアは、そうした対応に不慣れのようですし、ドリスの部下にあたる人たちも、ゴルドーネの手下に篭絡されていて、対応に苦慮しているみたいです。
身から出た錆……とまで言うのは少々厳しいかもしれませんが、教団にも責任の一部はあるのですから、頑張って対応して下さいとしか言えませんね。
ここから先は、教団と信者の問題なので、これ以上僕が首を突っ込む案件ではないのでしょう。
『聖女様の僕』に関しては、僕の出番は終わりのようです。
さぁ、普段の生活に戻ろうと思っていたら、セラフィマから頼み事をされてしまいました。
「ケント様、父がお会いして話をしたいと申しておりますが……」
「コンスタンさんが? 何だろう、とりあえず行ってみるよ」
セラフィマのお父さん、バルシャニア帝国の現皇帝コンスタン・リフォロスからのお呼び出しとあらば、無下にする訳にはいきませんよね。
それでは、ひとっ走りバルシャニアの帝都グリャーエフまで行ってきましょうかね。
自宅で夕食を済ませて、一休みしてから向かっても、バルシャニアの西の空は残照に染まっていました。
「ケントです、お邪魔します」
「おぉ、よく来た、よく来た。丁度良いタイミングだったな」
コンスタンさんの執務室には、第一皇子のグレゴリエさん、第二王子のヨシーエフさんの姿もあります。
そして、テーブルの上には見慣れない……いや、地球ならば珍しくない品物が置かれています。
「これは……鉄砲ですか?」
「これが何か知っているのか?」
「弾丸を込めて、高速で撃ち出す武器ですよね?」
「やはり、ケントに来てもらって正解のようだな」
こちらの世界では、まだ火薬が開発されたばかりなので、精巧な銃が置かれているのには少し驚きました。
火縄式の銃ではなく、六連発リボルバーの銃身を長くしたライフルのように見えます。
「お義父さん、これはどこで手に入れたものですか?」
「キリアだ。いや、元キリアと呼んだ方が正しいな」
「そういえば、ギガースの騒動はどうなりましたか?」
「ギガースは全て討伐された。こいつが一役買ったらしい」
「なるほど、銃ならばダメージを与えられるのか」
「例の隷属のボーラも使われていたらしいぞ」
ギガースは、ただでさえ巨体で攻撃が通りにくいのに、体の周囲に土属性の魔術を纏っているので、普通の魔術では攻撃が通りません。
「結局、キリアは今どうなっているんですか?」
「キリアは、エルマネアに統合された」
「エルマネア? 更に西の国ですか?」
「そうだ、最近、この魔筒を使って勢力を拡大している」
目の前にあるリボルバーライフルは、こちらでは魔筒と呼ばれているそうです。
「あれっ、魔筒ってことは、これは爆剤ではなく魔術的なもので弾を撃ち出すんですか?」
「そうか、ケントの世界には魔素が存在していないのだったな。そちらでは爆剤を使う兵器なのか」
「はい、僕の世界では火薬と呼んでいますが、様々な改良が加えられて、銃弾専用のものが使われるようになっています」
「こちらは魔法陣を刻んだ弾丸と魔石の粉を使い、弾丸を撃ち出している」
地球の銃弾は底の中央に衝撃が加わると炸薬が発火して弾を撃ち出しますが、こちらの銃弾は一定以上の魔力が加わると爆発的に発火して弾を撃ち出すようです。
地球の銃のように引き金は無く、銃身の後ろにあるシャフトを押し込んで魔力を込めるようです。
シャフトはバネで戻るようになっていて、一発撃ったら手で弾倉を回して次の弾を撃つみたいです。
地球の銃に較べると洗練されていなくて、まだまだ過渡期の品物という印象ですね。
地球の銃弾は魔力を持たなくても発射できますが、こちらの銃弾は魔力の無い者では発射できません。
それでも、使われる魔力の量は大きくはないので、魔力の弱い子供でも連発が可能だそうです。
「つまり、魔力の弱い人でも強力な攻撃が出来る時代になったんですね?」
「その通りだ。魔力切れを考えなくて良くなり、これまでの常識が通用しなくなるぞ」
「確かに魔力切れは考えなくても良くなるかもしれませんが、弾だって無限にある訳じゃないですから、今度は弾切れの心配がついてまわりますよ」
「おぉ、それもそうだな。だが、こいつは詠唱無しでも発射できる」
ついつい忘れてしまいがちですが、こちらの人達は詠唱して魔術を発動させています。
大きな魔術になるほど、威力の高い魔術になるほど詠唱の時間も長くなります。
それに対して、魔筒と呼ばれている銃は魔力を込めるだけなので、ほぼタイムラグ無しで発射できます。
この速射性、連射性は大きな脅威になるかもしれませんね。
「エルマネアは、この魔筒を大量に作り、手始めとしてギガースを討伐し、混乱しているキリアを支配下に置いた。そして現在は、キリアの隣国ヨーゲセンに攻め込んでいるようだ」
「確か、ヨーゲセンはキリアよりも遥かに大きな国だと記憶してますが」
「その通りだ。キリアが鉄の国なら、ヨーゲセンは麦の国だ。国全体が穀倉地帯と言っても良い土地なので、多くの民を養える」
「それは、多くの兵を養えるってことですよね?」
「その通りだ。エルマネアはキリアを手にして多くの鉄を手にいれた。ここに多くの麦まで手に入れることになれば……」
「次はフェルシアーヌ皇国ですか?」
「併呑した国を治めるには時間が掛かる。今日明日の話ではないが、考えておかねばならんだろうな」
フェルシアーヌ皇国は、バルシャニア帝国の西の隣国です。
もしフェルシアーヌ皇国まで攻め込まれ、征服されてしまったら、次は間違いなくバルシャニアの番でしょう。
「フェルシアーヌは、どういう対応をしているのですか?」
「今のところは、敵対する意思は無いが、ヨーゲセンへの侵攻に対しては抗議しているようだ」
ヨシーエフさんの話によれば、フェルシアーヌ皇国はヨーゲセンから小麦を輸入しているそうで、エルマネアに占領されると自国の食糧事情に問題を抱えることになるそうです。
「それで、僕に何をしろと?」
「一つは、ケントの世界の魔筒の情報が欲しい。具体的な設計図などでなくとも良い。出来るならば、どんな感じで進歩していったのかという歴史のようなものが見たい」
「エルマネアに対抗するのですか?」
「国を守るための備えはせねばならんだろう」
こちらの世界が軍拡競争になるのは好ましくありませんが、ですが僕が手を貸さなくてもいずれは起こることでしょう。
そして、僕が手を貸さずにセラフィマの故郷が占領されるようなことになるのは御免です。
「それだけですか?」
「もう一つ、出来ればエルマネアの侵攻を遅らせてもらいたい」
「止めるのではなく?」
「止められるのであれば、止めてもらって構わんが……それは、なかなか難しいであろう?」
「そうですね。では、止められたら止める程度でお引き受けしましょう」
「ふっ、エルマネアの連中を眠れなくさせてやれ」
そういえば、かつてバルシャニアがリーゼンブルグに攻め込もうとした時、コボルト隊が兵士たちを眠れなくして邪魔したんでしたね。
それでは、今回も遠慮なくやらせてもらいましょうかね。