着手(後編)
僕らが『聖女様の僕』の施設に行っている頃、リーベンシュタインの守備隊はゴルドーネと手下の一斉摘発に着手していました。
領主のアロイジアさんが『聖女様の僕』の信者ということもあって油断していたらしく、あっさりと一網打尽にされたようです。
特にゴルドーネは、アロイジアさんの心酔ぶりをドリスから聞かされていたようで、摘発されるなんて思ってもみなかったようです。
更にゴルドーネの誤算は、守備隊が踏み込んで来たことだけに留まりません。
ゴルドーネは部下達と一緒に酒を飲んでいる所に踏み込まれ、捕らえられて手枷を嵌められたのですが、その時に奥の部屋へと続くドアが勝手に開きました。
「誰だ、誰かいるのか!」
守備隊員が足を踏み入れたのは、普段ゴルドーネが仕事をする時に使っている部屋でしたが、中には誰の姿もありません。
それどころか、踏み込んだ部屋には窓さえ無かったそうです。
「おいっ、この部屋の資料を押収するぞ」
机の上に無造作に置かれていたのは、数々の伝票の山でした。
仕事関連の伝票を押収されそうになっているのに、ゴルドーネは余裕の表情で笑みすら浮かべていたそうです。
守備隊員が伝票を箱に詰めて持ち出す準備を整えている間も、ゴルドーネは余裕の表情を崩さずに見守っていたそうですが、カラーンと音と立てて部屋の奥の壁が外れて落ちると、目を見開いてワナワナと震えだしたそうです。
「ちょっと待て! 駄目だ、そこの伝票に触れるな!」
壁の穴に収められていたのは、『聖女様の僕』との取引伝票で、仕入れと納品の数を突き合わせれば、どれほど不正が行われていたのか一目瞭然です。
まぁ、奧の部屋のドアを開けたのも、隠し扉を開けたのも、僕の眷属なんですけどね。
普通の人でも、奧の部屋の存在には気付くでしょう。
ただし、人目に付く場所に置かれているのは脚色済みの伝票と帳簿で、それをいくら調べたところで、不正の証拠は見つかりません。
そして、壁に開けられた穴は巧妙に隠されていました。
そこに穴があると知っていなければ分からないほど、壁の穴の蓋は巧妙に隠されていました。
僕の眷属が壁の穴に気付いたのは、実際にゴルドーネが伝票や帳簿を取り出すところを影の空間から目撃していたからです。
そして、ゴルドーネが摘発される時に、ドアを開け、壁の蓋を外して存在を守備隊員に知らせたのです。
「ゴルドーネ、なんだ、この伝票の山は」
「し、知らん……誰かが勝手に……」
「ふざけるな! さっき、ここの伝票に触れるなと言ったのは貴様だぞ!」
「し、知らん、そんな事は言ってない!」
「まぁ、いい。調べれば分かる話だ」
「くそっ、ふざけるな! なんで勝手に蓋が開くんだよ!」
ゴルドーネは捕縛された後も、裏帳簿や伝票なんて俺は知らないと白を切り通そうとしたそうですが、さすがに無理があります。
更には、それは手下が勝手にやった事だ……などと言い始めたそうです。
親玉が親玉なら、手下も手下で、自分達はゴルドーネに言われた通りにしただけで、詳しい内容までは聞かされていなかったと言いだしたそうです。
と言うことで、今度は取り調べに協力する事となりました。
僕がアロイジアさんからの指名依頼で、リーベンシュタインへ向かったのは、摘発から三日目のことでした。
担当者と一緒に取調室に入ると、すでにゴルドーネは牢から連れて来られていました。
後ろ手に縛られた状態で、背もたれの無い椅子に座らされている姿は、狂気に満ちているように感じられました。
厳しい取り調べを受けたらしく、顔にはいくつもの痣ができていました。
取り調べの担当者ではなく、僕が正面に立ったのを見て、ゴルドーネは怪訝そうな表情を浮かべました。
「なんでぇ、このガキは」
「こちらは、ヴォルザード所属のSランク冒険者、ケント・コクブ殿だ。今日は貴様に引導を渡すためにいらしている」
「はぁ? こんなガキがSランクだと? 寝ぼけてやがるのか!」
まぁ、見た目だけなら、ただのガキにしか見えませんからね。
『なんでぇ、このガキは』
タブレットで、今撮った映像を再生すると、ゴルドーネは目を丸くしていました。
「こんにちは、ゴルドーネさん。これは、タブレットという道具で、見たままの様子を映し出せる道具です」
「何だそりゃ、そんな道具は見たことも聞いたこともねぇぞ」
「まぁ、無いでしょうね、違う世界の道具ですからね」
「はぁ? 違う世界だぁ?」
「まぁ、その辺りの説明は面倒だから省きます。これからゴルドーネさんには、僕の眷属が事前に撮影した映像を見ていただきます。では、どうぞ……」
「何を言って……」
悪態をつこうとしたゴルドーネは、直後にタブレットで再生された映像を見て黙り込みました。
『聖女様の僕』の施設でも再生したゴルドーネと部下の会話に加え、裏帳簿や隠していた伝票をチェックする様子も再生してあげました。
「という訳で、貴方の悪事は全て露見しています」
「で、でたらめだ!」
「別に否定し続けても構いませんけど、悪足掻きをすればするほど、裁判での心証が悪くなると思いますよ」
「くっそぉ……」
物的な証拠に加えて、映像による証拠が加われば、もはや逃げ道なんて残っていません。
「あっ、ちなみに、この映像は『聖女様の僕』の関係者さんにも見てもらっていますので、もう教団からの仕事の依頼は無くなると思ってください」
「こっのぉ……ふざけるな! 横から出て来て勝手な真似をしやがって」
「別に僕がやらなくても、いずれ別の人から追い詰められてたと思いますよ」
「知った風な口を利くな! 手前みたいなガキに何が分かるってんだ!」
「僕みたいなガキでも、他人を騙してお金を稼ぐのは悪いことなのは分かりますよ」
「ふざけるな! 俺がどれだけ苦労して……」
「ふざけてるのは、お前だろう。金儲けのために人を騙すのは苦労なんて言わないんだよ」
僕の意図を察してくれたのか、ゴルドーネを取り囲むように三体のスケルトンが影の中から姿を現しました。
「な、な、なんだ、こいつら……」
「お前を見張っていた、僕の眷属だよ。三人とも、ロックオーガを瞬殺できる強さの持ち主だからね」
「お、俺をどうするつもりだ」
「知らないよ、それを決めるのは裁判官の仕事だろう。ただ、いつまでもふざけた話をしてるなら、影の中からブスっとやられるかもね」
「ひぃ……」
フレッドが抜く手も見せずに喉元に短剣を突き付けると、ゴルドーネは短い悲鳴を上げながら失禁しました。
この取り調べの後、ゴルドーネは罪を認めて素直に聴取に応じるようになったそうです。
ちなみに、ゴルドーネの部下達も、ある晩を境に罪を認めたそうですよ。
さて、一体なにがあったんでしょうねぇ。