下準備(後編)
リーベンシュタインを訪れる日、朝食を済ませた後にシャワーを浴びて、身支度を整えました。
髪もキッチリとセットして、服装も普段の冒険者スタイルではなく正装です。
プレゼン用の資料は昨日の晩に準備を終えていますし、荷物は全て影の空間に置いてあるので忘れる心配はありません。
「じゃあ、出掛けようか」
「はい、ケント様」
当初、僕一人で行く予定だったのですが、セラフィマが同行を申し出ました。
僕が『聖女様の僕』について調査をする切っ掛けを作ってくれたのもセラフィマなので、断る理由は無いのですが、なぜ一緒に行きたいと言い出したのかは不明です。
まぁ、バルシャニアからヴォルザードに嫁いで来てからは、一度里帰りをしただけなので、他の領地も見てみたかったんでしょうね。
僕が先にリーベンシュタインに移動して、召喚術を使ってセラフィマを呼び寄せました。
「ケント様、もうここがリーベンシュタインなのですね?」
「そうだよ。あそこにずらっと並んでいるのが穀物倉庫なんだけど、例の水害でかなりの被害を受けたみたい」
詳細までは聞いていませんが、穀倉地帯であるリーベンシュタインは、水害によって多大な物的被害を受けました。
その後、疫病によって多大な人的被害も被っているので、まさに踏んだり蹴ったり状態です。
ただ、もし疫病が流行せずに死亡する人が居なかった場合、水害で多くの穀物を失ってしまっていたので、物凄い数の餓死者を出していたかもしれません。
まぁ、水害も疫病も無かった方が良いにきまっていますけどね。
今日は、正式な訪問なので、影移動を使って乗り込んでいくのではなく、堂々と正門で名乗りを上げました。
「おはようございます、ヴォルザードの冒険者ケント・コクブと妻のセラフィマです」
「ようこそいらっしゃいました! 領主アロイジアがお待ちです。ご案内いたします!」
「ありがとう」
衛士の案内で領主の館の玄関へと移動すると、今度は執事が出迎えてくれました。
「ようこそいらっしゃいました、ケント・コクブ様、奥方様。領主の下へご案内いたします」
執事の案内で向かったのは応接室で、領主のアロイジアさんが自ら出迎えてくれました。
「お久しぶりですね、ケントさん。それと……」
「あぁ、紹介いたします。僕の妻セラフィマです」
「セラフィマと申します。お見知り置きを……」
「これはこれは、バルシャニアの皇女様でしたか。こちらこそ、お見知り置きを」
アロイジアさんは、セラフィマのバルシャニア風の挨拶に目を細め、気さくに声を掛けてきました。
当たり前の話ですが、もう僕とは敵対する意思は無いようです。
と思ったのは束の間で、ソファーへと誘われ、お茶を一口飲んだところでアロイジアさんは背筋をピンと伸ばして臨戦態勢といった感じです。
「それで、ケントさん、今日は『聖女様の僕』についてお話があると伺っていますが……」
「はい、そうなんですが、最初にお断りさせていただきますが、僕は救国の聖女と呼ばれているエレミアさんの魔法にケチを付ける気はありません」
昨晩、リーベンシュタインに乗り込むと話した時に、セラフィマから忠告されました。
信仰絡みの話をする場合、頭ごなしに否定しちゃうと相手が態度を硬化させてしまう恐れがあるそうです。
そうなると、こちらの言い分を全否定されたりして、話し合いにならなくなってしまう可能性があります。
そこで僕らは、相手の信仰の象徴を肯定することから話を進めようと思っています。
「ケントさんは聖女様をご存じなのですか?」
「はい、救国の聖女として村からこちらまで連れられて来るのを見守っていました」
「それで、聖女様には何の問題も無いとご存じなのですね。それでは、『聖女様の僕』の何が問題なのですか?」
担当直入に、黒幕について斬り込もうかとおもったら、セラフィマが僕の腿に手を添えて、ニコっと微笑んでみせました。
うん、何か考えがあるようですね。
「アロイジア様も御存じの通り、組織というものは大きくなっていく過程で様々な人を取り込んでいきます。その中には、組織のために良かれと思い、それまでとは違った考えを取り入れようとする人や、自らの利益のために邪な考えを抱く人もいます」
リーベンシュタインという領地よりも、遥かに規模の大きなバルシャニアという国を統率する一族の一人として育ってきただけあって、セラフィマの言葉には説得力があります。
「『聖女様の僕』という組織が大きくなったことで、歪みが生じてきていると仰るのですね?」
「はい、今の『聖女様の僕』は設立当初とは違っていませんか?」
セラフィマの問い掛けに、アロイジアさんは暫し考え込みました。
「確かに、設立当初とは違ってきていますね」
「組織が変わることは悪いことばかりではありませんし、必要な変革は確かにあります。ですが、良くない変革は止めなければなりません」
「例えば?」
「我々が問題視していることの一つは、お金を汚れと結び付けている所です。リーベンシュタインを襲った疫病は、お金によって引き起こされた訳ではありませんし、むしろ感染を抑え込むには多くのお金を必要としました。設立当時、お金を汚れの素だなんて、教えていなかったのではありませんか?」
『聖女様の僕』が設立された当初は、基本的な衛生観念しか教えていなかったことは調査済みです。
「確かに、その通りです。ですが、組織として決めたことでしょうし、考えがあってのことだと……」
「聖女様もお金を汚れと考えていらっしゃるのか、直接伺ったことはございますか?」
「それは……ございません」
「おそらく、聖女様自身は、お金を汚れだとは思っていらっしゃらないと思いますよ」
「では、誰がそのようなことを言いだしたのでしょう?」
「そちらの説明は、ケント様にお任せいたします」
おぉ、ここでパスが来るんですね。
ではでは、黒幕についての説明をいたしましょうかね。
「アロイジアさん、これはタブレットという僕の世界の道具です」
「ただの板にしか……おぉ、光った!」
「詳細な説明は省かせていただきますが、僕の故郷では実際に起こった事柄を目で見たように写し取る技術が確立されています。例えば……セラ、僕に向かって何か話して」
「えっ、何かって、何を話せば良いのですか?」
「はい、いいよ」
「もう、ケント様、そのようなことは先に言っておいて下さい」
タブレットで撮影したセラフィマの動画ファイルをアロイジアさんに見えるように再生しました。
『もう、ケント様、そのようなことは先に言っておいて下さい』
「なんと! このような技術があるのですか!」
クラウスさんあたりだと見慣れてしまっていますが、アロイジアさんにとっては未知の技術だったようで、物凄く驚いていました。
「こうした技術があるのは分かっていただけましたね」
「とりあえず……分かった」
「では、僕の眷属が探って来てくれた映像です」
騒動の黒幕ゴルドーネが、手下どもと一緒に『女神さまの僕』の女性信者を騙し、裏で馬鹿にしている動画を再生すると、アロイジアさんは顔をしかめて見せました。
「この男はゴルドーネという商人で……」
「知っている、何度か教会で顔を合わせたことがある。このような男だったとは」
用意してきた資料を広げて、撮影してきた数々の動画を再生し、説明を加えていくと、アロイジアさんの表情は不快感から怒りへと変貌いたしました。
「確かにこれは由々しき問題だ。すぐさま摘発に向けて準備を進めよう」
どうやら、信仰を盾にして反発される心配は無くなったみたいです。
ではでは、摘発のための準備を終わらせましょうかね。





