黒幕
『申し訳ございません、ケント様。我々の判断で調査に着手しておりました』
セラフィマと一夜を過ごした翌朝、話を聞こうと思ったら、ラインハルトから独断専行について謝罪されましたが、そんなの今更だよね。
眷属のみんなが独自の判断で動いてくれるから、僕は楽をしていられるのだから、謝罪の必要なんて全く、微塵もありませんよ。
「ラインハルトたちが必要だと判断したのであれば、謝る必要なんて無いよ。僕はみんなの行動を尊重するし、実際のところ先に動いて正解だったんじゃない?」
『さすがはケント様、おっしゃる通り動いて正解だったと思いますぞ』
「その感じだと、リーベンシュタインがヤバいのかな?」
『正解ですぞ。このまま放置する訳にはいかないでしょうな』
ラインハルトの話によれば、まだまだ調査を開始したばかりだそうですが、それでも危機感を覚える要素がいくつも見つかっているそうです。
「その中で、一番マズいと思う事は何?」
『一番の問題は、リーベンシュタインの領主、アロイジア・リーベンシュタインが『聖女様の僕』なる組織に傾倒していることでしょう』
「えぇぇぇ……領主自ら?」
『はい、今のままだと民の血税がジャブジャブと注ぎ込まれるのも時間の問題でしょう』
「いや、ちょっと待って、その話、本当なの?」
『残念ながら、本当ですぞ』
リーベンシュタインの領主アロイジアは、羊獣人のふくよかなオバサンです。
コボルト便の設置に反対したように、頭が固い面もありますが、疫病の封じ込め対策については受け入れる柔軟さもありました。
ていうか、受け入れざるを得ない状況だったんだけどね。
頭が硬いけど、救いようが無いほどの馬鹿でもないというのが僕の印象なのですが、そんな怪しげな集団に傾倒してしまうものなのでしょうかね。
「うーん、ちょっと考えられないけどなぁ……」
『大きな水害、更には疫病による壊滅的なダメージ、困り果てていたアロイジアが手に入れた魔法の杖が救国の聖女エレミアだったようですな』
領地中から治癒魔術を使える者を片っ端から集め、それでも疫病の猛威を止めきれず、道端に力尽きた人の遺体が転がるような状況を好転させたのが、エレミアの清浄魔法でした。
「どうにもならないような危機的な状況から自分や領地を救ってくれたから、無条件で信じてしまっているのかな?」
『無条件かどうかは分かりませぬが、『聖女様の僕』が組織を拡大させるために、色々と便宜を図っているようですな』
疫病の恐怖から救ってもらったのは、リーベンシュタインの領主だけでなく一般の民衆も同じです。
むしろ、絶望的な思いをより強く感じていたのは民衆の方でしょう。
「そうか、改めて考えてみると、『聖女様の僕』が一気に勢力を拡大させる下地は整っていたんだね」
『その通りです。絶望の度合いが深ければ深いほど、そこから救ってくれた者への感謝が大きくなるのは当然でしょうな』
「それで、黒幕は誰なの?」
『ゴルドーネという男のようです』
「そいつは、『聖女様の僕』の中ではどんな役割を果たしているの?」
『ゴルドーネは、『聖女様の僕』の組織には属しておりません』
「えっ、外から糸を引いているってこと?」
『おっしゃる通りです』
僕はてっきり救国の聖女エレミアを神輿に担いで、組織のナンバーツー的なポジションにいる人間が黒幕だと思っていたのですが、どうやら違っているようですね。
「そのゴルドーネって奴は、何をしている人なの?」
『表向きには商会を経営している事になっていますが、後ろ暗い事にも色々と手を染めているようですな』
「ろくでもない奴みたいだけど、でも、どうしてゴルドーネが『聖女様の僕』を利用できている訳?」
『どうやら、色仕掛けのようですな』
「色仕掛け? って、ゴルドーネって男じゃないの?」
『男ですぞ。『聖女様の僕』なる組織は、基本的に女性だけで構成されているようです』
バステンが撮影してきた画像を見せてもらいましたが、なるほどゴルドーネはイケオジって感じがします。
『いつも身なりを綺麗に整え、接する人に対しては笑顔を絶やさない。女性ばかりの教団に納品に来た時などは、自分の仕事以外の力仕事を気楽にかって出るなどして信用を得たようです』
「でも、それって商人としては普通の営業活動じゃない?」
『そうですな、ここまでならば何の問題もありませぬが、ゴルドーネはドリスという女性と親密な関係を築き、裏から教団を操り始めたようです』
「そのドリスって人は?」
『ドリスは『聖女様の僕』という組織で、総長という役職に就いております。聖女エミリアに次ぐナンバーツーと思ってくだされ』
「ナンバーツーが騙されちゃったのか」
『ドリスは『聖女様の僕』という組織になる以前の修道院でも役職を担っていた女性のようで、ずっと女性ばかりの環境にいたために男性への耐性が乏しかったのでしょう』
女子高の若い男性教師が、アイドル並みに持て囃されたりする感じでしょうか。
いずれにしても、ドリスはゴルドーネに身も心も奪われて、良いように操られているようです。
『ゴルドーネの経営している商会は、今や『聖女様の僕』に収められている商品の殆どを扱っていて、表向きにも大商会の仲間入りを果たしております』
「元々、商人としての手腕もあったんだ」
『それはどうか分かりませぬな。商品を納入しているといっても、自分の所で全てを製造している訳ではありませぬ』
「丸投げってこと?」
『そのようですな』
『聖女様の僕』という組織で使われる品々は多岐にわたります。
修道女や孤児院で暮らす子供たちの衣食住、治療を行う治癒院での資材、教会を維持していくための様々な品物を一つの商会が自分達だけで作れるはずがありません。
そのため、下請けの工房や食品の問屋などから仕入れて、それを納品しているそうです。
「でも、それも珍しい話じゃないよね?」
『そうですな、法外な中抜きが行われていなければ……ですが』
「あぁ、そうか、価格が高かろうが、ドリスが決済の判断を下してしまえば問題無いのか」
『ゴルドーネは、ドリス以外の修道女にも商会で働く男を斡旋しているようですな』
『聖女様の僕』の前身である組織では、修道女は生涯神に仕える存在だったそうですが、それを改めて結婚して家庭に入ることを認めたそうです。
色々な事情を抱えて、修道女として一生を送るしかなかった者たちにとって、これは福音として好意的に受け入れられたようです。
「恋をして、結婚して、家庭を築く、そんな当たり前だけど手に入らなかった望みが叶うとなれば、正常な判断が下せなくなるのも仕方ないのかなぁ……」
『ちなみに、これがドリスという女性だそうですぞ』
「えっ、この人がドリス? 人違いでなくて?」
『人違いではないそうですな、ワシも確かめましたので……』
ドリスという女性は、組織のナンバーツーを務めているのだから、僕よりも年上だとは思っていましたが、ちょっと想像していたよりも更に年上のようです。
年齢的には、四十代後半ぐらいでしょうか……。
「ゴルドーネは、三十代ぐらいだよね?」
『三十代後半のようですな』
「勿論、ドリスと本気で添い遂げる気は……」
『更々無いようですぞ』
続けてラインハルトが見せてくれたのは、ゴルドーネが手下と酒を飲んでいる様子で、ドリスのことをボロクソに貶していました。
「あぁ、これは徹底的に追い込むしかないね」
『人の気持ちを弄び、踏みにじるクソ野郎ですからな、手加減は必要ないでしょうな』
「とりあえず、ぐうの音も出ないほど追い込めるように証拠を整えておいて。準備が出来たら、リーベンシュタインに出向くからさ」
『分かりましたぞ、一人残らず、徹底的にやってやりましょう』
ニヤリと笑ったラインハルトの目が怪しく光りました。
うん、これは僕が止める側に回らないとダメかもしれませんね。