先行調査
クラウスがケントからリーベンシュタインの聖女について話を聞いている頃、影の空間には成り行きを見守る三つの影があった。
『分団長、これは動いた方が良くありませんか?』
『放置は危険……』
『そうだな、我々で先に探りを入れておくべきだろうな』
バステン、フレッド、ラインハルトのスケルトン三騎士には、かつてリーゼンブルグ王国の騎士として生きた記憶がある。
その当時にも、『聖女の僕』と同じような事案が発生していたのだ。
『バステン、確かあの時の聖女は、貧しい民に無償で治療を行っていたのだったな?』
『そうです、貧しい者には無償で、金持ちには高額で治療を施していました』
『確か……新・光の聖女……』
『そうだったな、そんな名の団体だったな』
ラインハルトは腕組みをして、当時の記憶を思い出していた。
『あの団体も、最初はまともな団体だったような記憶があるが……』
『そう、最初はまともだった……』
『確か、聖女様が祈りを込めた杯などと称して、安物の杯を高額で売り付け始めた頃から、だんだんとおかしくなっていったようです』
新・光の聖女という宗教団体は、リーゼンブルグの王都アルダロスの貧民街から始まった団体だった。
どこからか、フラリと現れた治癒魔術が得意な若い女性が、貧民街の貧しい人々の病や傷を癒し、裏社会のボスまでもを巻き込んで一大勢力を作り上げていった。
王都アルダロスの中心からは少し離れた外縁部に、教団の施設を作り上げ、多くの信者を集めた。
信者の中には、他の治癒士が見放した病から命を救ってもらった貴族も名を連ね、本人のみならず、使用人一同までもが信者となる熱の入れようだった。
やがて肥大化を続けた教団は、貴族のみならず、王族にまで影響力を及ぼそうと画策を始めた。
リーゼンブルグ王家を傀儡にして、自分達が王国の実権を握ろうと画策を始めたのだ。
さすがに、そうした動きは王国騎士団の知るところとなり、摘発の方向へと動き始めたのだが、結局黒幕を捕縛するまでには三年もの年月を要した。
『結局、あの時の聖女は金集めには絡んでいなかったと記憶しているが』
『その通りです。改心した振りをしていた元裏社会のボスどもが、色々と聖女に入れ知恵をして、貧しい人のためと称して悪どい商売をさせていたと記憶してます』
『安物の杯が、聖女の力で黄金になっていた……』
といっても、聖女の魔術で焼き物の杯が黄金へと変化した訳ではなく、聖女様が祈りをこめられた……というお題目で、元の十倍どころか数百倍の価格で売られていた。
盃などの『聖女グッズ』を売った金は、貧しい人への炊き出しや孤児院の運営などに活用されていたが、それとは別に一部の幹部が金を懐に入れていた。
『裏で人身売買も行われていた……』
『そうであったな。労働力として、薄暗い仕事の引き受け手として、そして慰み者としてだな』
新・光の聖女の幹部たちは、集まったお金のおかげで栄養状態や生活環境が良くなった孤児院から、養女になるとか仕事を与えるといった理由を付けて子供を連れ出し、売り飛ばしていた。
『それらの悪事の全ては、聖女の与り知らぬところで行われ、聖女の名声が高まるほどに、一部の幹部どもが放蕩三昧を続け、信仰心を煽られた多くの者が分を超えた喜捨を行い、家庭を顧みなくなり……教団を正常化するまでには、随分と時間が掛かった記憶があるな』
『内偵に入った者が、逆に信仰に囚われてしまった事もあったと記憶しています』
『聖女の輝きが強いほど、闇も濃くなる……』
実際、ラインハルトたちが対峙した、新・光の聖女と呼ばれていた女性は、本当に慈愛の心をもち、貧しい人々に無償の愛を与える清らかな人物だった。
象徴となる人物が優れていれば優れているほど、教団自体の些細な欠点は見逃され、その更に奥に潜む巨悪を隠してしまうのだ。
『まずは、『聖女の僕』なる教団の実情を調べなければならぬが、バステン、フレッド、気を付けろよ』
『分団長、今の我々が露見することなど、あり得ませんよ』
『そうそう、影さえ踏ませぬ……』
影を伝って移動ができるバステンやフレッドが、誰かに見つかる可能性はほぼゼロだが、その程度のことはラインハルトとて分かり切っている。
『そうではない、探るのは浄化魔術を使う聖女だ。不用意に近づいて、あの浄化を食らえば我々とても深刻なダメージを負いかねんぞ』
『そうでした、あの浄化魔術は確かに危険ですね』
『あれはヤバヤバ……』
患者の体内に潜んでいるウイルスまでも浄化してしまう聖女の魔術は、影の空間に潜んでいるケントの眷属にまで影響を及ぼすほどの威力だった。
『だが、おそらく我々が探る相手は、あの聖女の目の届かない場所で悪事を働いているはずだ、浄化魔術には注意が必要だが、目的は果たせるはずだ』
『勿論、証拠は押さえておきますよね?』
『撮影の準備も必要……』
『ケント様の世界の技術を使えば、動かぬ証拠を押さえられるだろう。二人とも、ぬかるなよ』
『委細、承知!』
『りょっ……』
バステンとフレッドは、隠し撮り用のカメラを準備してリーベンシュタインへ向かった。
ケントの眷属であるスケルトンとなった今、影の空間を移動すれば、あっと言う間に到着できる。
『さて、どこから手を付ける?』
『まずは、聖女が治療してた所……』
『だな』
二人はリーベンシュタインの領都に設置されていた、疫病患者のための隔離施設へと向かった。
『あれっ、確か、この辺りだったよな?』
『そのはず……』
疫病が蔓延していた時期には、街の一区画が丸ごと隔離施設として使われ、広い通りには猫の子一匹歩いていなかったのだが、今は通りを埋め尽くすほどの人が訪れている。
『どうなってるんだ?』
『最初から当たりを引いたかも……』
通りの両側には屋台が立ち並び、祈りを捧げる少女を描いたタペストリーや、姿をかたどった塑像などが売られている。
道行く人々の多くが、首に太陽を模した形のペンダントを下げていた。
「聖女様に祈りを捧げ、不浄の心を捨てれば、疫病を恐れる必要などなくなる」
「欲望を捨て、清浄へと至る道を進め!」
真っ白な布地に、銀の縁取りがされたローブを身に付けた聖職者らしき男性たちが、道行く人々へ呼び掛けていた。
『これは、想像以上の盛り上がりじゃないか?』
『ブライヒベルグにも広まりつつあるなら、本拠地はこの程度盛り上がっていてもおかしくない……』
人の波に沿って進んでいると、突然前方から鐘の音が響いてきた。
カラーン……カラーン……っと澄んだ音色が響いてくると、道を歩いていた人たちも、屋台で土産物を売っていた人たちまでもが、その場に片膝をついてしゃがみ、両手を組んで祈りを捧げ始めた。
『バステン、ヤバイ……』
『おうっ!』
前方から発せられたプレッシャーを感じ、フレッドとバステンはその場から遠く離れた場所まで退避した。
影の空間にいれば、完全に浄化されてしまうことは無いだろうが、イチかバチかの賭けをする気にはなれなかった。
『治癒院までは、まだ距離があったよな?』
『聖女の力が増しているのかも……』
『前触れの鐘があったから良かったが、まともに受けていたらヤバかったな」
『あれは、マジ、ヤバヤバ……』
『前触れ無しに浄化の魔術を使う可能性もある、ここは慎重に動こう』
『りょっ……』
疫病が流行っていた頃には、治癒院なのか死体安置所なのか分からないような佇まいだった建物は、今や綺麗に手入れがなされ『聖女様の僕』の本拠地に生まれ変わっていた。
頷き合ったバステンとフレッドは、手分けをして建物の内部を調べ始めた。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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うん、エッチだ……
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