ほったらかし緑化計画
トレントを使った砂漠緑化実験は、なかなか面白い経過を辿っていますが、まだまだ規模が小さいですし、トレント頼みの部分が否めません。
そこで、トレント抜きでの砂漠緑化が出来ないものか考えてみることにしました。
砂漠が砂漠である理由は、何と言っても降水量の少なさにあります。
バルシャニアとリーゼンブルグの間に横たわるダビーラ砂漠は、見渡す限りの真っ平な地形のために雲がぶつかって雨が降るという状況が起こりにくい状態です。
それでも、全く雨が降らないわけではないようなのですが、二番目の問題として地面に保水力がありません。
サラサラとした砂地は水を吸い、地中深くへと浸透させてしまいます。
地球から高分子ポリマーでも大量に持ち込めば、あるいは簡単に緑化が進められるのかもしれませんが、地球でも砂漠化の問題は解決されていませんから、そんなに上手くはいかないのでしょう。
『ケント様、とりあえずオアシスを増やしてみてはいかがです?』
「あのトレントの森に作った、闇の盾を利用した池を作るってこと?」
『そうです。既存のオアシスに加えて、ふんだんに水が使えるオアシスが出来れば、旅人も助かるでしょうし、オアシスで畑作をしようと考える者も現れるかもしれませんぞ』
「なるほど……でも、水が枯れたりしたら、また砂漠に戻っちゃう気がするよ」
闇属性のゴーレムに闇の盾を維持させて、新たな水源を作るのは難しくありません。
ですが、それはあくまで僕の能力頼みであって、将来的に僕が居なくなってしまったら、水源は枯れ、オアシスは砂漠に戻ってしまうでしょう。
『ケント様、それならば恒久的に使える水路を作るしかありませんぞ』
「そうだよねぇ……でも、それってバルシャニアがやってる緑化事業と同じなんだよねぇ」
バルシャニアの東の端、ダビーラ砂漠を臨む街チョウスクでは、工兵部隊が水路を作って水を引き、地道に砂漠の緑化を進めています。
本来、砂漠の緑化とは、そうしたバルシャニアの取り組みや、リーゼンブルグで行われている砂に埋まった土地の掘り起こしのように、緑地部分を広げていく方法です。
僕のように、砂漠の真ん中に緑地を作り、それを広げていくようなやり方には無理があるのでしょう。
『そうですな、水源や水を溜め込めない土地などの問題を、水路も引かずに解決しようなんて最初から無理がありますな』
「だよねぇ……所詮は素人考え、子供の妄想なんだろうね」
『それは、ケント様が普通の子供であったならば……ですな』
「ん? どういう意味?」
『どういう意味も何も、トレントを活用してオアシスを築くなんて発想はケント様でなければ思い浮かばないでしょうし、実行もできなかったはずですぞ』
「まぁ、確かに好き放題やったという自覚はあるね」
『それならば、他の場所でも好き放題試してみてはいかがですかな』
「そうか……失敗したところで、砂に埋もれてしまうだけか」
リーゼンブルグから頼まれた訳でも、バルシャニアから頼まれた訳でもありません。
ましてや、ダビーラ砂漠から遠く離れたヴォルザードの領主、クラウスさんから頼まれた訳でもありません。
あくまで僕が、眷属たちの力を借りて、好き勝手に実験を行っている状況です。
「そうか、失敗したところで、誰に文句を言われる訳でもないのか。だったら思いっきり、好きなように試してみれば良いのか」
『どうせ普通の方法では成功する見込みは低いのですから、突飛な発想を元にして進めていけば良いのではありませぬか』
「そういうことだね」
ということで、砂漠の真ん中に池だけ作ってみることにしました。
ただ、下が砂地だと、ドンドン吸われてしまうので、デカイ受け皿を作ることにします。
目標の直径は四百メートル、ゼータ達に頼んで、魔の森の訓練場の土をすり鉢状にして、硬化してもらいました。
「ではでは、送還!」
ダビーラ砂漠のど真ん中、トレントの森を移植した場所からは離れた所を選んで、硬化させたすり鉢状の土を運び入れました。
水平度を微調整した後、すり鉢状の底に闇属性のゴーレムを設置して闇の盾を保持させて、トレントの森の池と同様にラストックの下流から水を引き入れました。
「おぉぉ……向こうは百メートル程度の大きさだから、こっちはかなり大きく見えるね」
雲一つ無い青空の下に、ひたひたと水が広がっていくと、大きな鏡のようになりました。
『これはこれは、砂漠に空が浮かんでおるようですな』
「うん、なかなか壮観だね」
地球でいうならウユニ塩湖みたいな感じでしょう。
これで水深が深くなり、藻とかが湧き始めると、また景色が変わって行ったりするんでしょうね。
残念ながら、闇の盾を使って水を引いているので、生きた魚は通り抜けることが出来ません。
なので、池が水を湛えるようになっても、魚が住み着くことはなさそうです。
『ならば、魚を放せば良いのではありませぬか?』
「そうなんだけど、餌になる植物とかが居ない状態では無理だよね」
たぶん、水草の類は、鳥が種を運んで来て繁殖していくような気がします。
そうしたら、水生の昆虫とかを放し、次にカエルなどの両生類や爬虫類、そして魚を放すようにすれば、新たな生態系が生まれていくような気がします。
「最終的には、どこかの端から水が溢れると思うんだけど、川ができたりしないかな?」
『さて、闇の盾の大きさが限定的ですから、大河ができたりはしないでしょうな』
「だよね……」
ラストックの下流からの取水も、後々の影響を考えて限定的なサイズに留めています。
なので、轟々と水が溢れて川になるといった事態は期待できそうもありません。
『さて、この後はどうなされます?』
「とりあえず、ここは放置だね」
『これ以上は手を加えないおつもりですか?』
「今のところはね。暫く放置して、思わしくない状況が起こったら考えるよ」
『それまでは、自然の成り行きに任せるのですな』
「うん、トレントの森にもサンドリザードマンの一団が来たように、こっちにも思わぬ来客があるような気がする……って、もう鳥が飛んで来てるじゃん」
気が付けば、数羽の鳥が飛来して、水辺を歩き回っています。
残念ながら、カチカチに固めた土があるだけで、水草も虫もまだ影も形もありません。
『幸先がよろしいですな。鳥が来れば、いずこからか種を運んで来ますぞ』
「そうだね。でも、種が芽吹いて草が生えるには、まだまだ時間が掛かるんじゃない?」
『さて、それはどうか分かりませんぬぞ。掃除をしない池には、あっと言う間に苔や藻が生えてきますからな』
「まぁ、こっちは気長に観察してみよう」
とりあえず、砂漠の真ん中に水源を作ってみたので、後はどのようになっていくのか、森や草原が生まれるのか、はたまた池の周りは砂漠のままなのか。
こちらはこちらで興味が尽きません。
『ケント様、もしこの周囲が緑溢れる土地になったなら、この池を中心として、周囲に別の水源を並べていってみてはいかがです?』
「なるほど、ここを車軸にして、車輪状に池を増やせば、やがて広大な緑地が出来るかもしれないね」
『緑地ができれば、そこから蒸発した水が雲を作り、天候すら変わっていくかもしれませんな』
「普通に雨が降るようになって、作物が作れるようになれば、人も増えていくんだろうなぁ」
観察を続けているうちに、すり鉢状の皿の周囲から砂漠の砂が徐々に徐々に浸食を始めました。
さてさて、溢れた水は何処に向かうのでしょうか。