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ハズレ判定から始まったチート魔術士生活  作者: 篠浦 知螺


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本の魔力

※今回はメイサちゃん目線の話になります。


「ほら、メイサ、いつまで読んでるつもりだい」

「うーん……もうちょっと」

「また尻を叩かれて起こされたいのかい?」

「うーん……」

「ほら、もう明かりを消すよ」

「は~い……」


 これまで、本を読むなんて面倒くさくて嫌だったけど、ケントの活躍を綴った本を読み始めたら止まらなくなってしまった。

 今読んでいたのは、ケントがバルシャニアでギガースという巨大な魔物を退治した話だ。


 この話は、まだケントがうちに下宿している頃に、本人から聞かせてもらったことがある。

 でも、本に書かれているのは、ケントの口からは語られなかったギガースの恐ろしさであり、甚大な住民の被害であり、深い絶望だった。


 ケントからも大きな被害が出ていたとは聞いたが、具体的にどんな被害だったのかまでは詳しく聞かされていない。

 ケントが私に嘘をついているのでなければ、この本の最後にはギガースが退治されて平和が訪れるはずなのだが、本当に大丈夫なのかと心配になってしまう。


 それほど、本に書かれているギガースは恐ろしく、絶望的な存在なのだ。

 たった一体の魔物が襲ってきただけで、一つの村が壊滅的な状況に追い込まれていく。


 その過程は、もしかするとケントも聞いていなかったのかもしれない。

 私たちの暮らすヴォルザードは、かつては最果ての街とも呼ばれていた魔の森に接する危険な街だった。


 まだ私が生まれる前には、実際に街の中にまで魔物が入り込み、大きな被害が出たこともあるそうだ。

 そして、ケントがうちに下宿するようになってからも、魔物の大量発生が起こったり、グリフォンに襲われたりした。


 その度に、ケントやケントの眷属が活躍して、やっつけてくれたけど、それでも何人かは魔物の餌食になっている。

 もしケントが居なかったら、ヴォルザードも本に出てくるギガースに襲われた漁村のように、めちゃくちゃにされていたのかもしれない。


 これまで、私が学校で読まされていた本は、昔の偉い人の功績だったり、魔王と勇者の伝説みたいな作り話ばかりで、全然違う世界の話のように思えていた。

 でも、ケントのギガース退治を綴った本は、実際に起こった、他人事ではない話なので、文字を読んでいるだけなのに、頭に情景が浮かんで来るのだ。


 それに、本の途中にはギガースの姿を描いた絵が挟まれていて、一緒に描かれた人と比べると大きさが想像できるのだ。

 本を読むのを止めて、明かりの消えた部屋でベッドに入っていても、頭の中にギガースが暴れ回る様子が浮かんできて、なかなか寝付けない。


 村にいた兵士が薙ぎ倒され、知らせを受けて駆け付けた騎士ですら、何も出来ずに返り討ちにされてしまう。

 あぁ、どうして……なんでケントを呼ばないのだろう。


 翌朝、なかなか寝付けなかったせいで、ボーっとする頭を頬を両手で叩いて無理やり起こし、全速力で朝の支度を終わらせる。


「ほらほら、そんなに慌てて食べるんじゃないよ。どうしたんだい、また宿題忘れてたのかい?」

「ううん、今朝は当番だから……ごちそうさま、いってきます!」

「慌てて馬車にぶつかったりするんじゃないよ! まったく、せわしない子だね。いったい誰に似たんだか……」


 いつもよりも早い時間に家を出て、学校に向かって裏道を小走りで進む。

 宿題を忘れていないというのも、今日が当番だというのも、どっちも嘘だ。


 それよりも、早く学校に行って昨日の続きを読みたい。

 宿題は、二時間目の休み時間にミオに写させてもらえばいい。


 教室の自分の椅子に座ったら、読みかけの本を取り出して栞を挟んだページを開く。

 もう、とっくに終わってしまっている話なのに、今、この瞬間にも村が襲われ続けているように感じている。


 ギガースを相手に万策尽きたバルシャニアは、遂にケントに助けを求めた。

 もっと早く助けを求めれば良いのに……と思っていたけど、バルシャニアから見れば、砂漠を越え、更にリーゼンブルグ王国を越えた先に暮らすケントには、簡単に要請を出せなかったらしい。


 犠牲ばかりが増え、なかなかケントへの救援要請の許可が下りない状況での、セラフィマさんの胸の内を知り、私まで苦しくなってしまった。

 そして、救援を出すやいなや、すぐに駆け付けてくれたケントへの感謝と溢れるほどの愛情を知り、別の意味で胸が苦しくなってしまった。


 そのセラフィマさんは、ケントのお嫁さんの一人としてヴォルザードで暮らしている。

 私も何度も会っているし、話もしているのだが、工芸品のような美貌と洗練された立ち居振る舞いには、同じ女性としてもうっとりさせられてしまう。


 美しさでも教養でも、私が勝てる余地なんて無い。

 私がセラフィマさんよりも勝っているものがあるとすれば、ケントと一緒に暮らした時間だけだったけど、それももう逆転されてしまっているだろう。


「おはよう、メイサ……えぇぇぇぇ! メイサが朝から本を読んでる……」


 ミオが元気に挨拶してくれたのは嬉しいが、その後の反応はいただけない。


「おはよう、ミオ。その言い方は失礼じゃない?」

「ごめん、ごめん、でもメイサが本を読んでるなんて珍しいからさ……」

「ホント失礼よね、許してほしかったら、今日の宿題写させて」

「あー良かった、いつものメイサだよ……って、宿題やってないのは良くないけど。それで、何を読んでるの?」

「ケントがバルシャニアでギガースを退治した話」

「あっ、セラフィマお姉ちゃんが書いたやつ、どこまで読んだ?」


 実はこの本、まだ発売前だそうだが、ケントの家に暮らしているミオならば知っていても不思議じゃない。


「今、知らせを受けたケントが駆け付けたところ」

「あぁ、いいよねぇ……その場面好き。セラフィマお姉ちゃんの知らせに即座に応えてくれるケントお兄ちゃん、格好いいよねぇ……」

「うん、そうそう……」


 ミオのお姉さんであるユイカさんもケントのお嫁さんの一人だから、ミオにとってケントは義理の兄だし、セラフィマさんは義理の姉だ。

 別に私はケントの妹になりたい訳ではないけど、ミオのポジションは羨ましいというか、ちょっとズルい気がする。


 でも、宿題を写させてくれたから許してあげよう。

 授業の合間の休み時間や昼休みには、いつもなら体を動かして遊んでいるのだが、今日はそういう気分にはなれない。


 本の続きが気になって、少しでも時間があれば読み耽りたいのだ。

 バルシャニアに行ったケントは、皇帝陛下や皇子たちと協議して、ギガースの強固な守りを破るための魔道具を手に入れるため、再びヴォルザードへと戻って来る。


 グリフォン討伐に使った魔道具をヴォルザードの職人が徹夜で仕上げてケントに託す。

 ケントは魔道具を手にバルシャニアへと急いで戻り、いよいよギガースとの決戦……というところで昼休みが終わってしまった。


 気になる、続きが気になりすぎて、全然授業の内容が頭に入って来ない。

 ケントからギガースを退治した話を聞いたはずなのに、詳しい内容まで思い出せない。


 最終的にケントが勝ったのは間違いないとして、そこまでの過程が気になる。

 どうしよう、教科書に隠して続きを読んでしまおうか。


 どうせ授業は頭に入ってこないのだから、本を読んでいても同じではないのか。

 そんな事を考えていたら、先生に指されて質問され、当然のように答えられなかった。


 先生に怒られて、クラスのみんなに笑われてしまったけど、悪いのは私ではなくて、セラフィマさんの文章が上手すぎるのが悪いのだ。

 読み進めても、読み進めても、その先が気になるような書き方が罪なのだ。


 午後の授業が終わったら、脇目も振らずに家に帰って続きを読んだ。


「おやおや、メイサが本を読んでるなんて、こりゃあ雪でも降るんじゃないか?」

「うん……」


 サチコに何か言われた気がしたけど、よく聞いていなかったので生返事をしておいた。

 ギガースは、私が想像していたよりも狂暴で強力で、ラインハルトのおじちゃんも協力していたのに、バルシャニアの騎士団は大きな被害を受けてしまう。


 このままでは全滅すると思った時、ケントの強力な魔法が炸裂してギガースの右半身を吹き飛ばした。

 凄い、バルシャニアの騎士団が刃も立たなかったギガースを一撃で倒してしまうなんて、やっぱりケントは凄い。


 これで平和が訪れたと思ったら、海から更に二頭のギガースが姿を現した。

 ネロがギガースの上陸を阻んでいる間にバルシャニアの騎士団は撤収、そして再びケントの強力な魔法でギガースは二頭とも粉々になった。


「やった! さすがケント!」

「メイサ、キリが良ければ、そこまでにしておきな。夜の営業を始めるよ」

「えっ、嘘っ……もうそんな時間?」

「ほらほら、早く支度しておくれ」


 さっき帰ってきたと思ったのに、あっと言う間に時間が過ぎていた。

 あぁ、でもまだ続きが読みたい。


 これから騎士たちの弔いが行われるところなのに……。

 それに、本はもう一冊、カミラさんが書いたリーゼンブルグでケントが活躍した話があるのだ。


 はぁ、何もしないで本を読んでいたい……。


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― 新着の感想 ―
異世界版藤原孝標の娘が誕生してしまう (源氏物語を入手した時から御簾に籠って読み続けたという平安時代の女性)
メイサに甘いな。 少なくとも学校では宿題完成する前に読む状況は叱っとかなきゃダメだろ
新刊買ってきたときの自分そのままだ!と思ってる読者さんたちは多いはず、私含め(笑)
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