宿泊所(後編)
魔の森の元訓練場での工事は、着々と進められています。
地上三階建ての骨組みだけでなく、その後に取り付ける外壁や階段、内部の仕切りなども作られています。
まさに異世界ユニット工法と呼ぶのが相応しい状況で、各種のパーツが整然と並べられていきます。
てかね、コボルト隊の動きが熟練の職人さんみたいなんですよ。
いつの間に、そんな高等な技術を身に付けたんですか。
コンクリートを流し込んだ後のコテ捌きとか、見てて惚れ惚れしちゃいます。
これは工事が終わった後で、思いっきり撫でまくってあげないといけませんね。
てかさ、もう国分工務店を設立できちゃうレベルでしょ。
まぁ、これまでも国分土木として街道の整備とか、散々やりまくってきたんですけどね。
数日にわたって、元訓練場で進められてきた予備工事も終わりが見えてきました。
『ケント様、そろそろ野営地の方の準備を進めましょう』
「そうだね、設置場所を整備しておかないと建てられないもんね」
野営地へと移動して、駐在しているヴォルザードの守備隊員に声を掛けました。
「こんにちは、そろそろ宿泊所の建設に取り掛かりたいので、予定地に居る人達に移動をお願いしたいのですが」
「わかりました。おい、宿泊所の工事を始めるそうだぞ」
ヴォルザードの守備隊にも、リーゼンブルグの騎士団にも、あらかじめ宿泊所の件は通達してあります。
建設予定地も知らせてありますが、工事が始まるまでは商売していても構わないとも伝えてあります。
宿泊所を建てる場所は、警備のし易さも考慮して守備隊の詰所の隣になります。
元々、野営地自体そんなに治安は悪くないのですが、それでも守備隊や騎士団の詰所の近くは、揉め事になった時でも安心なので、商売をする人から人気があります。
今も、建設予定地には数台の馬車が並び、この日の商売の支度をしているところでした。
守備隊員たちが手分けして声を掛け、別の場所へ移動を促します。
「おーい、宿泊所の工事を始めるから移動してくれ」
「えっ? 今から?」
「そうだ、今からだ」
「急にそんな事を言われたら困るぜ。もう今日の準備を始めちまったんだ」
「急にじゃないだろう、もう何日も前から看板立ててあるんだし、急な立ち退きがあると知らせたろ」
「それは……そうだけど、こんなに急だとは思わないじゃないっすか」
事前に看板を設置し、見回りの度に守備隊員が声を掛けてきたそうですが、店を開いている人たちにとっては急な移動は不満なのでしょう。
「まぁ、不満があるのも分かるが、ここには乗合馬車のための宿泊所が建つ。中には食事が出来る設備は作らないそうだから、お前さんらのお客がぐっと増えるんだぜ」
「えっ、そうなんすか! それじゃあ早く工事してもらわねぇと、いつ出来るんすか?」
「三階建ての大きな建物になるそうだから、すぐには出来あがらねぇよ。さぁ、移動してくれ」
建設期間については知らせてないので、もしかしたら一ヶ月ぐらい掛かると思ってるかもしれませんね。
商売用の馬車が移動を終えた所で、工事現場の周囲に杭を打ち、ロープを張って立ち入りを制限します。
まずは基礎の工事ですが、テキパキと測量するコボルト隊の指示に従って、僕が送還術で溝を掘り、水平を確認したところで闇属性のゴーレムを設置して硬化させます。
ではでは、本体工事を始めますかね。
元訓練場へと移動して、出来上がった骨格を闇属性のゴーレムを目印にして送還します。
「じゃあ、いくよ、送還!」
送還を終えて野営地へと移動すると、ちょっとした騒ぎになっていました。
「なんだ、なんだ、いきなり現れやがったぞ」
「どうなってんだ?」
送還術にリソースを割り振ったので、こちらの闇の盾は解除してたんですよね。
なので、骨格とはいえ三階建ての構造物が突然現れたのですから、驚くのは当然ですよね。
設置を終えた骨格の水平度を確認したら、外観の工事へと移ります。
「それじゃあ、みんな、仕上げに取り掛かって!」
「わっふぅ!」
骨組みだけだった建物の脇に闇の盾を設置すると、コボルト隊が一斉に床板を張り始めました。
だだだっと並べたら、魔法コンクリートで接合、硬化させ、床板が終わったら、次は外壁です。
こちらも並べて接合、並べて接合の連続で、あっと言う間に外壁工事まで完了してしまいました。
外壁には、既に窓も取り付け終わっているので、外からだと建物が出来上がって見えます。
外壁設置のために骨格を囲っていた闇の盾を解除すると、商売そっちのけで成り行きを見守っていた人々から驚愕の声が上がりました。
「なんじゃこりゃぁ!」
「嘘だろう、もう建物が出来上がってるぞ」
「これは、どうなってるんだ……」
馬車を使って商売をしている人だけでなく、守備隊員までもがポカーンと口を半開きにしています。
うんうん、いい感じに驚いてくれてますね。
外壁工事が完了しても、工事は終わりではありません。
続いて、カプセル部分の搬入が行われます。
カプセル部分は既に組み立て済みで、ドアなんか通りませんし、勿論階段も通れません。
でも、闇の盾があれば搬入は楽々なんですよね。
カプセル部分の設置と同時に、水回りや階段も設置していきます。
全て、はめ込んで魔法コンクリートで接合するだけなので、どんどん工事は進んでいきます。
下水管を繋ぎ、浄化の魔道具を設置し、廊下や階段に明かりの魔道具を設置しました。
廊下の両側がカプセルになっているので、明かり無しだと廊下はちょっと暗いです。
魔道具の明かりが灯ったことで、建物が目覚めたように感じますね。
引き続き、各部扉の設置、雨樋を繋いだら、防水のチェック、基礎部分を埋め戻して整地すれば、ほぼほぼ工事は完了です。
『いかがですかな、ケント様』
「うん、文句の付け所が無いよ」
殆どの部材が、例の魔法コンクリート製なんですけど、柱の角とか階段の角とかは、絶妙に面取りがされています。
角々だったら、ちょっと危ないと思っていましたが、細かい所までちゃんと目が行き届いています。
「でも……」
『どうかなさいましたか?』
「この床は、雨の日とかは滑りそうだね」
嵌め込み、嵌め込みで作った床ですが、継ぎ目とか分からないぐらいツルツルで、まるで磨いた大理石みたいです。
仕上げとしては素晴らしいと思うのですが、水が浮いた状態だとツルっと滑りそうな気がします。
『なるほど、確かに雨の日などは滑りそうな気がしますな』
「階段とかも、何か対策しておいた方が良さそうだね」
『そうですな、踏み外すと危ないですな』
ラインハルトやコボルト隊のみんなが滑って転ぶとは思えませんが、ここを利用する一般の人たちには対策が必要でしょうね。
「絨毯を敷く、木の床板を張る、表面を滑りにくく加工する、他にはないかな?」
『その辺りは、管理する手間も考えねばなりませぬから、クラウス殿に相談されたらいかがです?』
「うん、そうだね。掃除の手間を考えると、今の状態が一番楽だから、管理する人の意見も取り入れた方が良いね」
カプセルの部分も一つ一つ見て回りましたが、ドアの建付けとか凄くしっかりしています。
「なるほど、一応内部から閂は落としておけるんだね」
『でないと、安心して休めない者もいるでしょう』
「そうだね、特に女性は心配だもんね」
『いや、若い男も危うい時がございますぞ』
そうでした、こちらの世界は同性との恋愛に寛容だから、男性であっても性被害に遭う可能性はあるのか。
『心配でしたら、コボルト隊に巡回させれば宜しいのではありませぬか?』
「うーん……みんなの負担が大きくなり過ぎないならね」
『そうですな、管理責任は守備隊ですが、見て見ぬ振りも出来ませんな』
「まぁ、その辺りは実際に運用され始めてから考えよう」
ヴォルザードの守備隊が駐在する野営地での宿泊所建設は、細かい部分を除いてほぼ完成しました。