宿泊所(前編)
「乗合い馬車ですか?」
「おぅ、ヴォルザードとラストックの間で商人の往来が増えてはいるが、単純に行ってみたいという人を往来させる手段が無い」
クラウスさんから相談があるとギルドに呼び出され、切り出された話が乗合い馬車の設置についてでした。
「うちの眷属がオークとかが大きな群れを作るのは防いでいますし、街道にも近付かせないようにしていますから、乗合い馬車を運行することは可能だと思いますよ」
「あぁ、魔物の襲撃を防いでいることには大いに感謝している。だが、乗合い馬車を運行するには、まだ準備しなけりゃならない事があるんだよ」
「準備……ですか?」
街道の整備もしましたし、魔物へのケアも行っています。
ヴォルザードとラストックの間には、一ヶ所に二つずつ、合計六つの野営地も設置してあります。
「その他にも準備が必要なんですか?」
「そうか、ケントは乗合い馬車で移動するような経験は無いのか」
「はい、僕は影移動が使えますから、どこに行くのも簡単ですし、時間も掛かりません」
「それじゃあ、思いつかないのも当然か」
どうも、クラウスさんの口振りからすると、何か決定的な事を忘れているみたいです。
「えーっ、他に必要な物って何だ?」
「ケント、乗合い馬車を使ったことは無くても、見たことぐらいはあるだろう?」
「ええ、それは勿論ありますよ」
「乗合い馬車には、何人ぐらいの客が乗っていた?」
「何人……大きな馬車だと四十人とかですか?」
「まぁ、そのぐらいだな。まだ気が付かないか?」
「えっ、お客が四十人で、御者や護衛を合わせると五十人ぐらいですか?」
「その通りだけど、そいつらは、どうやって夜を過ごすと思う?」
「あっ、そうか……野営地には宿が無いんだ」
「その通りだ」
魔の森にある野営地には、ヴォルザードの守備隊やラストックの騎士のための詰所は建設しましたが、それ以外の建物の建設は許可していません。
野営地は、僕が善意で作ったもので、土地の所有は認めていません。
野営地での商売は認めていますが、固定した建築物の設置は許可しておらず、馬車の荷台を使って商売をする場合でも、何日も同じ場所に止めないように指導しています。
つまり、野営地には宿泊できる建物は、守備隊と騎士団の詰所だけなのです。
「馬車にぎゅうぎゅう詰めになったまま一夜を明かすなんて出来やしない。乗合い馬車を運行するには、少なくとも野営地に馬車の客が寝泊まりする場所が必要だ」
「宿泊施設ですか……」
「なにも高級な宿を作れなんて言わないぞ、一晩横になって休める場所があれば良いんだからな」
野営地では、飲食物を販売する業者が増えていると聞いています。
食事については、そうした商売人から購入する、もしくは携帯食のようなものを持参すれば、一晩ぐらいは何とか過ごせるでしょう。
一方、体を休める場所は、天気の良い晩ならば、地面に敷物を広げて横になる……みたいな方法がとれますが、雨が降ったら悲惨なことになるでしょう。
「泊まるだけで良いなら、カプセルホテルみたいな感じで良いのかな?」
「なんだ、そのカプなんとかってのは?」
「カプセルホテルっていうのは……口で説明するよりも画像を見てもらった方が分かりやすいか」
クラウスさんに、日本式のカプセルホテルがどんな物なのか、タブレットを使い、画像を見せて説明しました。
「そうそう、こんな感じで十分なんだよ。体を伸ばして休める場所さえあれば良いんだ」
「とりあえず、何人泊まれるようにすれば良いんですか?」
「とりあえず、五十人ずつを二ヶ所必要だ」
「そうか、ラストックへ向かう馬車と、ラストックから戻ってくる馬車があるからか」
馬車一台につき、五十人、それが往復の二方向で運行するから、最低でも百人が休める場所が必要になります。
「でも、すぐに増やさなきゃいけなくなるんじゃないですか?」
「そうだな、確かに百人程度じゃ済まなくなるだろうな」
「それならば、とりあえず三倍、三百人程度が泊まれるように作りますよ」
「おぅ、そうしてくれ」
「水浴び場とかも付けた方がいいですよね?」
「そうだな、これからは寒くなるから一晩ぐらいは問題無いが、夏場はあった方が良いな」
「それじゃあ、男性用の他に、一応女性用も作っておきますね」
テーブルの上に紙を広げて、簡単な図面を作成していきます。
建物は土属性魔法を使って作り、ついでにカプセルも作ってしまいます。
各カプセルには、出入口のドアの他に、通気用の窓も設置します。
日本なら冷暖房のダクトを設置すれば良いのでしょうが、空調の魔道具まで設置するとコストが掛かりすぎるということで、小窓の設置に留めておきます。
カプセルも土を固めて作るので、そのままでは余りにも寝心地が悪そうなので、魔の森の木を使ってすのこを作って設置します。
管理コストが嵩むので、布団も設置しないそうです。
猫獣人から不満が出そうだにゃ。
建物は三階建てにして、一応非常階段も設置しますが、全館喫煙所以外では禁煙、タバコ以外の火の使用も禁止するそうです。
ただ、ボヤ程度の火災ならば、水属性の魔法が使える人がいれば消し止められますからね。
宿泊所は、守備隊や騎士団の詰所に隣接するように建てます。
そこならば、防犯体制も構築しやすいですからね。
ついでに馬車を停める場所や、馬を繋いでおくスペースも確保します。
「ところで、建物の建設については了解しましたが、誰が運営するんですか?」
「運営管理については、ヴォルザードとラストックが共同で行う。既に書面をやり取りして準備を始めている」
「この宿泊施設って、当然有料ですよね?」
「当たり前だろう、管理するには人が必要だし、金が掛かるんだからタダって訳にはいかねぇよ」
「なるほど……リーチェ、どう思う?」
「ケント様への報酬が、働きに見合っていないと思います」
ベアトリーチェに話を振った途端、クラウスさんが渋い表情を浮かべました。
「そもそも、この野営地はケント様が設営したもので、その野営地で使用料を請求する商売をするのであれば、当然ケント様にも使用料が支払われるべきです」
「いやいや、待て待て、リーチェ。そもそもケントは野営地の使用料を取ってないだろう」
「それは、ランズヘルト、リーゼンブルグ間の物の流れを増やすためです。この宿泊所が無料ならば使用料を要求しませんが、有料なんですよね? それに、この建設費ですが……」
「おいおい、建設費まで増やせって言うのかよ」
「いいえ、この建設費はお支払いいただかなくても結構です」
「えぇぇ……リーチェ?」
普段なら増額要求しかしないベアトリーチェの意外な申し出に驚いてしまったのですが、それよりも、クラウスさんが更に渋い表情になっています。
「ケント様、建設費を支払ってもらうということは、この建物の所有権を渡してしまうようなものです」
「あっ! 確かに……」
「詰所については治安維持に必要なものですから、無償で提供するのも良いでしょうが、乗合い馬車のための宿泊施設は、いずれ事業として運営されるものです。それならば、建物はケント様が所有し、使用料を徴収する形の方がよろしいかと思います」
「なるほど……それで良いですか、クラウスさん」
「ちっ、良いも悪いも、ケントの協力無しじゃ話が進まねぇんだ、認めるしかねぇだろう。ただし、当面の間は、うちが徴収する使用料も値引くつもりだから、そっちも割り引いてもらうぞ」
リーチェのOKが出たので、宿泊所の建設に取り掛かるとしましょうかね。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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