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届いたメール

※今回は日本政府の窓口役、梶川さん目線の話です。


 仕事用のメールボックスに、珍しい人物からのメールが届いていた。

 以前には頻繁にメールをやり取りしていた時期もあるので、珍しいという表現は適当ではないかもしれない。


 文面は、当たり障りのない挨拶と珍しい物を見つけたので添付ファイルを確認してもらいたいという内容だった。

 添付ファイルは、テキストデータと画像データ、それに動画データだった。


 念のためにウイルス検査をしてから開き、内容を確認した。


「これは、何のデータなんだ?」


 テキストデータの内容は、何かを分析した結果のようだが、私には何の内容なのか判断がつかなかった。

 続いて開いた画像データは、何かの計測器の液晶画面を写したもので、おそらくテキストのデータと同一なのだろう。


 最後に開いた動画は、一分程度の短いもので、何かの地層を撮影したものらしい。

 青みの強い岩石の地層が、遠くまで繋がっている様子が写されている。


 動画の後半では、メールの差出人である国分健人氏が姿を見せ、地層の幅の大きさを自らの身長と比べて表していた。

 そして、計測機器を使って目的の地層を測定し、その結果を示した液晶画面を撮影して動画は締めくくられていた。


 恐らくだが、彼は異世界で貴重な鉱物資源の鉱脈を発見したと知らせて来たのだろう。

 その肝心の鉱脈が、何の鉱脈なのか書かれていないところが彼らしいというか、案外本気で書き忘れたのかもしれない。


 仕方がないので自分の伝手を使い、鉱物に詳しい人間に送られて来たデータをメールで送信して見てもらった。

 すると、予想外の返事がきた。


『お問い合わせのデータは、銅とコバルトを高い割合で含む岩石の測定データと思われます。

 どのような場所のサンプルかは分かりませんが、現在世界一とされるコンゴ共和国で産出される鉱石よりもコバルトの含有量が豊富です。

 鉱脈の規模にもよりますが、非常に有望なコバルト鉱床の可能性を秘めています』


 返信のメールを二度読み返した後で、思わず大きな溜息をついてしまった。


「コバルトかぁ……コボルトを使ったら見つけちゃいました、なんて言うんじゃないだろうな」


 コバルトという鉱石が、様々な分野で活用されていることは私も知っている。

 そして、コバルトに関して日本はある場所で採集の実験を行っている。


 その場所は、日本の東の端、本土からは1800キロも離れた太平洋上の南鳥島近くの水深5000メートル以上の海底だ。

 深海の海底に転がっているマンガンノジュールと呼ばれる球状の堆積物に、マンガンや鉄、ニッケルなどと一緒にコバルトが含まれている。


 このマンガンノジュールによるコバルトの埋蔵量は、日本の年間消費量の七十年分以上といわれている。

 つまり、マンガンノジュールが実用化されれば、国分君の送ってきた未知の鉱脈などに頼らなくても済むことになるのだが、残念ながら商業化の目途は立っていない。


 マンガンノジュールを写した映像をみると、海底を埋め尽くすようにゴロゴロと転がっている。

 その映像だけを見ると簡単に集められそうに思えるのだが、場所は水深5000メートル以上の海の底だ。


 人間が潜って、ヒョイヒョイと集められる深さではないのだ。

 採集実験では、UFOキャッチャーのアームをゴツくしたような機器を海上から下ろし、海底に到達すると同時にゴッソリ海底の砂ごと採取する装置が使われていたが、あくまでも実験用だ。


 映像から推測すると一度に採取できる範囲は、せいぜい50センチ四方程度で、商業化するには程遠い。

 仮に、一度に5メートル四方程度を採取できる装置を使ったとしても、天候に左右される海の上からピンポイントに狙った場所に採掘機を下ろすのは至難の業だろう。


 それに、その方式で採取を行った場合、大量の砂が舞い上げられてしまう。

 そうした砂は周囲のマンガンノジュールを覆い隠してしまうだろうし、深海域の環境に悪影響を及ぼす恐れも指摘されている。


 現時点では効率良く、しかも環境に悪影響を及ぼさずに、マンガンノジュールを採集する方法は確率されていないのだ。

 更に、マンガンノジュールの実用化には別の問題も残されている。


 マンガンノジュールから効率良くコバルトを取り出す精錬技術が確立されていないのだ。

 調べてみると、国分君が使っていた計測器は300万円ぐらいするらしい。


 彼の資産から考えれば、大した額ではないのだろうが、彼と同年代の人間にとっては大きな金額だ。

 それだけの機器を揃えているのだから、当然マンガンノジュールの現状も理解しているだろう。


「つまりは、催促ってことだよねぇ……」


 日本政府には、国分健人氏に報酬未払の案件がある。

 地球に衝突する可能性のあった小惑星の軌道変更を頼んだ一件だ。


 それに付随した、ISS国際宇宙ステーションの乗組員の避難送迎については、総額240億円の報酬を支払った。

 小惑星の軌道変更は、それとは比較にならない困難な作業だった。


 ただ、小惑星本体の衝突は回避できたが、多くの破片が地球に降り注ぎ、日本各地にも被害が出ている。

 実際、240億円の支払いが報道された時には、賛否両論……というよりも批判的な意見が多くみられた。


 日本各地に大きな被害が出ているのに、一個人に巨額の費用を支払うのは間違っているという件が殆どだが、費用についてはアメリカやロシアにも負担してもらっている。

 240億円の全てを日本が負担した訳ではないのだが、日本政府から公式な発表はなされていない。


 批判している人の多くは、国分君が異世界に召喚されたおかげでチートな能力を手に入れて、楽して稼いでいると思っているようだが、それは間違いだ。

 召喚されてから、一緒に召喚された同級生や教師を帰還させるまでには、何度も命の危険に晒されながら頑張ってきた経緯があるのだが、そうした陰の苦労は知られていない。


 私としては、国分君の頑張りに対して正当な報酬が支払われるべきだと思っているのだが、現状の日本を取り巻く環境では簡単ではない。

 まず、国分君に240億円の支払いを行った現政権は、もう持たなそうだ。


 日本各地に降り注いだ小惑星の破片による被害への対応の遅さ、そもそも衝突の可能性を把握しながらも一部の者しか助けようとしなかったなど、叩きまくられている。

 特に異世界への避難計画については、日本に大きなアドバンテージがあるのに、諸外国に良い顔をしようとして実現しなかったとか、上級国民を優先しようとしたなど、有ること無いことで批判に晒されている。


 次の選挙では政権の枠組みは維持できると思うが、総理大臣の首が挿げ替わるのは避けられない状況だ。

 総理大臣が交代した場合、今の政権でも有耶無耶にする気の報酬は、更に無かったことにされる可能性が高い。


 いや、退陣が決定的な総理なら、次の政権への嫌がらせに報酬の支払いを決めたりするかもしれないが……現時点では支払額の算定すら行われていない状態だ。


「まいったなぁ……このメールの件、上に上げた方が良いのか、それとも待つべきか……」


 このコバルト鉱床は、日本にとっては喉から手が出るほど欲しているものだ。

 南鳥島沖の深海から採取するよりも、遠く離れたアフリカのコンゴ共和国から輸入するよりも、遥かに低価格で買い付けられる可能性がある。


 日本で精錬して輸出に回せる可能性だって十分にある。

 ただし、国分君個人に莫大な資産が集中してしまうので、また批判の矛先を向けられる可能性もある。


 国分君としては、報酬の催促の意味も含めたメールなのだろうが、おいそれと返信は出せそうもない。


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― 新着の感想 ―
もう健人が資本金出して会社設立した方が良いんじゃね? 梶川さんスカウトして社長に据えて梶川さん含めて 5人くらいの健人の窓口担当する小規模な会社。 そして設立するのは日本じゃなく米国。 もう異世界関係…
国分が「日本がダメなら中国かアメリカと取引したいんですけど連絡とって貰えますか?返事が無いようならこちらから連絡とってみます。」って言えばすんなり進むよ。
ちな「コバルト」の語源はゴボルト(別の説もある
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