苦労人ジョーは新たな依頼主を掴まえる(前編)
※今回は近藤目線の話になります。
夜明け前にシェアハウスを出て、ヴォルザード南西の門へと向かう。
秋が深まり、この時間には肌寒さを通り越し、震えそうになる気温になってきている。
「和樹、達也、シャキッとしろよ。お前たちの要望を飲んでオーランド商店以外の護衛をやるんだからな」
一応時間には起きてきたし、身だしなみも整えているが、二人の背中はダラーっと丸まっている。
理由は二度目の合コンらしい。
らしいと言ったのは、俺とリカルダ、それに国分は参加していないからだ。
一度目の合コンで、新旧コンビの二人が目を付けたマルグレットは、元父親が飲んだくれて働かず、母親に暴力をふるうという家庭内でのトラブルを抱えていた。
その問題を解決するために、母親共々家を出て、俺達と同様のシェアハウスのような場所で暮らしたらどうかという話になっていた。
一緒に合コンに参加していたアイナ、ヤンヌの二人も、自宅から出て一人暮らしをしたいと思っていたそうで、それならばと話を進めることになっていた。
とはいっても、いきなり手頃な物件なんて見つかるはずがないし、相応の資金も必要になるので、実際に引っ越すのは年明けになると考えていたそうだ。
ところが、国分がマルグレットの家庭の様子を調べ、それを領主であるクラウスさんに知らせたことで、事態は急激に動き出したらしい。
国分に案内されたクラウスさんが直接乗り込み、離婚の手続きやらマルグレットと母親の引っ越し先などを、その日のうちに用意してしまったそうだ。
そのせいで、合コンに参加していた女子三人の国分に対する評価が急上昇し、新旧コンビは出番を奪われる格好になってしまったようだ。
腹を立てた新旧コンビは、国分の家に乗り込んで文句を言ったそうだが、国分にとっても想定外の事態だったらしい。
国分としても、今後の進め方を相談するつもりが、マルグレットの父親とクラウスさんが顔見知りだったことで、その日のうちに話をまとめることになったそうだ。
ところが、その場にマルグレットが居合わせなかったために、クラウスさんの働きも国分のおかげだと誤解され、意図せず国分の株が上がってしまったようだ。
「あぁ、先に国分に話を聞いてれば……」
「言うな、達也。全ては後の祭りだ……」
実際に目の前にいる新旧コンビを差し置いて、国分の話ばかりで盛り上がる女子三人に業をにやした二人は、国分の株を下げようとしてしまったようだ。
実際に国分は少々女性に弱いところがあるので、新旧コンビの話した内容も満更嘘ではなかったのだろうが、それでも自分が贔屓にしている人間を悪く言われれば気分が悪くなるのは当然だ。
「何をやらかしたのか知らないけど、依頼でも失敗すれば益々評価が下がっちまうぞ」
「あぁ、分かってるよ。分かっちゃいるけどなぁ……和樹」
「だよなぁ……達也」
せっかく合コンまでセッティングしてやったのに、二人揃って玉砕しやがって、せめて一人でも上手くいってれば、もう一人もやる気を出していただろうに……そんなところまで合わせてんじゃねぇよ。
「鷹山、二人は当てにならないから、頼むぞ」
「任せろ。依頼なんか、さっさと終わらせて帰ってくるからな」
言葉だけを聞いていれば頼もしいが、鷹山はスマホで撮影した愛娘の動画を見て締まりの無い顔をしている。
いざ依頼が始まれば、シャキッとするとは思うが、本当にこいつらは胃に悪い。
国分の家の横を通り過ぎ、門の近くに集まってきている屋台で朝食と温かいお茶を買い、待ち合わせの場所へと向かう。
今日も、ラストックを目指す何台もの馬車が、開門を待ちながら列を作っている。
俺達が初めてヴォルザードに来た当時は、こちら側の門は昼間でも固く閉ざされたままだった。
ヴォルザードとラストックを隔てている森は、『魔の森』と形容させるほど数多くの魔物が生息する森だった。
突っ切って行くのは、それこそ命懸けになる道程だったのだが、今では護衛が不要と言われるほどに平和な道へと変貌している。
そのため、新たな取引先を望むヴォルザードの商人たちが、こぞって森を抜けるようになった。
今日、俺達が護衛を請け負うのも、そうした商会の一つだ。
カラブリア商会は木工品を扱う商会で、設立して今年で五年になるらしい。
「そろそろ待ち合わせ場所だ、シャキッとしろよ」
今回護衛するのは、カラブリア商会の馬車二台だ。
恰幅の良い三十代後半ぐらいの女性と、俺達と同年代に見える体格の良い男性が待っていた。
「おはようございます! 本日、護衛依頼を担当させていただきます、こちらから、達也、和樹、秀一です」
「よろしくお願いします!」
四人揃って、ビシっと挨拶をすると、周囲からどよめきが起こった。
冒険者の多くは、自分の腕を頼りにしているせいで見下されるのを嫌う。
こうした護衛の依頼を受ける場合でも、オーランド商店のような大店でなければ、へりくだって挨拶をしない。
これは、俺達にとって一種のデモンストレーションだ。
そこらの冒険者とは違う、単に腕が立つだけでなく礼儀もわきまえているのだというアピールだ。
実際、周りにいる人達だけでなく、カラブリア商会の二人も目を丸くして驚いている。
「ほぅ、さすがオーランド商店のデルリッツが目を付けるだけのことはあるね。あたしはカラブリア商会のマグレダ、こっちは息子のハインツだ。こっちこそ、よろしく頼むよ」
マグレダは商店主であるカラブリアのパートナーで、赤みの強い金髪を後ろで束ね、青いスカーフで頭を覆っている。
ハインツは、母親と良く似た色の髪を短く刈り込み、二人とも揃いの青い上着を着込んでいた。
青は、カラブリア商会のイメージカラーだそうだ。
「あんたら、ラストックには何度も行ってるんだよね?」
「はい、護衛の依頼で何度か行ってます」
「それなら、うちからの注文は、あたしら二人と馬車二台を無事に届けてもらう、それだけだよ」
「了解しました。それぞれの馬車の前後に一人ずつ乗る形で護衛させてもらいます」
「後ろは狭いと思うけど、上手くやっておくれ。じゃあ、出発しようかね」
「はい!」
カラブリア商会は、まだ新興の中規模商会なので、マグレダやハインツが自ら御者を務める。
前側の馬車をマグレダ、後ろの馬車をハインツが担当し、こちらは俺、和樹、達也、秀一の順番で乗り込んだ。
出発を待つまでの間に、俺達はトランシーバーのチェックをする。
「チェック、チェック、秀一、聞こえるか?」
『こちら秀一、クリアー』
「和樹は?」
『オッケーだ』
「達也」
『問題無い』
「オッケー、引き締めて行こう」
トランシーバー本体とインカムのチェックは昨晩も行っているが、本番前のチェックは欠かせない。
「ちょっと、それは何なんだい?」
「これですか? これは声を届ける機械です」
「他の三人と話してたのかい?」
「ええ、声が届いた方が確実ですからね」
「そいつは、どこで手に入れたんだい?」
「これですか……異世界です」
俺達が国分と同じ異世界出身なのは伝えてあるが、完全には信じていなかったのだろう。
マグレダがトランシーバーを見る目は、獲物を狙う野獣のようだ。
「そいつは、いつでも手に入るのかい?」
「いいえ、国分……魔物使いの気分次第ですね」
日本からの品物については制限が掛かっていて、オーランド商店をはじめとして、どこの商会に対しても卸していないと伝えた。
「そうかい、それなら仕方ないねぇ」
「申し訳ない、こればっかりは国分頼みなので……ただ、アイデアならば提供できるかもしれませんよ」
「本当かい!」
「といっても、技術格差があるので、ヴォルザードで実現できるかどうかは分かりませんよ」
新旧コンビがオーランド商店に蚊取り線香などのアイデアを伝えた話をすると、マグレダは前のめりに食いついて来た。
「ジョー、あたしには、あんたが福の神に見えるよ」
「その評価は、無事に依頼が完了してからにして下さい」
「いいね、その驕らないところも気に入ったよ」
日が昇り、城門が開いて車列が移動を始める。
マグレダも、上機嫌で馬車を走らせ始めた。
どうやら、依頼のツカミは上手くいったようだ。
この物語はフィクションであり、実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
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