若かりし頃 4
配置できる人員は、全て配置した。
考えられる手段は、全て打った。
弓矢、槍、岩、塩、酢、辛子、酒、油、使えるものは、全て使って迎撃した。
それでも押し込まれている。
俺とドノバンが魔の森でロックオーガの群れを見つけてから、二日間は何事も起こらなかったが、三日目になって遂にオーガが姿を現した。
準備は万端に整えておいたつもりだが、何しろ数が多い。
森の中から姿を現したオーガ共は、ヴォルザード目掛けて疾走し、僅かな手掛かりや足掛かりを頼りに城壁を駆けのぼろうとする。
その中に、ロックオーガまで混じっているのだから押し込まれるのも当然だ。
「ロックオーガには一人で当たるな! 必ず二人、三人で対応しろ!」
ロックオーガは、普通のオーガと比べて体が大きく、名前の通り岩のような硬い皮膚をしている。
剣や槍を使っても、生半可な攻撃では弾かれてしまう。
「目を狙え! 塩や酢、辛子を顔に叩き付けて視力を奪え! 酒や油をぶっかけて火を点けろ!」
皮膚の硬いロックオーガであっても、目玉までは硬くない。
剣や槍で目を狙うのは至難の業だが、目玉を狙って塩や辛子などを投げ付ければ、一時的であっても視力を奪える。
視力を奪ってしまえば、こちらからの攻撃がやりやすいし、攻撃を避けるのも容易になるのだが、城壁から突き落とすだけではロックオーガを倒せない。
ヴォルザードの城壁は、大人の背丈の四倍以上の高さがある。
その高さから落下しても、頑丈なロックオーガは痛みに呻く程度で、殆どダメージを受けない。
そして態勢を立て直しては、また城壁を超えようとするのだ。
「登られた! 手を貸してくれ!」
「囲んで追い落とせ!」
「絶対に街に入れるな!」
城壁の上まで登ってきたオーガやロックオーガは、すぐさま近くにいる守備隊員や冒険者が囲んで追い落とすのだが、体格や膂力の違いによって、こちらにも被害が出てしまう。
「うわぁぁぁぁ……」
「誰か落ちたぞ!」
「助けるのは無理だ! 抜けた穴を埋めろ!」
オーガに掴まれたり、誤って転落した者を助ける術は無い。
落ちた途端、オーガ共が群がって生きたまま食われる。
「嫌だぁ! 助け……ぎゃぁぁぁぁ!」
たった今まで隣で戦っていた仲間の断末魔の絶叫を聞かされる。
「畜生が! マナよ、マナよ、世を司りしマナよ、集え、集え、我が手に集いて水となれ、尖れ、尖れ、水よ尖がりて槍となれ! うりゃぁぁぁ! どうだ、思い知った……がはっ!」
仲間を食らっているオーガを倒すべく、水属性の攻撃魔術を放った冒険者が、突然のけぞって倒れ込んだ。
額が割れて血が流れ出している。
「気を付けろ! 投石だ!」
「くそっ、奴ら学習してやがるのか?」
城壁から石を投げつけられて落とされたオーガは、手近な石を拾って投げつけてくる。
人の戦略を真似る程度の知能は持ち合わせているようで、時間が経つごとに戦況は不利になっていく。
「くそっ、登られた! ロックオーガだ!」
「うぼぁぁぁぁぁ……」
城壁の上で仁王立ちしたロックオーガは、飛んできた火球で火だるまにされて城壁下へと落ちて行く。
「マリアンヌ、ロックオーガを狙ってくれ!」
「もうやってるわよ!」
マリアンヌは、黙っていればスタイルも良い美人だが、一旦戦闘となれば守備隊屈指の火属性魔術の使い手で、単独でロックオーガを討伐できる貴重な存在だ。
「一部が西面に回り込んだぞ!」
「こっちは東に移動してるぞ!」
「予備の兵力を上げろ! 絶対に街に入れるな!」
当初オーガどもは、ヴォルザードの南西門付近で騒いでいたが、時間の経過と共に南側や西側へと移動する一団が現れ始めた。
守る範囲が広くなれば、どうしても手薄になってしまう。
予備の兵力は、もう少し後に取っておきたかったが、守備陣が破綻してからでは遅い。
兵力を追加したことで人数は揃ったが、戦い通しの者達には疲労の色が見え始めている。
「越えられた! 西側だ!」
「ドノバン、行ってくれ!」
「了解!」
「後続を入れるな! 押し返せ!」
街に入り込んだオーガの討伐には、ドノバンを送り込んだ。
魔術による攻撃力ならマリアンヌの方が高いが、街中では火災の恐れが付きまとう。
「こっちも越えられた! 応援頼む!」
「くそっ、落ちろ、落ちろ、落ちろ!」
「遊撃班に追わせろ!」
本当なら、自分で追い掛けて討伐したいのだが、兄貴の代わりに最前線に身を置いている以上、身勝手な行動は控えなきゃいけない。
城壁の上からでも、街中で響く戦闘音が聞き取れる。
「頼むぜ、ドノバン……」
俺よりも若い相棒が、今どこで戦っているのか分からないが、今はその能力に懸けるしかない。
ドノバン以外にも町中に入り込んだオーガを討伐する遊撃班を作ったが、既に全員出払っている。
「あと、どのぐらいだ?」
「総数は百を切っているかと……」
「まだそんなにいるのかよ……」
外から入り込もうとしているオーガやロックオーガへの対処を済ませる前に、俺が持ち場を離れる訳にはいかないのだが、主戦場が城壁の上になりつつある。
「俺も出るぞ! マナよ滾れ!」
身体強化の魔術を発動させて、城門上の指揮所を出て戦闘に加わる。
城壁上まで登ってきたロックオーガに火球を叩き付けたマリアンヌが、がっくりと膝をつくのが見えた。
魔法を連発しすぎて魔力切れを起こしたのだろう。
幸い、火達磨になったロックオーガは城壁下へと転落していったが、入れ替わるようにオーガが登ってきた。
「危ねぇ!」
膝をついて動けないマリアンヌに向けて、拳を振り上げたオーガに体当たりを食らわせる。
「うばぁぁぁ……」
バランスを崩したオーガは城壁から転落しかけ、右手一本でぶら下がった。
「あばよ、二度と来るな……」
剣を振るって首筋を深々と切り裂くと、オーガは絶望の表情を浮かべながら落ちていった。
「立てるか、マリアンヌ」
「ありがとう、助かったわ」
「今のうちに下がれ」
「いいえ、下がる前にもう一発……」
「やめとけ、動けなくなったら移動させられない。自分で歩けるうちに下がれ」
「分かったわよ……でも、こういう時は、俺が抱えていってやる……って言うもんじゃない?」
「悪いが俺も余裕ねぇんだ……またな」
気の利いたセリフを言う余裕もなく、次に上がってきたオーガの迎撃に走る。
まだ危機的状況からは抜け出せていない。





