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農園暮らしと治癒魔法

 リーブル農園の朝は早く、摘み取り作業は、夜が明ける前から始められ、朝食を挟んで昼まで続けられます。

 リーブル農園の仕事が住み込みなのはこの為で、夜明け前に農園の主、ブルーノさんが、雇った人達を起こしに来るのです。


『ケント様、ケント様、そろそろ時間ですぞ!』

「う、うーん……ふぎっ! うがぁあぁぁぁ……いぎぃぃぃ……」


 仕事を始めてから三日目の朝、ラインハルトに起こしてもらった僕が、奇怪な呻き声をあげているのは、別にヤラシイ事をしている訳でも、アブノーマルな行為に及んでいる訳でもないんです。

 単に、全身の激しい筋肉痛に呻いているだけなんですよ。


 リーブルは、ブドウとキゥイを合わせたような味なのですが、形はプチトマトのようで、収穫作業は、木に実ったものを手作業で摘み取ります。

 肩から下げた籠に一杯になるまで摘んで、籠が一杯になったら樽へと移す作業を、ひたすら繰り返しです。

 ぶっちゃけ、キツい! めちゃくちゃキツいですよ。

 日本に居た頃は、肉体労働など全くやった事が無かったから、初日の作業だけでビキビキの筋肉痛に襲われました。


 二日目の朝などは、動くのも侭ならないほどの酷い筋肉痛で、呻き声をあげながら奇怪な動きをして、他の人達から大いに気持ち悪がられてしまいました。

 ですが、そこは光属性の魔導士特権、自己治癒を意識しながらストレッチして筋肉痛地獄から脱出しました。

 そこで今朝は、ラインハルトに少し早めに起こしてもらって、自己治癒ストレッチを済ませてしまおうと考えた訳です。


「うっ……くぅ、ぎぃ……はぁ……ふぅぅ……」


 抑えようとしても、思わず呻き声が洩れてしまいますが、雇われている他の人達も、連日の作業で疲れているようで、目を覚ます気配はありません。


『ケント様、皆と一緒に起きてからでも良かったのではありませぬか?』

『ううん、それじゃ駄目なんだよ、僕は他の人よりも働きが悪いからね、せめてスタートの時点から遅れないようにしないと……』


 農園に雇われている人の中には、僕と同年代の人も何人か居るのですが、僕よりも身体つきがシッカリしていて、肉体労働にも慣れている感じです。

 実際、雇ってもらいに来た時には、僕があんまりにも貧弱なので、ブルーノさんは雇うのを躊躇してました。

 そこで、例の西から来た商隊の設定を持ち出して、同情を買って雇ってもらった手前、仕事で足を引っ張りたくはないんです。


 それでも初日は、他の人よりも要領が悪く、かなり働きに差がありました。

 昨日は、だいぶマシにはなったけど、それでもまだ他の人には遅れを取っています。

 今日こそは、みんなと同じように、出来れば、みんなよりも働いてみせたいのです。

 この早起きは、一日のスタートで気合いを入れる為でもあるんですよ。

 さて、身体が解れてきたので、表に出て、井戸で顔でも洗って来ますかね。


 今は九の月の中旬で、まだ昼間は汗が流れるほど暑いですが、朝晩は涼しい風が吹いて、とても心地良い陽気です。

 井戸で顔を洗っていると、母屋の方からブルーノさんが、みんなを起こしにやって来るのが見えました。

 まだ日の出前で、ブルーノさんは明かりの魔道具を使っていますが、僕には必要ありません。闇属性魔法のおかげで明かり要らずですよ。


「おはようございます、ブルーノさん」

「おう、ケント、もう起きてたのか、早いな」

「はい、今日は頑張りますよ、今日こそみんなに負けないように働いてみせますからね」

「おう、そいつは頼もしいな、よろしく頼むぞ」

「はい!」


 日本に居た頃には、朝起きるのが凄く苦手で、遅刻、居眠りの常習犯でした。

 特別夜更かしをしていた訳でもなかったのですが、とにかく眠たくて、隙あらば眠ってやろうという毎日を過ごしていました。

 当然ながら、学校の成績も悪くて、親や先生からも散々説教を食らっていましたが、こちらに来てからは、嘘みたいに眠気が襲って来なくなったんですよね。

 これも、もしかすると闇属性魔法のおかげかもしれません、


 作業三日目とあって、他の人達はだいぶ疲労が蓄積してくる頃らしく、みんな眠たそうで、動きも良くありません。

 これなら僕でも、みんなと同じ様に……いや、みんなよりも働けるかもしれません。

 それに、まだ三日しか仕事してないんだけど、何だか少し筋肉が付いたような気がするんだよね。

 まぁ、それは思い過ごしだろうけど、他の人とは違って、疲労は解消しているから、まだまだ働けますよ。

 そして、朝食までの時間は、僕が一番多く摘み取り出来て、ブルーノさんからも見直してもらいました。


「ほぅ、今朝はケントが一番だったのかい、そらまた頑張ったのぉ」


 ブルーノさんのお父さんで、今は現場から引退しているディーノさんからも褒めてもらえました。

 初日には、かなり渋い顔されちゃってましたから、汚名返上ですよ。


「はい、心配かけましたが、やっとコツが分かってきたんで、もう大丈夫です」

「おうおう、そうかそうか、それは頼もしいのぉ……あ痛たた……」

「あっ、大丈夫ですか?」

「あぁ……いや、大丈夫じゃ、くぅ、この腰がのぉ……」


 ディーノさんは、一昨年、剪定作業中に梯子から落ちてしまい、それ以来酷い腰痛に悩まされているそうなんです。


「まったく歳は取りたくないのぉ、ケントなんか、昨日の朝は筋肉痛で呻いておったのじゃろ? それがもうケロっとしておる、やはり若い者には勝てんのぉ……」


 いや、僕の場合は、かなりのズルをしているんですけど、それにしても辛そうで、見ていられませんね。


「あのぉ……ディーノさん、僕、治癒士の見習いをしてたんで、マッサージを少し習ってたんですよ、良かったら、昼食が終わった後で、少しやらせてもらえませんか?」

「いやいや、ケントも疲れておるじゃろ、そんなに気を使わんでもええぞ」

「じゃあ、僕がマッサージする余裕が残ってたら、どうですか、少しだけでも?」

「うむ……そうかい、そこまで言うなら、ちょっとやってもらうかの」


 正直、自分の身体であれば、それこそ内臓でろ~んの状態からでも復活しちゃいますけど、他の人の傷とか痛みが治せるかは自信がないんですよね。

 なので、ディーノさんの腰を悪化させず、少しでも良くなるように考えないといけませんね。


 摘み取り作業は、朝食を挟んで昼まで続けられます。

 昼食の後は、長めの昼寝の時間があって、その後、夕方までは果実酒の仕込み作業が待っています。

 この昼寝の時間に、ディーノさんの腰をマッサージしました。

 みんなで食事を取る時の長椅子に横になってもらい、ディーノさんの腰にそっと手を当てます。

 自分の筋肉痛を解している時のイメージで、手の平でジンワリと圧迫しては戻しを繰り返します。

 自分の身体と違って、治っているのか、いないのかが分からず、もの凄く不安な気持ちに襲われ、冷や汗が吹き出してきました。


「おぉ、なんだか腰が温かくなって、良い気持ちじゃ、おぉ、こりゃ気持ちいいのぉ……」

「良かった……もう少し続けますね」

「あぁ、何だか気持ちが良くて、このまま眠ってしまいそうじゃ……」


 時間にして二十分ほどマッサージを続けると、ディーノさんは、そのまま眠ってしまいました。


「ケント、もういいぞ、お前も休め、午後からも仕事だからな」

「はい、じゃあ……」


 ブルーノさんに言われて、僕も宿舎に戻って昼寝をする事にしました。

 昼寝の時間は、日本の時間にすると二時間ぐらいあるので、まだまだ十分休めます。

 七の月、八の月、九の月の三ヶ月は、暑さを避ける意味で、昼寝の時間を取るのだそうです。

 みんなより遅く昼寝に入っても、凶悪なスケルトンの目覚ましがあるので、寝過ごす心配はありません。


『ラインハルト、午後も少し早く起こして』

『了解ですぞ、ゆっくりお休みくだされ』


 昼寝の後、ラインハルトに起こされて、午後の仕事の支度をしていると、血相を変えたディーノさんが走って来ました。

 って、ディーノさん、そんなに走って大丈夫なの?


「ケント、ケント、ケント! お前さん、凄いぞ、ケント!」

「ちょ、ちょっとディーノさん、そんなに走ったら……」

「何ともないんじゃ、あれほど痛かった腰が、ほれ、ほれ!」


 ディーノさん、満面の笑みで腰を振って踊りだしちゃいましたよ。

 あぁ、初めての治療は上手くいったみたいですね。


「良かったです、きっとディーノさんの身体と相性が良かったんですよ」

「いやぁ、驚いた、ヴォルザードの治癒院に、いっくら通っても良くならなかったんだぞ、それが、たった一回のマッサージでこんなに良くなるなんて」

「い、いやぁ……た、たまたまですよ……」


 あっれぇぇ……やり過ぎちゃいましたかねぇ、怪しまれないかなぁ……


「ケント、悪いんじゃが、午後の仕事の前に、婆さんの膝もマッサージしてやってくれんかのぉ……」

「あっ……え、ええ、いいですけど、ディーノさんほど劇的に良くなるかは分からないですよ」

「あぁ、それは分かっちょる、それでも、いくらかでも良くなってもらえればええんじゃ」

「そうですか、それじゃあ、ちょっとやってみますね」


 ディーノさんの奥さん、マイヤさんは、去年転んだ時に膝を痛めてしまったそうで、痛めた左膝をかばう内に、右の膝まで痛めてしまったのだとか。

 今は杖をついて、やっと歩いている状態です。

 ブルーノさん一家の母屋にお邪魔して、居間でマイヤさんの膝をマッサージしました。

 やり方は、ディーノさんの時と一緒で、膝を両手で包み込むようにして、軽く圧迫と解放を繰り返しました。

 片足十五分、両足で三十分ほどマッサージを続けてみましたが、やっぱり自分では効果が実感出来ません。


「あのぉ……どうでしょう……」


 マッサージを終えて尋ねると、マイヤさんは椅子から立ち上がり、その場で膝を軽く曲げ伸ばしした後、ボロボロと泣き出してしまいました。


「えぇぇ……ごめんなさい、効きませんでしたか?」

「ううん、違うのよ、全然痛くないの、もう嬉しく、嬉しくて……ほら見て、これなら杖なんか要らないわ!」

「おおぉ! マイヤ!」

「あなたぁ!」


 抱き合って小躍りして喜んでいるディーノさんとマイヤさんを見ていると、こちらまで嬉しくなってきますね。


『さすがはケント様、やはり治癒士としても卓抜した技量をお持ちのようです』

『ううん、今回は上手くいったけど、全然実感無いし、これから先も上手くいくかは分からないよ』

『相変わらず謙虚ですな、ケント様ならば国一番の治癒士になるのも容易いですぞ』

『うーん……そうだとしても、まだ心配事がいっぱいあるからね』

『そうですな、例の王女の件、ご学友の件、片付けてからですな』


 こんなに喜んでもらえるならば、治癒士も良いかなとは思うけど、性悪王女をキッチリ泣かしてからじゃないとね。


「じゃあ、僕は仕事に戻りますね」

「ケント! 今日はもう仕事なんかせんと、ここでゆっくりしていけ」

「いやいや、そうはいきませんよ、僕が抜けたらみんなに負担が掛かりますから、駄目ですよ」

「そうか……じゃが、こんなに良くしてもらってなぁ……」

「あなた、久しぶりに私達も手伝いませんか?」

「おぉ、そうか、そうじゃな、ワシの腰も良くなったし」

「はい、私の膝も良くなりましたから……ね」

「ならば、ワシらの腕前を若いのに見せてやるか……ケント、行くぞ」

「はい、よろしくお願いします」


 午後の仕込みの作業は、ディーノさんとマイヤさんも加わって、賑やかに続けられました。

 ディーノさんのはしゃぎっぷりに、ブルーノさんは最初は怪訝な顔をしていましたが、本当に腰痛が治ったのだと分かると、ほっとした表情に変わりました。

 仕込みの作業は、リーブルの実を潰しながら種を取り出し、絞り機にかけて果汁を絞り、大きな樽へ移し酵母を加えて初期発酵させるそうです。

 その後、濁りを取り除いたものを樽に詰めて、三年ほど寝かせると飲み頃を迎えるのだとか。

 このリーブルを潰しながら種を取る作業は、握力が要りますし、絞り汁を移す作業は足腰にこたえます。


 ディーノさんが、僕に付きっ切りでコツを伝授してくれたので、昨日までとは違って、かなり効率的に作業が出来た気がします。

 他の人達も、僕が教わってるのを横で見聞きしていたようで、今日の作業はいつもよりも早く終りました。


 作業の後は、水浴びして汗を流し、そして待ちに待った夕食です。

 食事は倉庫の一角に置かれた大きなテーブルで食べます。

 ブルーノさん一家に収穫の手伝いに雇った人達、全部で二十人以上が一度にワイワイ言いながらの食事も楽しみの一つです。

 ディーノさんに手招きされて呼ばれました。


「ほれ、ケント、こっちだ、こっちに座れ」

「はいよ、たんとお食べよ、明日も仕事だからねぇ……」

「はい、いただきます!」


 夕食は、野菜と肉の煮込み料理とパン、チーズ、茹でたジャガイモやトウモロコシといった定番のメニューですが、みんなで食べるからか、とても美味しく感じます。

 今夜は、それに加えて、ディーノさんやマイヤさんが、満面の笑みで接待してくれるので、更に美味しく感じました。


 仕事の後には、ブルーノさんから五十肩の治療を頼まれ、ブルーノさんの奥さんの肩こり、仕事仲間の腰痛や筋肉痛も片っ端から治療して回りました。

 みんなからは、めちゃめちゃ感謝されましたが、僕としてみれば治癒の実験をさせてもらってるようなものなので、こちらから感謝したいぐらいです。

 一日が終わると、また大部屋のベッドで明日に備えて眠ります。


『ケント様、今日も一日お疲れ様でしたな』

『ありがとう、ラインハルトも……って、もしかして疲れなくなっちゃった?』

『ワシは、この身体になってからは、疲れは感じなくなりました』

『それは良い事なのかな? それとも悪い事?』

『仕事をする上では良い事ですが、味気無いと言うならば、確かに少し味気ないかもしれませんな』

『そうか、あぁ……今日はさすがに少し疲れたよ……』

『ゆっくりお休みくだされ』

『うん、明日の朝も起こしてね、じゃ、お休み』

『お休みなさい』


 こうして仕事をしながら治癒の練習をするのも、悪くないかもしれませんね。

 なんだか、日一日と、こちらの世界に馴染んでる気がしますよ。

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