メイサとフィーデリア
※ 今回はメイサちゃん目線の話です。
食堂の手伝いをするから泊めてほしいと、フィーデリアからお願いされた。
勿論、一も二もなく了承した。
フィーデリアには、安息の曜日ごとに食堂を手伝ってもらっているが、一度も給金を受け取ってもらっていない。
最初の頃は、注文を取るのも、料理を運ぶのも危なっかしかったが、今では休日の看板娘になっている。
ケントから聞いた話では、フィーデリアは海の向こうのシャルターン王国の第六王女様だったそうで、話し方や立ち居振る舞いが平民とは違っているのだ。
完璧なお貴族様……いいや王族スタイルで対応され、最初の頃はお客さんも大いに戸惑っていたが、今ではフィーデリアに会うために常連になった人たちもいる。
あたしもフィーデリアの真似をしてみたのだが、全然様になっていないのが自分でも分かったので、すぐに止めてしまった。
お辞儀ひとつとっても、見ているだけで惚れ惚れとしてしまう美しさなのだ。
そんなフィーデリアがお店に立つようになってから、お客さんの様子にも変化が現れ始めた。
フィーデリアが来る前も、別に雰囲気の悪い店ではなかったけど、もっと、何と言うかがさつな感じがしていた。
声高に話をしながら、ゲラゲラと笑う。
楽しいけれど、お世辞にも上品とは言えない店だったのだが……フィーデリアに釣られるように、お客さんの振る舞いが上品になってきた。
家族連れの小さな子供達などは、食事に飽きると店の中を歩き回っていたりしたのだが、今は行儀よく座っている子が増えた。
フィーデリアが働いている姿を見たくて、親にねだって食事に来ているらしい男の子も増えた。
うちとしては、売り上げが上がるし、店もちょっと上品な感じになるし、フィーデリアには本当に感謝している。
だから、うちの母さんがフィーデリアに日当を払おうとしたのだが、賄いの食事だけで良いと言って受け取らないのだ。
そんなフィーデリアが泊めてくれと言うなら、あたしも母さんも反対などするはずがない。
食堂の夜の営業も手伝ってくれるし、宿題も一緒に……いや、教えてくれるし、母さんなんて、うちの子にしちゃおうか……なんて言いだすほどだ。
「メイサ、ちょっと早いけど看板仕舞っておくれ」
「はーい!」
「あんたらも、それ飲んだら、さっさと帰んなよ」
「アマンダ、まだ早くねぇか?」
「なんだい、うちの姫を遅くまで扱き使おうってのかい?」
「あぁ、そういう事ならしゃーないか……」
フィーデリアを気遣って母さんは早めに店を閉めると決め、理由を聞いた常連さんもカップの酒を飲み干すと、お勘定を終えて帰っていった。
お客さんが帰ると、テーブルに並んだ食器を洗い場へと運び、少し遅めの夕食になる。
普段なら、余り物を片付ける感じだが、今夜はちゃんとしたメニューが並んでいる。
メインディッシュは、サチコから教わったトンカツだ。
今では、うちの人気メニューで、お客さんに出す分は早々に売り切れている。
これは、フィーデリアの賄いとして取っておいた分だ。
おかげで、あたしもご相伴に与れる。
「ミリエ、夕食だよ、降りておいで」
「はーい、今行きます!」
うちに下宿しているミリエは、いつの間にかDランクまで昇格している。
下宿し始めた頃には、ポンコツすぎて直ぐに辞めてしまうと思ったのだが、ケントと同じニホンから来たミドリの指導によって腕を上げているようだ。
「わっ、わっ、トンカツじゃないですか」
「ミリエも来たし、冷めないうちにいただこう」
女四人がテーブルを囲めば、当然のように賑やかになる。
ミリエはギルドの戦闘講習の話、フィーデリアは今日の手伝いの感想、あたしは学校の話、母さんは聞き役に徹している。
「どうだい、フィーちゃん」
「はい、外側はサクサクで、中のお肉がジュワーっとして、とても美味しいです」
「それは良かった」
フィーデリアは、食事のマナーも完璧だ。
同じテーブルで、同じ話をしながら、同じ料理を食べているのに、フィーデリアの回りだけ空気が違う感じがする。
どうやったら、そんなに静かに、優雅に食事が出来るのか、真似してみたけど、全然上手くいかなかった。
母さんは、どうしてこんなに違うのかと言うけれど、そもそもあたしを育てたのは母さんなんだから、あたしの責任ではないと思う。
食事を終えたら、洗い物を途中まで手伝って、その後はお風呂に入る。
母さんが片づけを全て終えるまでに、あたしとフィーデリアはお風呂を済ませておかなければならない。
ちなみに、ミリエは夕食前に済ませている。
「フィーデリア、頭洗ってあげようか?」
「良いんですか?」
「うん、その代わり、あたしの頭はフィーデリアが洗って」
「はい、そうしましょう」
本物のお姫様だったフィーデリアは、ケントに助けてもらうまでは、自分で髪を洗った事が無かったそうだ。
「フィーデリア、髪きれいだよね」
「メイサちゃんも綺麗ですよ」
「あたしはケントが持ってきてくれたシャンプーとリンスを使っているからだよ」
「あれは良いですよね。髪がキシキシしなくなりました」
フィーデリアが故郷で使っていた物よりも、ケントが持ってきてくれた物の方が品質は良いらしい。
「フィーデリア、どうしてうちに泊まりたいと思ったの?」
「ミオの邪魔になりそうだったので……」
「やっぱりか」
「はい」
フィーデリアと顔を見合わせて笑い合った。
「ミオはルジェクに夢中ですからね」
「でも、マルツェラさんが居るんでしょ?」
「はい、残ってらっしゃいますけど、そこはルジェクと姉弟ですし」
「なるほどね、フィーデリアは部外者とまでは行かないけど、それでも実の姉弟に比べると、一緒にいづらいか」
ミオは、ケントのお嫁さんの一人、ユイカさんの妹だ。
ニホンで誘拐されそうになり、それ以来ヴォルザードで暮らしている。
ヴォルザードでも、歓楽街のボスの息子に目を付けられて、危ない目に遭うところだった。
それを救ったのがルジェクで、それ以来ずっと、私たちはミオとルジェクがイチャ付くのをみせつけられている。
「フィーデリアは、旅行に付いて行こうと思わなかったの?」
「それこそ、お邪魔でしょう」
今回の旅行は、アンジェリーナさんのバルシャニアを訪問するついでになっているが、ケントたちの結婚を記念するものだ。
「でも、フィーデリアなら国賓待遇にも慣れてるんじゃない?」
「そうですけど……やっぱりお邪魔ですよ。まだ……」
フィーデリアがケントに恋しているのは知っている。
国で内乱が起こって、危うく処刑される寸前に助けてもらったのだから、心を奪われるのも当然だ。
「フィーデリアは、いつか、その……ケントのお嫁さんになりたいの?」
「はい、でも、まだ子供扱いで、結婚相手としては見てもらえていません。メイサも……でしょ?」
「うん、まぁね。あたしは妹だと思われてるから、全然だね」
ケントには、もう五人もお嫁さんがいる。
もうお嫁さんは貰わない……なんて言ってるみたいだし、はっきり言って望みは薄いと思う。
「ケント、今頃なにしてるのかなぁ……」
「バルシャニアは遥か西ですから、これから夕食かもしれませんね」
「美味しいものが沢山出るんだろうなぁ……」
「そうだとおもいますけど、色んな方と会わないといけないでしょうし、大変だと思います」
ケントはバルシャニアでも活躍して、皇女様であるセラフィマさんをお嫁に貰っているから、公式な訪問となると色んな行事に引っ張り出されるらしい。
そんな席に、自分も加わるなんて想像も出来ない。
「はぁぁ……」
「メイサ、溜息をつくと幸せが逃げてしまうそうですよ」
「でもさ、溜息もつきたくなるよ」
「そうですねぇ……」
この日は、あたしのベッドでフィーデリアと一緒に眠った。
ベッドの中でお喋りして夜更かししてしまったから、翌朝起きられず、二人して母さんに怒られてしまった。