お留守番・後編(ルジェク)
お屋敷での食事は、基本的に一階の食堂に全員が集まってしている。
ケント様、奥様方、ミオ様、フィーデリア様、そして使用人も一緒だ。
普通のお屋敷では、屋敷の主人とその家族は一緒に食事をしても、使用人は別の場所で、別の献立を食べるものだが、ここでは全員が一緒だ。
これはケント様の要望でそうなっているそうだ。
ただ、今夜はミオ様の他には僕と姉さんしか居ないので、普段ケント様たちが寛いでいらっしゃる居間で夕食を食べる。
「正直に言うと、みんなで食事するのは楽しいんだけど、テレビも見たいんだよねぇ」
ミオ様が言うテレビとは、遠くの景色が見られる不思議な装置だ。
魔道具ではないそうだが、どんな構造なのかはミオ様も上手く説明できないそうだ。
テレビに映る絵は、ミオ様の生まれ育った世界の光景で、あらかじめ楽しめるように作られているものだそうだ。
なので、今現在の情景を映しているとは限らず、過去の情景を再現しているものも多いらしい。
「ミオ様、これはどんな情景なんでしょうか?」
「ふふーん、説明して欲しい? 今夜は冬の心霊特番なんだよ」
「シンレイ、トクバン……って、何ですか?」
「まぁまぁ、見れば分かるよ」
実は、ミオ様たちが生まれ育ったニホンという国の情報が分かるように、僕はケント様に知識を分けてもらった。
召喚術を使う時に、知識の付与が出来るそうで、ニホンの言葉が分かるようにはなったが、テレビに映っている物が何なのか全て理解できている訳ではない。
『おわかりいただけただろうか……では、もう一度……』
夕食を食べながら、ミオ様が見始めたシンレイトクバンとは、どうやらゴーストとかリッチのようなアンデッド系の魔物を探すもののようだ。
ニホンの言葉では、レイと呼ばれているアンデッドが、チラリと画面に映る度にミオ様はビクっと体を震わせている。
その度に僕は姉さんに視線を向けるのだが、姉さんは小さく首を傾げるばかりだ。
ミオ様やテレビに映っている人達は、見るからに怖がっているようなのだが、正直に言って僕らには何が怖いのか分からない。
「ミオ様、怖いのですか?」
「べ、別に……こんな怖くなんかないよ」
「ですよね」
霊体は、闇属性の魔術士にとっては、珍しい存在ではない。
余程強い恨みや未練を残して命を落とし、余程濃密な魔素が集まる場所でもない限り、霊体が生きている人に影響を与える事は無い。
元の肉体に戻して、ゾンビという形にしても普通は簡単な動きをさせる事しか出来ないのだ。
ケント様の眷属のように、自分の意思を持ち、自立して行動するなんて、普通では考えられない。
ケント様から、ニホンには魔素が存在していないと聞いている。
だとすれば、レイが生きている人間に危害を加えるなんて、あり得ない。
シンレイトクバンなるものが終わった所で、姉がその辺りの説明をしたのだが、ミオ様は理解できていない様子だった。
「ミオ様、片付けは私がやっておきますので、どうぞご入浴を」
「ふぇ……う、うん……」
ケント様やミオ様が生まれ育ったニホンという国の人達は、お風呂好きで知られているそうだ。
このお屋敷にも、いつでも入れる大きなお風呂がある。
十人以上が一度に入っても、余裕があるぐらい広くて、一部は空が見えるように作られている。
ミオ様もお風呂好きで、よほど体調がすぐれない日を除いて、毎日入られているのだが、今夜はなぜだか気乗りがしない様子だ。
「ルジェク」
「はい、何でしょう、ミオ様」
「もう、また美緒様って呼んだ!」
「す、すみません!」
「罰として、一緒にお風呂に入りなさい」
「えぇぇ……駄目です、駄目です。そんな、いけません!」
メイサちゃんが遊びに来る度に、一緒に入ろうなんて誘われているが、勿論一度もご一緒した事は無い。
さすがに、未婚の男女が一緒に入浴するなんて、いけない事だと僕にだって分かる。
「どうして? ルジェクはマルツェラさんとは一緒に入ってるんでしょ?」
「それは、姉さんとは家族ですから……」
「私は家族じゃないの?」
「ミオ様は、お仕えするケント様の義理の妹様ですから……」
「健人お兄ちゃんは、いつもみんなが家族だって言ってるよ」
「そ、それは例えであって、本当の家族ではありませんし……怒られてしまいます」
重ねてお断りしていると、ミオ様は頬を膨らませて目に涙を潤ませた。
「ルジェク……怖いから一緒に入って……」
「えぇぇ……」
「あんな広いお風呂に一人で入ってたら、お化けが出そうで……」
どうやらミオ様は、先程のシンレイトクバンの内容を信じて、ゴーストやリッチについて誤解をしていらっしゃるらしい。
なので、僕がもう一度説明をしようとしたのだが……。
「分かってる! そんな分かってるけど、怖いの!」
「そう言われましても……それなら……」
姉さんと一緒に入れば良いと思い炊事場に行ってみたが、姿が見当たらない。
「あれっ、姉さん?」
声を掛けてみたけど、返事がない。
もしかしたら、下の調理場に明日の朝食の材料を取りに行ったのかもしれない。
「ルジェクぅ……」
「大丈夫です、すぐに戻って来ますって」
と言ってみたが、何時まで経っても姉さんが戻って来る気配が無い。
シンレイトクバンのような事は起こらないと分かっているが、ミオ様の怖がりようを見ていると僕まで不安になってくる。
「ルジェク……お風呂、一緒に入って……」
「いえ、それは……こうしましょう、すぐ外に居ますから……」
「ルジェクぅ……お願いぃ……」
いくら待っても姉さんは戻って来ないし、ミオ様に涙ながらにお願いされてしまったら断れなくなってしまった。
僕の腕を引っ張って部屋に戻ったミオ様は、着替えを用意すると、また僕の腕を引っ張ってお風呂へ連行した。
「あ、あの……ミオ様、僕は目隠しをして……」
「駄目……ちゃんと何も居ないか見てて……」
「はい……」
ミオ様は、一枚また一枚と服を脱いでゆき……。
「ルジェク……」
「はひぃ!」
「何してるの?」
「何と言いますと?」
「服を着たままじゃ、お風呂に入れないよ」
「はひぃ……」
もうミオ様は、肌着しか身に付けていなくて、その姿を見ただけで心臓が破裂しそうになった。
毎日のように、使用人の寮で姉さんと一緒にお風呂に入っているけど、こんなにドキドキしない。
ミオ様の格好だって、夏にお屋敷の池で泳いだ時には、もっと露出の多い水着姿だったけど、今ほどドキドキしなかった。
ミオ様にシャツを脱がされ、ズボンを脱いでいる間に、ミオ様は肌着に手を掛ける。
あぁ、姉さん、どこに行っちゃったの。
早く戻って……いや、今戻って来られたら……。
「ミオ様……ルジェク……あぁ、ここでしたか」
「ね、姉さん、これは違うんです!」
「何が違うの? 私も一緒に済ませてしまいましょう」
「姉さん……?」
脱衣所に現れた姉さんは、僕の分の着替えまで持参していて、僕を追い出すどころか早くしなさいと言い、テキパキと服を脱ぎ始めた。
「ルジェク、早くしなさい」
「は、はい……」
「ミオ様、先に入っていましょう」
「はい」
姉さんは、さっさと下着まで脱ぎ終えると、ミオ様を促して浴室へと入っていった。
二人の白い背中に……いや、ミオ様のお尻に視線を奪われてしまった。
少し迷ったけど、僕も下着を脱いで浴室へと入る。
ミオ様は、姉さんに髪を洗ってもらっていた。
「ルジェク、一人で洗える?」
「大丈夫……です」
お屋敷の浴室は、ニホンのセントウというものを模しているそうで、お湯と水のでる管が付いた洗い場が並んでいる。
ミオ様の所とは、一つ間を空けた洗い場に腰を下ろしたのだが、となりの鏡にミオ様の姿が映っていた。
僕も頭を洗いながら、チラチラと鏡越しにミオ様に視線が向かってしまう。
「痛たたた、泡が目に……熱い!」
「もう、なにしてるのよ、ルジェク」
目に泡が入って、慌てて流そうとしたら、勢いよくお湯が出て火傷するかと思った。
見かねた姉さんが、頭の泡を流してくれたのだが……。
「大丈夫、ルジェク」
「はい、大丈夫です、ミオ……様」
目の痛みから解放されて、思わず声のする方へ顔を向けてしまったら、生まれたままのミオ様を直視してしまった。
姉さんの大きな胸に比べれば、ほんのささやかな膨らみなのに、目を背けるまでの一瞬で自分の顔が真っ赤になるのが分かった。
「だ、大丈夫です……」
いえ、大丈夫じゃないです。
ケント様、早く帰って来てください。
僕の心臓が止まってしまいそうです。