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バルシャニア訪問(後編)

 次から次へと現れる挨拶の行列が三分の二を過ぎて、ようやく終わりが見え始めた頃、ラインハルトが念話で話し掛けてきました。


『ケント様、帝都内で騒動が起こっているようですぞ』

『騒動?』

『どうやら、魔落ちした者が複数現れて、暴れているようです』

『魔落ちって、ボロフスカか!』

『知らせの者がそちらに向かいましたので、詳しくはその者から……』


 ラインハルトが言う通り、緊張した面持ちの兵士が一人、宴会場へと駆け込んできました。

 入り口で一礼すると、腰をかがめてコンスタンさんの所へと駆け寄りました。


「ケント様、どうかなさいましたか?」


 僕の様子が変わったのを見て、セラフィマが心配そうに問い掛けてきました。


「なにか騒ぎが起こっているみたいだね」


 兵士から報告を受けているコンスタンさんの様子を見て、僕の所にお酌をしに来ていた人も表情を引き締めています。

 さきほどまでは、賑やかな話し声に包まれていた宴会場も、今は水を打ったように静まりかえっています。


 兵士からの報告を聞き終えたコンスタンさんは、ゆっくりと立ち上がると宴会場を見回して、全員の視線が自分に向けられているのを確かめてから、おもむろに口を開きました。


「折角の楽しい宴であったが、無粋な邪魔が入った。グリャーエフの数ヶ所で魔落ちした者が暴れたらしい」

「魔落ちだと……」

「また騒動が続くのか?」

「静かに……魔落ちした者は、確認の取れているだけで七人。いずれも既に討伐を終えているが、複数名の犠牲者が出ているようだ」


 魔落ちは、その名の通り人間が魔物になってしまう現象で、魔物の肉や魔石を飲み続けると発症してしまいます。

 一度魔落ちした者は、治癒魔術を使っても、各種の薬を使っても回復させられません。


 通常、魔落ちするには、ある程度の期間を掛けて魔物の肉や魔石を摂取する必要があるとされてきました。

 ところが、薬物関連に造詣の深いボロフスカ族が、魔物の生き血と強い酒を混ぜたものを血管に注射するという方法を作り出しました。


 この方法だと、長期に渡る魔物の肉や魔石の摂取をしなくとも、短時間で魔落ちさせられるようです。


「下手人は捕らえたのですか?」

「暴れたのは、どこの地区ですか?」

「詳しい話は、係りの者より知らせる。残念ながら、宴はここまでだ。各自、持ち場へと戻って対応を始めてくれ」

「おぅ!」

「そして、必ずや騒動の下手人を捕らえて報いを受けさせる……」


ここでコンスタンさんが握った右手を掲げると、宴の参加者全員が同じように拳を掲げ、その拳で自分の胸を強く叩きました。


「バルシャニアの誇りに懸けて!」


 うん、今日は僕もバッチリ参加できました。

 宴の参加者たちは、カップに残った酒をぐっと一息に飲み干すと、足取りに乱れを見せず、会場を後にしました。


 第二皇子ヨシーエフ、第三皇子ニコラーエ、第四皇子スタニエラも、席を立って対応に当たるようです。

 そして、グレゴリエさんも席を立って対応に当たろうとしたようですが、酔いに足元を掬われて、あろうことかアンジェお姉ちゃんを巻き込みながら倒れこみました。


「も、申し訳ない!」


酔っているとはいえ、アンジェお姉ちゃんの胸の谷間に顔から突っ込むなんて。羨ま……けしからん。


「グレゴリエ様、御無理なさらない方がよろしいかと……」

「いいえ、私だけサボっている訳にはいきません」


 てか、そんなセリフを恰好付けて言うのは、シャキッと起き上がってからでしょう。

 仕方ない、ここは一つ貸しにしておきましょう。


「さぁさぁ、グレゴリエ義兄さん、いつまでも遊んでないで働いてくださいよ」

「わ、分かっている。今から……」

「おっと、そっちじゃないですよ」


 もう一度アンジェお姉ちゃんの胸にダイブしようなんて、僕が許しませんよ。

 てか、酔ってる振りしてるんじゃないだろうね。


「ほら、しっかりして下さい」

「分かって……えっ?」


 グレゴリエさんに肩を貸しながら、治癒魔術を発動させて酔いを醒ましてあげました。


「これは……ケントがやったのか?」

「自分で酔いを醒ませたとでも?」

「いや、それはさすがに無理だ。うん、これなら使い物になるな。感謝する」

「捜索の手伝いは必要ですか?」

「大丈夫だ。客人にそこまで頼れん」

「客人ならばそうでしょうが、義理の弟ならどうです?」

「有難く手を借りるとしようか」

「ただ、ヴォルザードとは勝手が違うので、思うような成果が出せるか分かりません」

「分かっている。だが、魔落ちを強制するような連中は野放しにしておけん。可能な範囲で構わないから手を貸してくれ」

「了解です。最善を尽くしましょう」


 僕が号令を下すまでもなく、既に眷属のみんなは動き出しています。

 ヴォルザードのような土地勘はありませんが、容疑者を追い詰める術はあります。


 それは、魔物の血の匂いです。

 強制的に人を魔落ちさせる薬物は、魔物の血と酒を混ぜて作るそうです。


 ならば、容疑者は自分でも気づかないうちに魔物の血の匂いをまとっているはずです。

 しっかりとした足取りで対応に向かうグレゴリエさんを見送った後で、改めてラインハルトに容疑者の捜索を頼みました。


『ヴォルザードとは勝手は違うと思うけど、容疑者を探し出してマークしておいて』

『了解ですぞ、無粋なボロフスカの連中に鉄槌を下してやりましょう』


 ラインハルトがやる気を出したからには、全員でなくとも容疑者を捕らえるのは時間の問題でしょう。


「ケント様、眷属のみんなも捜査に加わったのですか?」

「うん、セラの故郷の平和を乱す奴は許せないからね」

「ありがとうございます」

「お礼は、後で眷属のみんなに言ってあげて」

「はい」


 外堀を埋めるためとは言え、アンジェお姉ちゃんを歓迎する宴を中断させたのですから、キッチリその報いは受けてもらいましょう。

 参加者が各々持ち場へと戻ったことで、会場はガラーンとしています。


 コンスタンさんとリサヴェータさんが、僕らのところに歩み寄ってきました。


「さて、我々だけここに残っても仕方あるまい。別室にて報告を待つとしよう」


 宴会場を後にして、向かった先は普段皇族が暮らしている建物でした。

 勝手知ったる我が家をセラフィマに案内してもらい、リビングに腰を落ち着けて報告を待つことになりました。


「折角の宴が中止となってしまい、申し訳ない」

「いいえ、それはコンスタンさんの責任じゃないですよ。それより、やっぱりボロフスカの連中が犯人ですか?」

「おそらくな。それと、もう一つ気になることがある」

「なんでしょう?」

「襲撃のタイミングが良すぎる」


 言われてみれば、バルシャニアの重鎮が集まるタイミングを狙って襲撃を仕掛けてきたようです。

 だとすれば、宴会の情報が事前に外部に漏れていた事になります。


「ボロフスカのスパイが入り込んでいるってことですか?」

「その可能性が高いな」


 どこまで情報が洩れているか分かりませんが、もし僕がボロフスカの麻薬施設を破壊した件が洩れていたら、この宴会が狙われるのも納得です。

 どうやら今回のバルシャニア訪問は、少々きな臭くなってきたようです。


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